EXTRA EPISODE.02 傷を舐め合う前に、ゴールを決めろ
「橘さん」
「何だ」
「Web小説家って、いつも心が折れてるんすか?」
水城ミナが、ソファに寝転がったまま尋ねてきた。
休日の午後。
俺は次回更新分の原稿を書き、ミナは俺の家の菓子を勝手に食べながらスマートフォンを眺めている。
「質問の意味が全く分からない」
「これ見てくださいよ」
ミナが画面をこちらへ向けた。
表示されていたのは、短文投稿型の交流サイト、Zだった。
小説家や漫画家、探索配信者なども多く利用している。
画面には、Web小説を書いているらしい人々の投稿が並んでいた。
『一生懸命書いているのに、今日もPVが増えませんでした』
『感想が一件も来ない。自分には才能がないのかな』
『新作を投稿したけど、評価ゼロ。もう心が折れそう』
『今日は千文字しか書けませんでした。だけど自分を褒めてあげたい』
『書けない日もあるよ。無理せず自分のペースで続けよう』
『数字がすべてじゃない。あなたの作品を待っている人は必ずいます』
「こんな投稿が延々と流れてくるんすよ」
「そうか」
「反応薄くないっすか?」
「俺に何を求めているんだお前は」
「同じWeb小説家として、何か感じないんすか?」
「感じる…」
「お?」
「…前に原因を調べればいい」
「冷たっ!」
ミナが体を起こした。
「落ち込んでる人に、いきなり原因分析を要求するんすか!?」
「PVが増えない。感想が来ない。評価されない。すべて結果だ」
「そうっすけど」
「結果には、少なくとも何らかの原因がある」
「たまたま見つかってないだけかもしれないじゃないっすか」
「その可能性はある」
「投稿時間が悪かったとか」
「それもありうる」
「ランキングに載らなかったからとか」
「それも考えられる」
「じゃあ、本人だけのせいじゃないでしょう?」
「誰のせいかを決める必要はない。次に何をするかを決めればいい」
俺はミナからスマートフォンを受け取った。
同じような投稿が、次々と流れてくる。
作品が読まれない。
数字が伸びない。
感想が来ない。
周囲には評価されている作品があるのに、自分の作品だけが見つからない。
投稿者は傷つき、同じ立場の作家たちが慰めの言葉を送る。
これは決して、珍しい光景ではない。
「橘さんも、最初の作品が読まれなかったとき落ち込んでたじゃないっすか」
「…落ち込んではいない」
「管理画面を3分おきに更新してたっす」
「……定点観測だ」
「サーバーの不具合を疑ってたっす」
「………可能性を排除していただけだ」
「タイトルが悪いって認めるまで、外部要因ばっかり探してたっすよね?」
「……」
「同じじゃないっすか」
否定はできなかった。
最初に投稿した作品(傑作)――
『ダンジョン補給業務における在庫管理と生還率向上について』
俺は面白いと思っていた。
設定は緻密だった。
社会的な意義もある。
主人公の行動にも合理性があった。
それにもかかわらず、ほとんど読まれなかった。
読者が作品の価値を理解できていない。
投稿条件が悪かった。
新人だから埋もれた。
最初の俺も、原因を自分の作品以外へ求めていた。
「…なるほど」
「反省したっすか?」
「俺にも未熟な時期があった」
「数か月前っすよ!」
「時間の長さは関係ない」
「つい最近まで在庫管理の小説書いてた人が、先輩面するなっす!」
ミナはスマートフォンを取り返した。
「でも、書いた本人には面白いんすよね」
「ああ、そうだろうな」
「面白くないって、なかなか認められないんじゃないっすか?」
「正確に言え」
「えっ? 何をっすか?」
「作品が面白くないのか。それとも、読者が求めているものと違うのか」
「それって違うんすか?」
「全く違う」
作品の面白さには、絶対的な基準があるわけではない。
静かな日常を読みたい者もいる。
圧倒的な力で敵を倒す話を読みたい者もいる。
複雑な設定を楽しむ者。
恋愛を楽しむ者。
地道な仕事の改善を楽しむ者。
