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嘘か真か、彼女が子供に優しい理由

 エクがスープを飲む前に、絹のハンカチとは言わないが、そこそこ質の良い綿の、ふわふわとした布で顔を綺麗にし。

綺麗になりましたからどうぞ、と改めてスープを勧めたスペイシーにしたがって、エクはおずおずとスープに口を付ける。

そして、その表情に驚愕が広がった。


「スペイシー、これはちみついり?」

「えぇ、郷里での偶の楽しみにの為に買っておいて物なのですが、持っていてよかったです」

「えへへ、おいしーよ。はちみつ大好き!」

「それはよろしゅうございました」


 先ほどの泣き顔とは対照的な笑顔になったエクだが、スペイシーは現金さを感じない。

彼女は知っている、森人の精神の安定に蜂蜜は欠かせないものだと。

厳密に言うと蜜さえ入っていれば良いので、森に咲く花の花びらを吸わせるだけでもいいのだが。

森の国では国を挙げて養蜂まで行われて供給が確保されているもっともありふれた蜜なのだ。

今彼女が作った蜂蜜スープも、森の国から少量流通している物を買い求めたもので。

エクにとってもっとも馴染み深い味に近いものになっているはずだ。


 そんなスープを味わってから一息ついたエクは、はっと気づいたようにスペイシーを伺う。

涼やかな表情で控えていた彼女は、なんですか?という代わりに僅かに微笑んで小首を傾げた。


「あの、スペイシーはご飯食べたの?」

「パンを頂きました」

「パン、だけなの?」

「エクもスープだけでしょう、ふふ」

「だ、だってぼくは森人だから。水とだいちのめぐみの木や花の精気を食べれば大丈夫だけど、スペイシーはにんげんでしょ?」

「そうですね」

「だったらちゃんとごはん食べなきゃだめだよぅ」


 スープの皿をブランケットに包んだ腿の上に置いて、すぐ傍に立っているスペイシーの袖の裾を引っ張りながら訴えるエクに、彼女は柔らかく微笑んだ。

エクを犯罪者の屋敷から連れ出した時の冷徹な女指揮官と同一人物とは思えない、ぬくもりの篭った表情で。


「一日の内一食を軽くした程度で人は倒れませんよ。それに旅をする間に粗食になるのは普通の事です」

「そしょく?」

「簡単で質素な食事、といえばいいでしょうか。街に着いたらしっかり食べますよ」

「そっかー。じゃあスペイシーだいじょうぶなんだね」

「はい、勿論ですよ、エク」


 スペイシーの言葉に一安心したのか。

ほっとした表情になったエクはブランケットからでながら言った。


「じゃあ早くまちにいこうよ。はやく、はやくっ」

「私の事を心配してくださってありがとうございますエク。一番近い街まで二日ほど歩きますが大丈夫ですか?」

「だいじょうぶ!森人は森をよく歩くから足が強いんだ!」

「ではそのブランケットをこの背負い袋に入れて、靴を履いたらでましょうか。靴は自分で履けますか、エク」

「……何時もビッケがしてくれたから……ごめんなさい」


 今はもう居ないだろう乳母兄弟の少年の事を思い出したのか、すっと暗い顔になりながら謝るエクの足を、スペイシーは少し硬い掌で包む。

そして背負い袋を探り一足の木靴を取り出すと、そっとエクに履かせた。

木靴はあつらえたようにぴったりで、酷くエクを驚かせたようだったが、すらすらとスペイシーはそんなものがあった理由を騙る。


「ふふ、実はお勤めを辞する時に将来の為にと頂いたものなのですが、ぴったりなようで良かったです」

「すごいやスペイシー!それでぴったりのくつをもってるだなんて!ぼくとスペイシーはこうやって会うって神様が決めてたのかな」

「そうかもしれませんね。さ、それではブランケットを仕舞ってしまいましょう」


 涼しい顔をしてブランケットを折り目正しくたたんで魔法の背嚢に仕舞ったスペイシーだが。

勿論靴のサイズに神は関与していない。

