EXTRA EPISODE.01 20万PVより、200人のサポーター
賞の結果発表を翌日に控えた夜。
俺は、『会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった』の最新話を投稿した。
時刻は19時。
投稿直後から、管理画面の数字が勢いよく動き始める。
「今日もすごいっすね」
水城ミナが、俺の隣から画面をのぞき込んだ。
「投稿から5分で、1,000PVだな」
「それって1,000人が読んだってことっすか?」
「PVは表示されたページ数だ。読者数とは一致しない」
「細かいっすね」
「数字を扱うなら、定義は正確にする必要がある」
「小説家になってもコンサルが抜けないっす」
俺は二つの管理画面を並べて表示した。
一つは、国内最大級の小説投稿サイト――『なろう! 小説家に!!』。
もう一つは、小説投稿と作者支援機能を備えたサイト――『ヨンデカク』。
「そういえば、こっちにも投稿してたんすね」
「ああ」
「いつからっすか?」
「連載開始からだ」
「聞いてないっすよ!?」
「聞かれなかったからな」
「探索者監修に情報共有しろっす!」
ミナが『ヨンデカク』の管理画面を眺める。
『なろう! 小説家に!!』と比べると、全体の読者数は少ない。
その代わり、作品へのフォロー、各話への応援、コメント、作者の近況報告への反応が細かく表示される。
「今日の数字は、両方合わせてどのくらいなんすか?」
「2作品合計の数字だと、現時点で16万。日付が変わるまでには、20万PV前後になる」
「毎日20万!?」
「最近は、その程度で安定している」
「その程度って言う数字じゃないっすよ!」
「読者数ではない。両サイトの合計PVだ」
「だからって、20万回も読まれてるんでしょう!?」
「ページが表示されている回数だな」
「何で自分の成功だけ、そんなに厳しく見るんすか!?」
表示される数字は大きい。
だが、PVが多いことと、作品が売れることは同じではない。
Web小説は無料だ。
作品ページを開くために、読者は金を払う必要がない。
少し興味があれば読める。
合わなければ閉じればいい。
しかし書籍は違う。
価格を確認して販売サイトへ移動し、そこで紙か電子かを選んで購入ボタンを押す。
無料作品を読むときより、いくつもの壁を越える必要がある。
「ミナ」
「何すか?」
「Webで10万人に読まれれば、本は何冊売れると思う」
「えっ」
ミナが腕を組んで考える。
「1万人くらい?」
「根拠は?」
「10人に1人くらいは買ってくれそうじゃないっすか?」
「希望的観測だな。それは」
「うーん。じゃあ、5千人?」
「それでも根拠がない」
「自分で聞いておいて面倒くさいっすね!」
Webで読んだ人間全員が、本を買うわけではない。
無料だから読んでいる者もいる。
ランキングで見かけたから、何となく開いただけの者もいる。
途中で読むのをやめた者。
作品は好きだが、物理的な制約で本棚を増やしたくない者。
書籍化部分をすでにWebで読んだから、買う必要がないと考える者。
読者が多くても、購買へ変わる割合が低ければ、売上にはつながらない。
「PVは、作品に触れた回数を示す」
「そうっすね」
「ブックマークやフォローは、続きを読みたいと考えた読者を示す」
「うんうん」
「評価や感想は、読んだうえで何かを返そうとした読者だ」
「なるほど」
「では、サポーターは何を示す」
「サポーター?」
俺は『ヨンデカク』の作者ページを開いた。
作品フォロー数、応援数、コメント数がならび、その下に、現在のサポーター人数が表示されている。
――203人。
ミナが目を丸くした。
「二百人を超えてるっす!」
「昨日、突破した」
「だから何で言わなかったんすか!?」
「数字が一つ増えただけだ」
「普通に祝うところでしょうが!」
『ヨンデカク』には、気に入った作者を毎月支援できるサポーター制度がある。
読者は複数の支援プランから一つを選び、作者を応援する。