だが、誰か1人に面白い作品が、すべての読者に面白いとは限らない。
「俺の在庫管理の作品も、あれを読みたい読者が存在しなかったとは断言できない」
「1人くらいはいるかもしれないっすね」
「31PVあった」
「橘さんと私を引いてくださいよ」
「29PVだ」
「さらに同じ人が複数話読んでたっすよね?」
「細かい女は嫌われるぞ」
「橘さんにだけは言われたくないっす!」
作品が悪いとは限らない。
しかし、投稿した場所にいる大勢の読者が求めていなかった。
少なくとも、タイトルとあらすじを見た読者に、読む価値を伝えられなかった。
その事実だけは残る。
「作者が書きたい作品と、読者が読みたい作品が一致すれば数字は伸びやすい」
「そりゃそうっすよ」
「一致しなければ数字は伸びにくい」
「その通りっす」
「問題は、一致していないことそのものではない」
「じゃあ、何が問題なんすか?」
「不一致を理解しないまま、読者に評価だけを求めることだ」
自分が書きたいものを書く。
それは自由だ。
仕事のことをを中心にしてもいい。
主人公が五話にわたって能力の性能試験をしてもいい。
四千文字の会議から始めてもいい。
作者が書きたいなら、誰にも止める権利はない。
ただし。
「読者の需要を無視する自由と、読者から高い評価を受ける権利は別だ」
「言い方が厳しいっすね」
「自分の好きなものだけを書きたい。だが多くの人に読まれたい。感想も欲しい。評価も欲しい。書籍化もしたい」
「それ全部欲しいっすね」
「もちろん実現する可能性はある。だが、読者が求めるものと自分の感性がズレているなら、難易度は上がる」
「それでも、自分の書きたいものを変えたくない人もいるんじゃないっすか?」
「ならば変えなければいい」
「いいんすか?」
「趣味なら、それで正しい」
俺はホワイトボードを取り出した。
上部に三つの項目を書く。
①自分が楽しむために書く。
②多くの読者に読まれるために書く。
③商業化して、商品として売るために書く。
「同じ小説を書く行為でも、ゴールが違う」
「例えば…①なら、好きなものを書けばいい?」
「ああ。PVが一桁でも、本人が楽しければ成功だ」
「感想がなくても?」
「それを承知したうえで書くなら何の問題もない」
「なるほど…じゃあ②は?」
「読者が何を求めているか考える必要がある。タイトル、あらすじ、第一話、ジャンル、更新方法。自分以外の人間が読む前提で作る必要がある」
「となると、③は、もっと厳しい?」
「当然だ」
商品として売る。
読者から金を受け取る。
出版社、編集者、イラストレーター、書店、コミカライズ担当者。
自分以外の多くの人間が関わる。
自分が書いて満足しただけでは、商業作品として成功したことにはなるわけがない。
「商業化したいと言いながら、読者の需要は考えたくない」
「まぁ、気持ちはわかるっす」
「毎日更新した方がいいと分かっているが、自分のペースを崩したくない」
「自分のペースで進めたいですもんね」
「タイトルを変えた方がいいと言われても、自分は今のタイトルが好きだから変えない」
「思入れあるタイトルを変えるのは厳しいっす」
「その結果、数字が伸びないと嘆く」
「……結構いるかもしれないっすね」
「これらは全て、目標と行動が一致していないことによるものだ」
商業化を目指すこと自体は自由だ。
一日100文字しか書けない者が、作家を目指してもいい。
月に一度しか更新できない者が、大ヒットを夢見てもいい。
だが、夢を持つことと、その夢に必要な行動を取ることは全く別物だ。
「今日、1,000文字しか書けなかったって投稿もありましたけど」
「1,000文字を書くこと自体は悪くない」
「さっき温いって顔してたっすよ」
「…趣味なら十分だ」
「商業化が目標なら?」
「必要な量と期限によるな」
10万文字の原稿を、1か月で作る必要があるとする。
一日平均で3,000文字以上。
その状況で毎日1,000文字しか書けなければ、締切には間に合わない。