エクが助け出された屋敷に運び込まれて、すっかり涙もかれるその間に、あらゆる情報を奴隷商人の元から盗み出してあつらえたのだ。

森人は人より永く、若いままで居る為にエクは観賞用の奴隷として売られるはずだった。

その為の衣装を作る為の身体の各部の大きさ等、全て書面に記載されていたのだ。


 だが、エクのその言葉にスペイシーは笑顔を作る。

任務遂行の為にエクと親愛を築く為の偽りの仮面か。

それともこちらが本来の彼女なのか。

真実はスペイシー自身の中にしかない。


 そんな相手だったが、エクにとっては親切なお姉さんという事が現時点の事実。

見知らぬ土地、見知らぬ場所で目覚めたにも関わらず、頼れる「大人」が一緒だという事に彼は安心しきって、スペイシーを信頼し始めている。

もしかすると、子供らしく美味しいご飯をくれた人に懐こうとしているのかもしれない。

ともあれ、スペイシーとエクはひとまず良好な関係を作れたと言って良いだろう。




 その後、スペイシーとエクは森の国のある南に向けて出発した。

とはいってもまずは旅支度をきちんと整えるため、という事で西にある小さな街に行く事になったのだが。


「ねぇスペイシー」

「なんですかエク」

「スペイシーはなんでぼくを助けてくれるの?」

「……知りたいですか?」

「うん。だってぼくのことを助けてくれる人のことだもん」

「そうですか、どうしてもエクが知りたいならお話しますが」

「おしえてー」


 きゃらきゃらと笑いながら聞くエクは、世の中の酸いも甘いもまだ知らない。

本当に頑是無い子供のような笑顔で。

スペイシーはふっと息をつき目線を落とすととつとつと語り始めた。


「私はある商家の娘でした」

「うん」

「そして夫を迎え、細々とした商いを行っていたのですが」

「だけど?」

「私のような女の何が気を惹いたのでしょうね。とある貴族に夫を殺され、浚われるように妾にされました」

「おっと、ってお父さんのことだよね?ころされちゃったの……なんで、そんなひどい事するの……」

「さぁ、本当に解らないのです。そして軟禁された私はお腹に居た夫の子供まで奪われ、いつしかその貴族を殺すほど憎み……殺したのです」

「……」


 夫と腹の子にいた子供の事を語るときに漏れる強い怒りの感情を感じたのか。

エクが眉尻を下げ、口をへの字に引き結んで目じりに涙を溜める。

それに気づかないスペイシーではない。


「ああ、大丈夫ですよエク。私をメイドにしてくださった旦那様……その方も貴族に連なる方なのですが、その方が私を拾い上げて守ってくださるので、もうなんの心配もいらないのです」

「ほんどに?」


 もう涙腺が決壊寸前といった様子のエクを安心させるように、スペイシーは微笑む。

そして、並んで歩いているだけだったエクの手をそっと握り、空いた手で再びハンカチを取り出しエクの目じりを優しく拭うと言ったのだ。


「ええ、もう何にも心配いらないんです。だからでしょうか、あの子の代わりのように貴方を守りたくなりました。こういうと失礼ですが、貴方は私の生まれるはずだった子の代わりなのです」

「ぼくはその子の代わりなの?」

「申し訳ありませんが、そうなります」

「だったらぼく、良い子にするよ!スペイシーの良い子になる!」


 ぎゅっと硬くスペイシーの手を、まだ力の弱い子供なりに力を入れて握ったエク。

スペイシーは穏やかな表情で、柔らかく握り返す。


「そういって頂けると、私も嬉しいです。さぁエク、私達の足では街までは二日ほどかかるかもしれませんが、そこからは乗り合い馬車があります。頑張りましょう」

「うん!がんばる!」


 元気に返事をするエクが、手を繋いで寄り添うスペイシー達の姿は。

まるで親子の様だった。

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