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彼女は良い人か?

 街へ着き、警備隊に少々の事情聴取はされたものの、多勢に無勢。

それも子供を庇う女を襲った男達は用意周到に弓まで用意していた事により、簡単にどちらが加害者かという点を明確にした。

盗賊一党の男達は縛り首にされるとの事だ。


 街に着いて早々こういった面倒ごとが起こったが、その矢面の全てにはスペイシーが立ち、エクは本当に簡単な。

それこそ気づいたらスペイシーが目の前に仁王立ちになっていて、ほとんど何が起こったのか解らなかった。

というような話だけで開放されて、薬草茶などを振舞われ、家族を、特に子供を持つ兵士達に可愛がられてスペイシーの聴取が終わるのを待った。


 そして盗賊の末路など旅には関係ない二人は、警備隊のお節介により安全な宿を手配され、二日ぶりの家屋の中で一息ついていた。

ただ、エクはどこか居心地が悪そうで、スペイシーはこの後の関係を円滑にするためか、話を聞くことにしたようだった。


「エク。どうしました?あまり気が晴れないという顔をしていますよ」

「……スペイシー、こわいことした。ぼくは男の子だから、女の人を守らなきゃいけないのに」


 心なしか、落ち込んでいるようなエクの言葉に、スペイシーは思わず口元に笑みを浮かべる。

だが、すぐにそのことに気づき、んっと小さく息をつき表情を整える。

そして、スペイシーは手近なレンガ造りの商店の間の小さな通路に、エクと共に身を寄せて、彼の目線まで身をかがめた。

目と目を合わせたスペイシーは、そっとエクの肩に手を置きながら語る。


「エク。ヒトにはこのためなら何も惜しくない、怖くないという状況を胸に秘めています」

「……そうなの?」

「今はまだエクにはないかもしれませんが、いつかそういう時と場所が来る事でしょう」

「うん」

「私にとって、エクを守ってあの男達に立ち向かう、そのために死んでも、エクさえ無事なら悔いも恐怖も無かったと思います」

「そんなの、だめだよ!」

「……守るべき人にダメだと言われても、傷を残してしまうかもしれなくても……ヒトはそれをしなければならないと思い定めた事に命を懸ける事があるのです。貴方にもその内わかります」

「やだ、やだっ。そんなのでスペイシーが死んじゃったかもしれないならそんなのいや……」


 パンッ、と乾いた音が鳴る。

それはスペイシーがエクの頬を叩いた音だった。

エクは呆然とスペイシーを見上げる。


「聞き分けなさい。幼い貴方には受け入れたくない事かもしれません。ですが、ヒトの命は平等ではなく、使い時というものがあります。使い損ねた命は悔いを残すばかりで腐って行くばかりなのです」

「うっ……うぅっ……」

「エク、重荷になるかもしれません。でも今は、貴方がご両親の元に帰るまでは……貴方に命を懸けさせてください」

「スペイシーはなんでそこまでしてくれるの……?」

「貴方が子供だというだけで充分です。その理由はもう語りましたよね」


 それ以上の言葉は不要、というかのように微笑むスペイシーにエクは黙り込む。

叩かれた頬を抑えて、涙を堪えようとしているようだが、それが出来ずにしゃくりあげながらスペイシーの長いスカートに……本当なら胸元に飛び込みたいのだろうが、身長差でそうなってしまう……顔を埋めながら。

涙のように言葉を漏らす。


「ありがとう、ありがとうスペイシー。そしてごめんね、ぼくが大人なら守ってあげられるのに」

「貴方は考えすぎですよエク。子供の内は何も考えずに甘えてもいいのです」

「で、でもお父さんはせつどを守れ、分をわきまえろって……」

「森人の教えですね。それは大切な事ですが、大人にとって子供を守るのは当然のことです。それを守れない人は……あまり良い人ではないでしょう」


 エクの頭に手を廻し、自ら膝上に彼の頭を埋めて自らの表情を隠しながら。

スペイシーは明らかに自嘲の笑みを浮かべた。

彼女の指揮の元、エクを助ける作戦では屋敷で働いていた何も知らぬ子供も死んでいる。

それを思えば、彼女は「良い人」ではない。

その事を自覚して、どの口で言うのかという気持ちなのだろう。


 だがそんな感情の揺れも、エクの目には入れない。

彼女にとって、エクは本当に守るべき相手なのだ。

故に彼女は綺麗で優しい言葉を紡ぐ。


「エク、誰かを守りたいという気持ちは大人になるまで持っていて、自分が人を守れるヒトになってくださいね。それこそが私が守ったエクの価値になりますから」

「うん。うん」


 何度も頷くエクを開放して、身をかがめてその涙を拭くスペイシー。

彼女はふと、守るといいながら涙を拭いてばかりいますね、と思い立つ。

やはり自分のような人間にこの任務は果たせないのか、エクを優しい子供のまま親許に帰す事は出来るのか。

様々な思考が入り混じる。


 だが彼女はその全てを打ち払い、エクに微笑み言った。


「エク、気分を直す為に小麦の焼き菓子でも一つ食べましょうか。美味しいものを食べれば気持ちも上を向きますよ」

「うん……食べる」




 その後、エクとスペイシーは並んで街を歩いた。

温かみのある赤レンガの街並みに並ぶ屋台はどれも美味しそうな匂いを放ち、まだ小さな子供のエクのお腹を刺激する。

森人は蜂蜜と水さえあれば生きられる種族ではある。

だが、意思が木石に近くなる大人になる前の子供には、屋台からの匂いは魅力的だろう。


 だから、エクは若干うかれながらスペイシーに手を引かれて歩いた。

その顔には笑顔が戻り、きょろきょろと周囲を楽しげに見回す。

そして。


「ねぇ、スペイシー。パラータってなぁに?」

「鳥肉を調味汁に漬け込んで焼いたものです」

「鳥さんなの……?」

「森人は肉は食べませんものね……あちらのペッシュは如何ですか?畑で取れる果肉が沢山着いた棒状の野菜をパラータと似たような調理汁を塗って焼く食事です」

「ペッシュはおやさいなんだ。……苦くない?」

「むしろ少し甘いですよ。プチプチとした果肉の触感もあって庶民に人気です」

「スペイシーも、好き?」

「買出しのお使いの合間に摘む程度には」

「じゃ、一緒に食べよう!」


 きゃっきゃっと歓声を上げるエクとそれに付き従うスペイシーは良家の子供とその付き人という風に周囲には写っただろう。

ただ、それにしてはエクの身なりが少々質素だったが。

大体はお忍び気分なのだろうと周囲に誤解を振りまいたのだった。


 こうして街の中を遊び回れば素行の良くない人間に絡まれても良さそうなものだが……。

スペイシーはそのタイミングを見切っているかのように、街の誰もが道を譲る連中のたむろする場所へと足を踏み入れた。

そこは傭兵団の支部。

彼女の指揮していた不正規部隊の系列に連なる戦士達が落ち合う予定になっている場所だ。

スペイシーはそこで戦士四人と弓手三人、御者を一人に人数に見合う大きさの荷馬車を雇い入れたのだった。

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