気合いや才能の問題ではない。
これは単純な計算だ。
「では、1,000文字しか書けなかった自分を、褒めるのは間違いか」
「褒めちゃダメなんすか?」
「別に褒めてもいい。だが、褒めたところで上記の不足分が消えるわけではない」
「厳しいっすね」
「今日は体調が悪かった。仕事が忙しかった。集中できなかった。理由は何でもいい」
「よくある理由っすね」
「できなかったことに対して、自分を不必要に責める必要はない。ただし、目標を変えないなら、明日以降どこかで不足分を取り戻す必要がある」
「慰めても締切は延びない?」
「まぁ、そういうことだ」
書けない日はある。
それは俺にもある。
仕事で疲れ、原稿の前に座っても一行も進まない日。
展開に迷い、書いては消し、結果として文字数が減る日。
体調を崩す日。
それ自体を責めても意味はない。
問題は、書けないことを毎日の儀式にしてしまうことだ。
「書けませんでした、と投稿する」
「さっきも見たっす」
「同じ立場の人間から、無理しなくていいと言われる」
「優しいっすね」
「同じ境遇の人からそう言われると、どこか安心する」
「そりゃそうっすよ」
「そして、翌日も書けない」
「……それは」
「そしてまた、同じ内容を投稿する」
「…また慰めてもらう…っすか?」
「あぁ。その繰り返しで、書けないことへの苦痛だけが軽くなる」
「でも、結果という何かは積みあがっていかない…」
「そうだ」
慰めが悪いわけではない。
傷ついた人間に休息は必要だ。
誰かに話を聞いてもらうことで、立ち直れることもある。
だが、傷を治すことと、前へ進むことは同じではない。
「てことはっすよ? 傷を舐め合うなってことっすか?」
「舐め合ってもいい」
「いいんすか!?」
「一晩くらいならな」
「一晩限定っすか」
「翌朝には、傷の原因を調べろ」
PVが伸びない。
ならば、どこで読者が止まっているのかを確認する。
作品ページ自体を開かれていないなら、タイトルやジャンル、あらすじに問題がある可能性が高い。
第一話だけ読まれて、第二話へ進まれないなら、第一話のフックやタイトルとの一致を疑う。
三話までは読まれるが、その後落ちるなら、物語の継続力を考える。
読まれてはいるが、ブックマークや評価へつながらないなら、続きを待つ理由や感情の熱が足りていない可能性がある。
「感想が来ない場合は?」
「感想を書きたくなるほど、感情が動いていない可能性がある」
「読者が感想を書くのが苦手なだけかもしれないっすよ」
「その可能性もある」
「じゃあ、決めつけられないっすね」
「一つの数字だけで断定するな。複数の反応を見ることが大事だ」
>PV
>次話への移動
>ブックマーク
>評価
>感想
>リアクション
数字は答えではない。
作品のどこに異常がある可能性が高いかを示す手がかりだ。
そして重大な何かを自分に提供するのも、この数字だ。
「数字を見ると、余計に落ち込まないっすか?」
「落ち込むだろうな」
「メンタルに悪いっすよ」
「だから、作者と作品を分けて考える」
「分ける??」
「作品が読者に選ばれなかった。それは、作者本人の価値が否定されたという意味ではない」
作品は成果物だ。
作者本人ではない。
タイトルを変えた。
あらすじが弱かった。
第一話が遅かった。
物語が読者の期待とズレていた。
それは改善可能な問題である。
「自分の作品が面白くないって認めたら、心が折れないっすか?」
「…言い方を変えろ」
「どう変えるんす?」
「この作品は、この読者層には十分に面白さが伝わらなかった」
「長いっすね」
「だが、正確だ」
「それって自分がつまらない作品を産み出す人間だ、とは違う?」
「まったく違う」
作品の失敗と、自分の人格を結びつける。
評価ゼロだから、自分には才能がない。
感想が来ないから、自分は誰にも必要とされていない。
PVが伸びないから、自分には価値がない。
その考え方では、数字を見るたびに自分を傷つけることになる。