作者は近況報告や制作裏話、先行情報などを、サポーター向けに公開できる。
「1か月で200人って、多いんすか?」
「少なくはない」
「それで、いくらになるんす?」
「プランによる。手数料もある。全員が同じ金額ではない」
「でも、お金にはなるんすよね?」
「ああ、そうだな」
俺は月間の支援見込み額を表示した。
ミナが、もう一度目を見開く。
「……これ、お小遣いレベルじゃないっすよ?」
「最初からそう言っている」
「いや、もっとお小遣いみたいな額だと思ってたっす!」
「200人が毎月金を払っている。それにPVに比例した広告プログラムも合計すれば、それなりの金額になる」
「…すごいっすね」
「だが、金額そのものより、重要な意味がある」
「まだあるんすか?」
「この200人は、無料で読める作品の作者に、金を払ってもいいと判断した読者だ」
PVが1回増えるより、はるかに高い壁を越えている。
作品を読む。
作者を覚える。
今後も活動を続けてほしいと思う。
そして、自分の金を使って支援する。
「つまり、この人たちは本が出たら買ってくれる?」
「全員とは限らない」
「また厳しいっすね」
「サポーターになることと、書籍を買うことは別の行動だ。だが、無料読者より購買へ近い可能性は高い」
「少なくとも、橘さんにお金を払ってもいいと思ってる人たちっすもんね」
「そういうことだ」
PVが20万ある。
それは、広く読まれている証拠になる。
だが、200人のサポーターがいる。
こちらは、深く支持されている可能性を示す。
広さと深さ。
片方だけでは足りない。
「じゃあ、20万PVより200人のサポーターの方が大事なんすか?」
「単純な比較はできない」
「タイトルみたいなこと言ってたのに!?」
「PVがなければ、新しい読者は増えない。新しい読者が増えなければ、サポーター候補も増えない」
「まず広く読んでもらって、その中から強く好きになる人を増やす?」
「そうだな」
「ファンっすね」
「もっと強い」
「じゃあ、信者?」
俺は少し考えた。
「言葉としては乱暴だが、商業的には近い」
「認めるんすか!?」
「本が発売されたとき、迷わず買う。新作が始まれば読む。面白かったと他人へ勧める。作者が活動を続けること自体を応援する」
「それを信者って呼んだら怒られそうっすよ」
「では、熱量の高い読者と呼ぶ」
「急に報告書みたいになったっす」
書籍化が決まった。
そこで安心してWebの更新を止める。
受賞した。
だから、もうランキングを気にしない。
果たしてそれでいいのだろうか。
今の評価で書籍化を果たしたとしても、書籍は明日、明後日に作れるものではない。
販売されるころには、評価された時よりも時間は確実に先に進んでいるのだ。
では、販売されるまでに、読者の熱はどうなっているのか。
何もしなければ、発売日までに読者の熱は確実に冷えている。
実際に書籍化発表から本が出るまで、半年以上かかることもある。
その間、読者は毎日新しい作品に出会う。
何か月も動きのない作品や作者を、いつまでも同じ熱量で待ってくれるとは限らない。
「だから、更新を続けてるんすか?」
「それも理由の一つだ」
「もう十分な数字があるのに?」
「十分かどうかを決めるのは、発売後の売上だ」
「厳しい世界っすね」
「無料で人気を取ることと、有料商品を売ることは別の勝負だ」
賞を取れば、本は出るかもしれない。
出版社が宣伝してくれるかもしれない。
書店に並ぶかもしれない。
だが、棚に置かれた本を、読者が手に取る保証はない。
発売日に読者を動かすには、その日まで作品と作者への関心を保つ必要がある。
「書籍化を狙うなら、ランキングに入って終わりではない」
「そうっすね」
「読者を増やす」
「それは大事っす」
「続きを待つ読者を増やす」
「うんうん」
「作者を覚える読者を増やす」
「認知度ってやつっすね」
「最後に、金を払ってもいいと思う読者を増やす」
「何か、だんだん言い方が露骨になってるっすよ」
