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第96話 王宮の不協和音


 王都を包む魔の霧が晴れ、物理的な時間が動き出した代償として、人間界の濁りもまた目に見える形となって溢れ出していた。

 王宮の間からほど近い、リアムたちの拠点となっている一室。そこには、王宮内での政治工作と、地下迷宮ダンジョンへの再侵攻準備という二つの過負荷な状況が混在していた。政治工作とはシュタインのことだ。


「リアム様、シュタイン伯爵が王都の食料庫を私物化しようとしている件ですが、わたくしの実家、ローゼンブルク家からも正式に抗議の使者を出しましたわ。あのような非合理的な強欲、わたくしがこの光の魔力で浄化してやりたいくらいですわ」


 アリシアが扇子を激しく動かしながら、怒りに満ちた声を上げる。いつになくイラ立っているな。


「アリシア様、魔法で解決するのは後始末が面倒です。主、シュタイン伯爵は現在、王都西側の物流拠点を、自分の私兵を使って封鎖しています。物理的に取り除く手配は、いつでも整っていますが」


 セレーナが短刀の刃を布で拭いながら、冷淡に告げた。


「シュタインは殺しても働かない。死人は資源として再利用できないからな。セレーナは地下通路を使って、伯爵の隠し倉庫の中身をシロ・ノヴァの余剰生産品、あの腐りかけの野菜とすり替えてるのを任せる。アリシアは王都の民衆に勇者カイルが伯爵を説得し、食料を無償開放させることになったと吹聴して回るのを任せるぞ」


「うふふ、さすがリアム様。伯爵は善意を装うこともできず、民衆の怒りに晒されるわけですわね。セレーナ、貴女の影の出番ですわ。わたくしが地上で注目を集めている間に、しっかり仕事をしなさいな」


「言われるまでもありません、貴女はせいぜい、その派手な光で民衆を惑わせていればいいのです。裏での実務は、暗殺メイド私が主のために完璧にこなします」


「あら、実務? わたくしはリアム様の名声という資産を管理しているのですわよ。貴女のように、暗い場所でコソコソ動くだけが仕事ではありませんわ」


「名声など、主の演算効率に比べれば誤差に過ぎません。アリシア様は主を悲劇の英雄だと思い込んでおられるようですが、主が求めているのは、もっと冷徹な完璧な世界の構築です」


「分かっていますわよ。リアム様は、あえて悪役を演じてこの国の毒を吸い出していらっしゃる。わたくしはその孤独を分かち合いたいだけですわ」


 二人の間に火花が散る。その中心で、俺は水晶板に投影された王都のマッピングデータを無機質に見つめていた。


「ねえ、リアム。僕、またあの派手なマントを着て、街中で叫ばなきゃいけないの?」


 カイルが、大道芸人のような装飾過多な衣装を手に、泣きそうな顔で部屋に入ってきた。


「カイルは勇者という看板だ。看板に求められるのは、機能性ではなく視認性だ。アリシアと組んで、シュタインの屋敷の前で最高に輝いてこい」


「カイル様、何を渋っていますの。リアム様が直々にプロデュースしてくださった、不びんに見えるけれど頑張る勇者という姿こそが、民衆の同情を買うのに最適なのですわよ」


「そうだよカイル様、貴方は何も考えず、主の描いたシナリオ通りに動けばいいのです。私が裏で馬車の中身を入れ替えるための、最高のオトリになってください」


「オトリって。セレーナまでそんなこと言うの? 聖剣ガラティーンだって、こんなキラキラした服を着せるために打たれたんじゃないと思うんだけどなあ」


「聖剣の価値を決めるのはお前ではない、使用者である俺だ。行くんだカイル。シュタインを追い詰める善意を演じれば、奴の兵の拠点は俺の支配下に入る」


「分かったよリアム。君がそう言うなら、僕はピエロにだってなるよ。でも、終わった後には、シロ・ノヴァの美味しいパンを食べさせてよね」


「カイルの消費カロリーに見合った配給は約束しよう」


 カイルとアリシアが街へと繰り出した後、室内には俺とセレーナの二人だけが残った。2つを同時に実行するのは初めてだ。必ず成功させたい。


「主、地下迷宮の第二層に、ベルフェゴールの結界の残りを確認しました。シュタインの処理が終われば、即座に侵攻を開始できます」


「よろしい。セレーナはアリシアに対して、少しばかり当たりが強くないか」


「当然です。あの方は、主の本当の恐ろしさを、いえ、本当の価値を理解していません。甘い空想で主を包み込もうとするなど、影の者としては許しがたい不敬です」


「フン、キミもアリシアも、俺を勝手に定義しすぎだ。俺はただ、処刑エンドという最悪な未来を回避し、最高の領地を運営したいだけだけどな」


「主がそう仰るなら、私はただの暗殺の道具として、その未来を実現させるだけです。ですが、時折、主が見せるあの無自覚な甘さ。それだけは、私だけの観測記録に残させていただきます」


 セレーナが、普段の毒舌からは想像もできないような、微かな、それでいて深い忠誠を込めた笑みを浮かべた。暗殺メイドの本当のところを見せたのかな。


「好きにしてくれ。さて、国王の内政の掃除を終わらせるとするか」


 俺は窓の外、勇者の演説に沸き立つ王都の街並みを見下ろした。

 怠惰の魔王が目覚める場所、その上空には俺の冷徹な意志が支配する、新しい風を吹かしてやろう。

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