「メンタルを守るとは、数字を見ないことではない」
「じゃあ、何すか?」
「数字が作品に対する反応であって、自分の人間としての評価ではないと理解することだ」
「橘さん、意外とまともっすね」
「俺はいつもまともだ」
「最初の作品を読まれないのはサーバーのせいだと思ってた人が?」
「その件は終わった」
「終わってないっす。作品に残ってるっす」
ミナが楽しそうに笑った。
「じゃあ、伸びない作家はどうすればいいんすか?」
「最初に、ゴールを決める」
自分の書きたいものを、自分のペースで書きたい。
それなら数字に振り回される必要はない。
10人しか読まなくても、その10人と本人が楽しければ成功だ。
多くの読者に読まれたい。
それなら、自分の好みだけではなく、読者の好みも調べる。
商業化したい。
それなら、読者の需要、執筆速度、更新頻度、作品の完結力、有料でも買いたいと思われる熱量まで考える。
「全部を同時に取る方法はないんすか?」
「あるかもしれない」
「お?」
「自分が書きたいものと、読者が読みたいものが一致する場所を探す」
書きたいものをすべて捨てて、流行だけを書く必要はない。
読者に迎合し、自分が嫌いな作品を作り続けても長続きしない。
一方で、自分の好みだけを守り、読者の反応を無視すれば商業化は遠ざかる。
「自分が好きなものの中から、読者にも伝わる部分を見つける」
「なるほど。自分の中から見つけることを始めよう、ってことっすね」
「そうだ。そして同時に読者が好きなものの中から、自分も書きたいと思える部分を探す」
「両方から自分に合う何かを見つけろと。会社クビも、そうだったんすか?」
「最初は市場から入った」
「……でしょうね」
「だが、ゴミとして捨てられた物の価値を見つけることは、俺自身が面白いと思えた」
「それって読者の好きと、自分の好きが合わさった部分ってことっすよね?」
「ああ」
読者が求める入口。
俺が書きたい物語。
その二つが重なった。
だから、更新を続けられた。
数字が伸びたからだけではない。
自分でも続きを書きたいと思えた。
「じゃあ、書きたいものを優先した結果、伸びなかった作品は失敗っすか?」
「作者が何を目標にしていたかによる」
「趣味なら失敗じゃない?」
「そうだ」
「商業化が目標なら?」
「少なくとも、戦略の見直しは必要だ」
「作品を捨てるんすか?」
「捨てなくていい。だが、その作品だけで商業化を目指し続ける必要もない」
好きな作品は、好きな作品として書く。
別に、商業化を狙う作品を作る。
目的ごとに分ければいい。
すべての作品へ、ランキング1位と書籍化を背負わせる必要はない。
「底辺作家同士で慰め合っている人たちは、どうすればいいんすか?」
「まず、底辺という呼び方をやめろ」
「橘さんが言いそうなことなのに!?」
「現在の数字が低い作家と、人間として下にいる者は別だ」
「また作品と本人を分けるんすね」
「当然だ」
評価が低い。
まだ読者に届いていない。
作品が市場と合っていない。
書き始めたばかり。
改善方法を知らない。
それだけで、その人間の上下が決まるわけではない。
「ただし、商業化したいと言いながら、改善する者を冷笑し、努力しないことを正当化し、同じ場所にいる仲間と慰め合うだけなら――」
「なら?」
「俺ならその環境にいる作家からは距離を取る」
「冷たいっすね」
「俺はそう言う作家とは目標が違うからだ」
自分のペースで楽しみたい集団に、毎日3,000文字書けと説教する必要はない。
彼らは彼らのゴールへ進んでいる。
しかし、商業化を目指す人間が、その空気に合わせて努力量を下げれば、自分のゴールから遠ざかる。
「優しい場所が、必ずしも目標へ近づけてくれる場所とは限らない」
「厳しい場所が正しいとも限らないっすよね」
「その通りだ」
「じゃあ、どこにいればいいんす?」
「行動を変える話ができる場所だ」
今日は書けなかった。
大変だったな。
そこまではいい。
では、明日はどうする?