「本を買わせるということは、そういうことだ」
読者を金としか見ていないわけではない。
逆だ。
無料で読める作品に金を払ってもいいと思ってもらうには、それだけ強く好きになってもらう必要がある。
面白い作品を書く。
更新を続ける。
感想に目を通す。
近況を伝える。
新作を出す。
読者が作品だけでなく、作者そのものを覚える理由を作る。
「橘さん、サポーター向けに何か出してるんすか?」
「あぁ。没になったエピソードを編集し直して、サポーター限定配信している」
「おぉ。だからサポーターが増えたっすね!」
「……元々は1人の読者が、サポーターになってくれたことがきっかけだった」
「最初っから増やそうとして限定エピソード作ったんじゃないっすか?」
「あぁ。最初はPVを増やす目的でヨンデカクにも掲載したんだが、その時はサポーター制度なんて知らなかった。これはリサーチ不足だったな」
「へぇ。橘さんにしては珍しいっす」
「ふん。そこで初めてサポーターと言うものを知って、その人に感謝の意味を込めて作ったのが始まりだった」
「橘さんにも感謝という心があるっすねぇ」
「うるさい。するとそれを見た読者が興味本位でサポーターになって、数増えるからまた限定エピソードを作ったら、また増えて…この繰り返しをした結果が200人だ」
「へぇ。じゃあ本編を限定エピソード化して支援させるのはどうなんすか?」
「それは絶対にやらない」
「即答っすね」
「作品の核は、誰でも読める場所へ出す。そのうえで、作者をさらに応援したい者へ別の価値を提供する」
「まともっすね」
「俺はいつもまともだ」
「在庫管理の論文小説を書いてた人が何言ってるんすか」
「……ふん。別に本編の限定エピソード化自体は悪いとは思っていない。だが、それは諸刃の剣だと考えている」
「諸刃の剣、っすか?」
「あぁ。例えばそれで毎月1,000人のサポーターが付くとしよう。それは即ち、お金をかけてでも読みたいいわゆる、熱量の高い読者が1,000人いるわけだが、逆を言うとそれ以上の付加価値が付けられない状況であるとも言える」
「付加価値?」
「一番売りやすい物を売るのは簡単だ。ここでは小説本文、それも最新話だったり最新の章がそれにあたる。これが1話100円とかお金で買われたのであればいいのだが、サポーター制度は他のサービスとも連動しているので、純粋な貨幣価値に換算出来るかと言われれば、そうでもない」
「なんか難しいっすね」
「要するにだ。お得過ぎるんだよ。読者にとってだが」
「お得過ぎる、ですか??」
「そうだ。中途半端な価値で小説本文を買った気になるんだよ。本来、熱量の高い読者がお金をかけて購入しようとしているのに、お得に小説本文を得てしまうと、買い気をそこで使ってしまう可能性が生まれてしまう。もちろん、それでも書籍を買う層はいるだろう。だが、そこまででもない読者はどうだろうか。既にお金を出して購入した気になっているのに、同じものを買おうとするだろうか」
「そういうことっすね。確かに自分だったらそこで満足するかもっす」
「それにだ。そこまで熱量が高くなく、グラグラと揺れる読者の立場からするとどうだろうか。大半は無料で買う判断をさせてくれないのなら、もういいか、と読むことを打ち切る可能性の方が高まってしまわないか?」
「あーたしかに。私だったらもういいや、って読むのやめてしまうっす」
「もちろん時間差を置いて本文を公開するということもセットにすればいいのだろうが、本来売れるはずの期待値から確実に下方修正が入ってしまう可能性がある」
「なるほど…言ってる意味がようやくわかったっす」
「だが何回もいうが、べつにこのやり方は否定していない。なぜなら、強い作品力をもった作家であれば、作品の引力によってこれも解決できる可能性があるからだ」
「あぁ、わかる気がするっす。でもそれって人気の作家でもさらに上澄みじゃないとできなくないっすか?」
