彼女には遠く、彼には近い未来
「姐さん。国境の監査官の聞き取り調査はいかがでした?」
「何も、問題ありません。国境を素通りさせてあの子を他国に入れたなどという傷はあちらも作りたくないでしょう。「迷子」を送る旅人達は全員綺麗に入国できます」
「さいですか。へへ、やはり小間使いの……」
「お黙りなさい。不要な事は口にしないように」
「へぇ、すいやせん姐さん。おうおめえら!行けるそうだぞ!馬車に乗れ!」
妙にスペイシーに対して腰の低い男が声を掛けると傭兵六人が口々に返事をし、禁制品の検査を受けた後思い思いに休ませていた身体を馬車の中に詰め込んで行く。
そんな男達と旅をして早三週間。
すっかり順応したエクはスペイシーの膝を枕に健やかな寝息を立てていた。
彼の見る夢は……。
「ねぇスペイシー。ぼくといっしょにいてくれる?」
「ええ、いますよ」
「ずっとずっと?」
「ええ、いっしょです」
「えへへ、うれしいなぁ、うれしいなぁ」
「なにがそんなにうれしいのですか?」
「ずっといっしょの人がいるのが!」
「そうですか。わたしもエクといっしょでうれしいですよ」
「うん!」
二人、エク自らとスペイシーは見たことのある、でもどこでもない場所で連れ立って歩いていた。
見覚えのある風景なのに、どこでもないような印象を受ける街並み。
なぜか人通りは無く、二人きりだ。
そんな街の中で、エクはこの旅の中で大好きになったスペイシーと一緒。
ずっと一緒。
それが決まって上機嫌なエクは気づかない。
徐々に隣を歩くスペイシーが離れていくのに。
気づいた時には、自らがスペイシーを置いてどんどん進み、気づけば街をでて森の中に居た。
エクは周囲を見渡し、スペイシーの名を呼ぶが応えは返って来ない。
必死に必死に呼びかける。
だが応えは無い。
いつしか彼は呼ぶことをやめ泣きはじめる。
泣いて、泣いて、泣いて。
何時しか自らが森と同化したかのような感覚を覚えた後、何かに気づいたのだが。
「ふやぁ!?」
「エク、エク。うなされていましたよ。大丈夫ですか?」
むにりと頬をつねるスペイシーの少し硬い手の感触。
それに、悪夢にも似た夢の残滓を拭い去られて、エクは微笑む。
「だいじょうぶ。なにか、やなゆめだったかもしれないけど。スペイシーがそばにいてくれたからだいじょーぶ」
「それなら、嬉しいですね。私などがエクの助けになっているなんて」
「スペイシーはすぐ「私など」だね。なんでそんなに自分を下におくの?」
「私はエクが思っているほど、出来た人間ではありませんから」
「なんで?もっとスペイシーはじぶんのことをいた、いた……」
「労わる?」
「そう!いたわるべきだよ!」
「ふふ、それだけで全て報われます」
「もう、スペイシーはぼくにほめられるとすぐまんぞくしちゃう!」
和気藹々と会話を交わす二人に、腰の低い男がそっと口を差し挟む。
どこか気まずいというか、いやな役を買って出たという風にだが。
「お二人ともまるで仲睦まじい恋人同士のようで恐縮ですが、もうしばらく経てば昼飯の時間でございやす。しっかり胃袋を起こしておいてくだせぇ坊ちゃん」
「え?もうそんなじかんなの?」
「あら、そうなのですか。エクの寝顔が可愛くて時間を忘れてしまいましたね」
「へぇ、それで失礼とは思いましたがお声を掛けさせていただいたわけでさぁ」
「じゃあおきるよスペイシー」
「はい。それでは顔を拭いましょうね」
恋人同士、といった男にエクはそんなことより時間の方が気になるのか。
少し小首を傾げた後、スペイシーと話しはじめる。
一方の恋人呼ばわりされた彼女は、すっとエクには向けない冷たい視線を一瞬だけ男に向けた。
視線を受けた男は軽く身震いしてみせる、すると仲間内で小さな笑いが起こる。
エクがそれに感づいて、どうしたの?という顔をするが、一同揃ってなんでもないと頭を振る。
本当ならスペイシーお姉さんが照れてるところが見れて楽しいとでも言ってやりたいのだろうが。
怖い怖い非正規部隊筆頭のお姉さんが目の前に居てはそれもママならない。
後でどんな形で仕返しをされるかがわからないからだ。
旅は終始こんな具合で、スペイシーとエクの触れ合いで進んでいった。
時折現れる運の無い盗賊達は正規兵も受ける訓練で身に付けた堅実さと。
泥臭い傭兵戦法を使う男達の前になんなく散らされていった。
旅路は非常に順調で、スペイシーの国から森人の住まう森の国までの二ヶ月の旅の間。
エクとスペイシー二人きりの旅だった二日間を除いて危険な事態になることも無く進んでいった。
その結果、エクにとってスペイシーは優しいお姉さんであり続けた。
旅の二日目の事は、表面上は忘れ去られたように。
しかしエクは旅の道すがらスペイシーに剣を教えてくれるように頼み込んだ。
が、これはスペイシーが受け入れなかった。
にわかじこみの我流剣術より、エクにはきちんとした師範について学んだ方が良いという一点張りで。
それだけが唯一エクの不満だったのか、彼は懲りることなく何度も何度もスペイシーに頼み込んでいた。
それは、森の国についてからエクの故郷、王樹の都フォリストレフに着くまで続いた。