時間を変えるのか。
執筆量を減らして継続するのか。
プロットを作り直すのか。
作品そのものを休むのか。
別の企画を試すのか。
必要なのは、慰めの次に、選択肢が出てくる場所。
「傷を舐めたあと、歩き出せる場所っすね」
「そういうことだ」
俺はホワイトボードに、新たな原則を書いた。
――EXTRA RULE(番外原則)
・作品の評価と、自分の価値を混同しない。
・書きたい作品と、読者が読みたい作品のズレを認める。
・最初にゴールを決め、ゴールに合った行動を取る。
・慰めは休息に使い、停滞の理由に使わない。
「長いっす」
「削れる部分がない」
「四千文字の会議を書いてた頃から、根本は変わってないっすね」
「重要な説明だ」
「本編に入れたら読者が逃げるやつっす」
「これは創作論だ」
「便利な言葉っすね!」
ミナは、もう一度交流サイトを開いた。
『今日は1,000文字しか書けませんでした。でも、明日はもう少し頑張りたい』
その投稿を見て、首を傾げる。
「この人は、どうっすか?」
「目標が分からない」
「趣味なら?」
「1,000文字書けた。十分だろう」
「今月中に10万文字書きたいなら?」
「残りの日数と不足分を計算して取り組め」
「商業作家になりたいなら?」
「1,000文字を書いた自分を褒めたあと、3,000文字書ける仕組みを考えろ」
「やっぱり厳しいっすね」
「夢を否定しているのではない」
「じゃあ、何なんす?」
「夢にたどり着くまでの必要な代金を示しているだけだ」
金だけではない。
時間、労力、失敗、そして書き直し。
読者に拒否される経験。
自分の好きなものが、大勢には求められていないと知る痛み。
それでも商業化を望むなら、その代金を払う覚悟が必要になる。
「才能がある人は、そんなに苦労しないんじゃないっすか?」
「…そうかもしれないな」
「橘さんは?」
「俺は違う」
「即答っすね」
「だから、結果が出なかった理由を調べる」
面白い作品を一度で書けない。
ならば、面白くなかった場所を探す。
読者の需要を完璧に読めない。
ならば、複数の企画を試す。
メンタルが強くない。
ならば、作品の失敗と自分の価値を分離する。
「才能がないから諦めるのではなく、才能がなくても続けられる方法を考える」
「それ、橘さんらしいっすね」
「褒めているのか?」
「たぶん?」
俺は原稿画面へ戻った。
今日の目標まで、残り2,400文字。
「まだ書くんすか?」
「書く」
「今日、仕事もしてたでしょう?」
「ああ」
「受賞も決まってる。書籍化の話も来てる。少しくらい休んでもいいんじゃないっすか?」
「休んでもいい」
「じゃあ――」
「だが、今日は書くと決めた」
「頑固っすね」
「それがゴールに必要だからだ」
ミナが俺の隣へ椅子を持ってくる。
「何だ」
「監修するっす」
「今日は探索者の場面ではない」
「文章が変に固くなったら止める係っす」
「必要ない」
「また会議始めるかもしれないでしょう?」
「始めない」
「信用できないっす」
俺は新しい一文を入力した。
書けない日が悪いのではない。
伸びない作品を書いたことが悪いことでもない。
読者に選ばれなかった経験は、作家としての敗北ではない。
ただし。
商業化したいと言いながら、自分の目標から目をそらし。
改善せず、
そして、書かず、
挙句に慰められることで満足し、
それでも明日も同じ場所にいるというのなら。
その停滞を作っているのは、才能でも読者でもない。
自分自身だ。
「橘さん」
「何だ?」
「最後、ちょっと厳しすぎないっすか?」
「事実を言ったまでに過ぎない」
「傷口に塩を塗ってるっすよ」
「…消毒だ」
「原液を直接傷口にぶっかけるなっす!」
ミナのツッコミが、部屋に響く。
俺は手を止めず、原稿を書き続けた。
慰めが必要な夜はある。
立ち止まる日もある。
だが、ゴールが前にある限り。
朝になれば、また歩き出さなければならない。
大丈夫。
俺なら、いけるいける。
そう言えるだけの行動を、今日も積み重ねるために。




