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第97話 没領主の末路と、不眠の統治計画
王都の空気は、俺が叩き込んだ熱気と、カイルの無駄に響く声によって、完全に停滞を脱していた。シュタイン伯爵が私物化しようとしていた食料庫の前には、すでにアリシアが集めた民衆が詰めかけている。
「計算通りだ。シュタインの政治的生命は、この数時間でゼロになる」
俺は王宮のバルコニーから、混乱する街並みを眺めていた。隣では、影から戻ったセレーナが報告を口にする。
「主、作業は完了しました。伯爵の隠し倉庫にあった一等米と最高級の肉は、すべてシロ・ノヴァの兵の拠点へと転送済みです。代わりに、領地で選別した廃棄寸前の規格外野菜を詰め込んでおきました」
「お疲れ様、セレーナ。さすがは私の影ですわね、手際が良いこと。でも、あのようなゴミを伯爵の名で配るなんて、リアム様の計略は本当にその、悪役としての徹底ぶりが素晴らしいですわ」
アリシアが、キラキラとした瞳で俺を振り返った。彼女の中では、俺の横領まがいの物資移動も悪を叩くための崇高な儀式に変換されているらしいな。
「アリシア様、それは悪役ではなく、当然の権利行使です。主が動かなければ、あの資源はシュタインのような無能の腹に収まるだけでした。効率の観点から言えば、罪悪感など一切不要。違いますか、主?」
「その通りだ。資源は適材適所に配置されてこそ価値がある。それよりカイルはどうした」
俺が尋ねると、階下から騒がしい声が響いてきた。大丈夫か。ちょっと不安だな。
「みんな! 落ち着いて! シュタイン伯爵は、心から反省してこの食料をみんなに分けたいって言ってるんだって、うわああ! 伯爵、なんでそんなに顔を真っ赤にして僕の胸ぐらを掴むの!?」
カイルが、俺が用意したいかにも苦労人な勇者に見えるヒラヒラの衣装を振り乱して、シュタイン伯爵に詰め寄られていた。
「あらあら、カイル様。演技指導通り、実に見苦しくて素晴らしいオトリっぷりですわね」
アリシアが扇子を口元に当ててくすくすと笑う。
「アリシア様、今の発言は少しだけ刺がありますね。カイルはあんな派手な格好をさせられて、可哀想に。まあ、主の計画を遂行するためなら、彼の自尊心など安いものですが」
「貴女も大概ですわよ。あら、リアム様、見てください。伯爵の倉庫から運び出された袋が破れて、中から黒ずんだ芋が転がり出ましたわ」
広場から声が、
「これが貴族の慈悲か!」
「俺たちをバカにしているのか!」
という罵声が上がり始める。
「セレーナ、合図だ。隠密たちに、伯爵の裏帳簿の噂を流させろ。密輸の証拠は、すでに国王の机の上に置いてある」
「了解しました。アリシア様、貴女は光の聖女として、あの怒れる民衆を鎮め、主が用意した本物の食料、つまりシロ・ノヴァからの救援物資を、さも奇跡のように配る準備を」
「言われなくても分かっていますわ。孤独な英雄であるリアム様の本当の慈悲を、わたくしがこの身をもって証明して差し上げます。貴女も少しは地上で光を浴びたらどうです? 影の中にばかりいては、お顔がさらに暗くなりますわよ」
「余計なお世話です。私は主が踏みしめる影。光を浴びるのは、主と、そのお飾りである貴女だけで十分です」
二人の言い合いを背に、俺は水晶板に映る数値を更新した。シュタインの領地と物流網が手に入れば、シロ・ノヴァの兵の効率はさらに15%向上と予想する。
「カイル、いつまで伯爵に捕まっている。聖剣を抜く時だ。威圧するだけでいい。無駄な殺生は資源の浪費だ」
俺が階下へ声をかけると、カイルが半泣きで叫び返した。
「リアム! 無茶言わないでよ! 伯爵がショックで気絶しそうなんだ! でも、分かった! 光り輝け、ガラティーン! みんな、下がって! ここからは王家の管理の下で配給を行う!」
カイルが放つ聖剣の輝きが、荒れ狂う民衆を一瞬だけ静め、その隙にアリシアが天から降り注ぐような光の魔力を展開した。
「派手な演出だ。セレーナ、地下迷宮の第二層へ向かうぞ。政治の掃除が終われば、次は怠惰の根源だからな」
「御意。主、今夜の夕食は、筋肉に良いロースト肉を用意させてあります。シュタインの私蔵ワインも、栄養価が高いものだけ厳選しておきました」
「効率的だな。行くぞ」
俺は不眠の王都を後にした。原作知識にあるベルフェゴールの結界。それを、俺の合理主義で粉砕する時が来たのだ。