「その通りだ。誰にでもできる方法じゃないんだよ。だからそういうことはやらないわけだが、俺はむしろ、限定エピソードなどでその域に達したいと思っている」
「限定エピソードだけでですか? それは無理なような…」
「あぁ。かなり難しいことは分かっている。だが、これは書籍化を目指そうとするのであれば、むしろそういう本体以外の魅力を作り上げていかないと戦っていけない、そう俺は思っている」
「要するに、プロになった後のことをいってるっす?」
「お前も少しは分かるようになってきたな。そうだ。作品を通じて読者にサービスしすぎることなんてないんだよ。そういうメンタルを作り上げられないと、サービス精神の欠如になってしまい、結果としてプロ作家として継続が難しくなるかもしれない、そう言う話だな、これは」
「なるほど。たしかにエンタメですもんね。作家がエンタメを出し渋るようじゃ、この先やっていけないっす」
「そういうことだ」
俺はホワイトボードに、新たな原則を書いた。
――第五原則。
PVは広さを示す。
ブックマークとフォローは、継続意思を示す。
評価と感想は、読後の反応を示す。
サポーターは、作者へ金を払ってもいいという熱量を示す。
「長いっす」
「重要なため、省略できない」
「タイトルは短くできるようになったのに、原則は長くなるんすね」
その下へ、さらに書き足す。
――書籍化が見えてから、読者の熱を冷ましてはいけない。
――発売日に本を買う読者は、発売日までの積み重ねによって作られる。
「作られるって言い方、ちょっとアレっすよ」
「では、育つ」
「そっちの方がいいっす」
読者を操作することはできない。
面白くない作品を、無理に好きにさせることもできない。
作者にできるのは、面白い作品を出し続けること。
読者が応援したいと思ったとき、応援できる場所を用意すること。
そして、応援してくれた人間を忘れないことだ。
管理画面を更新すると、サポーターが一人増えていた。
204人。
「また増えたっす!」
「ああ」
「うれしくないんすか?」
「うれしい」
「もっと顔に出せっす!」
「数字は冷静に見る必要がある」
「さっきから口元、ずっと上がってるっすよ」
俺は画面を閉じた。
「ミナ」
「何すか?」
「サポーター向けの記事に、探索者監修の話を書く」
「私のことっすか?」
「ああ」
「名前は出さないでくださいよ」
「中級探索者Mとしておく」
「一発で分かるっす!」
「では、やたらと語尾に『っす』を付ける女性探索者」
「もっと分かるっすよ!」
ミナが机を叩く。
「それで、何を書く気なんすか?」
「小説家を舐めていた俺が、現役探索者のツッコミによって物語を学んだ話だ」
「ほとんど私のおかげじゃないっすか」
「それは誇張だ」
「在庫管理!」
「やめろ」
「四千文字の会議!」
「やめろっ!」
「五話連続の性能試験!」
「本当にやめろっ!!」
ミナが楽しそうに笑う。
その声を聞きながら、俺はサポーター向けの記事を書き始めた。
作品を読んでくれる人がいる。
続きを待ってくれる人がいる。
感想を送ってくれる人がいる。
そして、お金を払って活動を支えてくれる人がいる。
賞を取ること。
書籍化すること。
ランキングに入ること。
どれも重要だ。
だが、本が発売されたときに支えてくれるのは、肩書でも順位でもない。
作品と作者を、今も好きでいてくれる読者だ。
「橘さん」
「何だ」
「明日の賞、取れるといいっすね」
「賞を取ることと、サポーターは関係ない」
「分かってるっす。でも、200人も応援してるなら、ちょっとくらい自信持ってもいいでしょう?」
「大丈夫だ」
俺は新しい記事のタイトルを入力した。
「俺なら、いけるいける」
「それ、自信じゃなくて慢心っす!」
翌日。
俺の作品が賞を取り、コミカライズまで決まることになる。
だが、その発表を見て最初に思い浮かんだのは、受賞者一覧でも、出版社でもなかった。
毎日作品を読んでくれた人たちと。
作者名の横に並んだ、200を超えるサポーターの存在だった。




