守ります
スペイシーとエクが旅を始めて一日。
乾かした木の実や乾パンに干し肉といった粗末な食事を、魔法の背嚢から出した最小限の水でふやかす食事をとるスペイシーを見て。
薄く白湯に溶かした蜂蜜湯を飲みながらエクは安心してにこにこと笑顔になったりした道すがらの事。
女と子供の二人旅などを狙うものは多い。
それは野を行く獣であったり……ヒトであったりだ。
不意にスペイシーがエクを背後に隠し、手に何かを掴み取りながら背嚢の中から成人男性の前腕部ほどの長さの剣、グラディウスを取り出す。
何が起きたか理解していないエクを庇って、掴み取った矢を投げ返してからスペイシーはあえて体を矢の飛んできた方向へ半身にせず。
全てを受け止める姿勢で肩幅より広く足を開き、エクの前に立ちはだかった。
そんな二人に悪意に満ちた声が投げかけられた。
盗賊だ。
五人で徒党を組んで二人が弓矢をつがえ、三人の粗野な男が短剣を振りかざして迫る。
「なんだぁこのアマ!大人しく当たっとけや!」
「油断するなよお前ら、あの女やるぞ」
「へへ、だが五人相手に勝てるかよっ」
「あの女は動けねぇぞ!やれ!やれ!やっちまえー!」
「どうしたぁ、そのガキが矢衾になっていいなら動いて良いんだぜぇ。いひひひ!」
五人の卑劣漢を前にしてもスペイシーは動じない、射掛けられる矢を切り払いながら冷静に迫る三人の男達を迎え撃つ。
「そらぁ!」
スペイシーは剣技も何も無い、ただの力任せの一振りをグラディウスで受け流し、ふっと息を吐きながら男の膝に横から蹴りを入れる。
すると男はがぁ!と吼えてひざを抱えてのたうちまわる。
男に比べると非力な女の蹴りとはいえ、適切な箇所に適切な方向から力を加えてやれば一時しのぎにはなる。
これでまずは一人、しばらく行動を封じられるだろう。
のたうつ仲間を放置して残りの二人も勝利を確信してスペイシーを両側から切りつける。
さすがに図らずも同時になった斬撃を同時に受け流す事は出来ないのか、彼女はコレを正面から受け止める。
耳の奥底を掻き回すような金属音と共にスペイシーの細腕が押し込まれるが、背後に居るエクの為に下がる事はできずに姿勢を低くして真っ向から衝撃を受け止める。
「くっ……」
「スペイシー!」
僅かに表情を歪めるスペイシーと、その表情が見えずとも見るからに不利な体勢のスペイシーを見て、怯えが走るエク。
その様子を見て弓を持つ二人の男達が下卑た笑いをあげる。
「へっへっへ!逃げても良いんだぜぼっちゃん!」
「しかしその女の陰から出たらあっという間に射殺してやるけどな!ひひひ!」
進退窮まったか、と思われたその時、二人を嘲笑っていた弓を持つ二人のうち一人が表情を歪めた。
その視線の先には街道を土ぼこりを上げて走るクァンに乗った騎兵の小隊が現れていた。
「やべぇ!逃げろ、街道警備隊だ!」
「マジかよ!おい、援護するからお前ら下がれ!」
「クソッ、こいつは置いていくぞ。連れて行く余裕はねぇ!」
「ま゛、まってくれ……置いていかないでくれぇ……」
「わりぃ、助けてやりたいが自分まで捕まる気はねぇん」
「逃がしません」
「はっ?ぎゃぁぁぁぁあ!!」
意識がスペイシー達の背後の騎兵に移った間隙を突いて、スペイシーは瞬く間に力が揺るんだ剣圧を流す。
そして瞬くうちに前に立っていた男二人の足を的確に斬り、その機動力を殺す。
「いぎゃぁぁぁあ!いでぇ!いでぇよー!」
「あああああ!足!足が、俺の足がぁぁぁぁ!」
完全に切断されるとは行かずとも、撫でるように膝裏を斬りつけられただけで充分人間は動けなくなる。
スペイシーの剣は土臭い実戦の剣だったが、エクにそれは解らない。
ただ騎兵達は遠くに居た分その剣が良く見えたのか、僅かに歓声が上がる。
「くそがっ!逃げるぞ!」
「あ、ああ。なんなんだあの女……!」
スペイシーの剣技に湧く騎兵達と対照的に、弓を持った悪漢達は悪態をつきながら全力で身体を翻し、逃走に移る。
スペイシーとエクを守る二騎を残して、残りの街道警備隊は逃げた男達の追撃に移る。
そして、盗賊たちの止血をしながら残った騎兵二人はにこやかにスペイシーに話しかける。
「どうも、その姿からすると小間使いの方ですよね」
「ええ、元、が着きますが」
「そうなのか。しかしメイドにしては見事な剣技だった」
「一人身で郷里に帰るなら必要だろうと旦那様の計らいで、少々手習いをしておりまして」
「いやはや、少々という動きでは無かった。しかし一人で郷里にというのに、その少年は?」
「森の中で道中一宿の寝床を求めて入らせていただいた朽ちた小屋に一人で寝ていたのを保護しまして。この子の国まで送ってゆくつもりです」
「ほぅ!良く見れば森人じゃないか!それはなんとしても国許に帰さねばならないな!」
残った騎兵の内、副長だという豪快そうな大男の口から感心だ、という風な声が響く。
スペイシーは軽く頭を下げただけで応じ、剣の血のりを綺麗に拭うと、震えているエクを抱き上げた。
エクは再び襲われたことに恐怖しているのか、がくがくと震えながらスペイシーの名前を呼びながら、その細身の体にしがみついている。
「ふむ。しかし酷くその森人の子は怯えているようだな。女一人子一人の旅では危険も多かろう」
「はい……ですので街に着いたら傭兵を雇い入れようかと」
「ふむ。それが賢明だが、旅費はあるのか?森の国までは国をまたぐことになる。傭兵を雇う金も馬鹿にならん」
「ご心配なく。私は不肖の身なりに貯えがありますので」
「それならいいのだが……すまんな。我が部隊はあくまで街道警備。国外に出るような旅人個々人についてゆくことはできんのだ」
「ええ、承知しています。そういうものがお勤めですもの」
「せめてもの貴女とその坊やのために隊長が戻ったら、次の街までクァンに騎乗させられないか具申してみる」
「それは過分なご配慮を……ありがとうございます。エク、貴方もお礼を」
「ひぅ……あの、えっと、ありがとう……ゴザイマス」
未だ怯えの残るエクの言葉にも、副長は豪快に笑うと気にした風も無く自らを道化にしておどけた。
「ははは!俺はどうも子供には怖がられる顔らしい!」
「申し訳ありません。まだ小さな子供ですのでどうか……」
「解っている。盗賊にも襲われた後だしな。怯えるなという方が無理な話だ。それよりも貴女は良く良く恐怖に包まれたその少年を癒してあげてくれ」
「承知しました。もとよりそのつもりでございます」
なんとか友好的に場を納めると、スペイシーはエクの太ももを腕に乗せ、頭をかき抱くように耳元に唇を寄せ囁いた。
労わるように、勇気付けるように。
「約束しましたよね。私はエクを守ります。ね、大丈夫だったでしょう?」
「うん、うん……」
囁かれる言葉に、エクはスペイシーの胸元に顔を埋め、何度も何度も頷く。
そして、搾り出すように自分を守った勇気ある、だが無謀でもあるスペイシーに震える声で告げる。
「良かった。本当によかったよぉ……ぼくスペイシーがやられちゃうんじゃないかって、けがするんじゃないかって、凄く怖かったよぅ」
「大丈夫、大丈夫。大丈夫なのですよエク」
こうして、エクを慰め続けたスペイシーは警備隊の隊長が残りの盗賊を捕らえて戻ってきてから、犯罪者の護送のために彼女達にクァンは割けないと言われた後。
しっかりとエクの手を握って再び歩みを進め……翌日の昼ごろに街へと足を踏み入れるのだった。




