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第95話 没落へのカウントダウン


 王都を覆っていた停滞の霧が晴れ、物理的な時間が再び脈動を始めた。動き出したのは希望だけではない。溜まりに溜まった人間の欲と、非効率な政治の火種もまた、同時に再燃しているらしい。

 俺は王宮の応接室で、精密なマッピングデータを水晶板に投影しながら、次の盤面を計算していた。俺も忙しいな。


「リアム様、少しは肩の力を抜いてはいかが? 王都の商人たちから献上された最高級のマカロンですわ。これ、一個でパン十個分の砂糖が使われているそうですの」


 アリシアが、色彩豊かなマカロンの山を俺の前に差し出す。スイーツ好きそうだな君は。


「砂糖の過剰摂取は、脳の演算効率を一過性で向上させるが、その後の血糖値の急降下で判断力を鈍らせる。アリシアで消費していいぞ」


「まぁ! せっかくわたくしが、リアム様の孤独な戦いの疲れを癒そうと思いましたのに。カイル様、貴方もそう思いますわよね?」


 アリシアが話を振った先では、カイルが新しい騎士服の試着に四苦八苦していた。なにやってんだ。


「えっ、あ、うん。でもリアムはいつも通りだよ。それよりこの服、派手すぎない? 勇者っていうか、大道芸人みたいなんだけど」


 確かに言えてるな。


「カイル、それは私の指示です。民衆の目を引き、シュタイン伯爵への圧力を最大化するための衣装です。不満なら、その服を脱いで全裸で演説しますか?」


 セレーナが影から音もなく現れ、冷たい視線をカイルに注ぐ。全裸は笑えるな。


「セレーナ! 全裸はまずいよ、捕まっちゃうよ! 分かったよ、このヒラヒラしたマントで頑張るから」


「よろしい。アリシア様、主を甘やかすのはほどほどになさい。今の主が求めているのは、糖分ではなく、シュタイン伯領の兵站拠点の把握です」


「貴女は本当に情緒というものがありませんわね。いいですか? リアム様は、悪役を演じながらこの国を救っている英雄。休息を彩るのが、わたくしの役目ですの」


「情緒は戦場において邪魔でしかありません。主の隣に必要なのは、主の思考を先読みし、影で敵を処理する機能的な存在。つまり、私です」


 二人の視線がバチバチと火花を散らす。アリシアは光の魔力を、セレーナは暗殺者の殺気を、無意識に漏らし始めていた。おいおい、殺気が出てますが。


「おい、二人とも。争うのは勝手だが、魔力の無駄遣いはやめてもらおう。シュタイン伯爵が、王宮の食料倉庫から自分の分け前を持ち出そうと動き始めたぞ」


 俺が水晶板を指し示すと、二人は即座に臨戦態勢に戻った。


「あら、あの不潔な伯爵、まだそんなことを。リアム様、わたくしが今すぐ王家の権限で差し押さえを命じますわ」


「アリシア様、それでは伯爵に不当な圧力という反論の余地を与えます。主、先ほどギルドマスターのカサンドラから得た地下通路のデータを使いますか?」


 セレーナが俺の意図を読み取り、暗殺者の笑みを浮かべる。暗殺者らしい考えだな。


「シュタインが運び出そうとしている荷馬車を、地下から直接に消失させる。カイルの出番だな」


「僕!? まさか、地下から馬車を強奪するの?」


「カイルは地上で演説を続けていい。伯爵の善意で食料が開放されるとな。その裏で、セレーナが荷物をすり替える。中身は、シロ・ノヴァで余剰生産された腐りかけの野菜だ」


「主、性格が悪いえ、合理的で素晴らしい計画です。新鮮な食料は、そのままシロ・ノヴァの兵の連絡路へ組み込みましょう」


「うふふ、さすがリアム様。伯爵は、善意で食料を配ったつもりが、民衆に腐った野菜を投げつけられる。想像しただけで、あの方の没落が目に浮かびますわ」


 アリシアが嬉しそうに手を叩く。彼女の中では、俺のこの悪の計画も悪をさばくための計略として美化されているようだった。


「ねえリアム。僕、本当にこれ、勇者の仕事なのかな? なんか最近、泥棒の片棒を担いでる気がするんだけど」


「カイルは結果だけを見ることだ。民が救われ、非効率な貴族が排除される。それが、この世界の邪魔を取り除く最適解だ」


「邪魔? また変な言葉を使ってる。でも、リアムがそう言うなら、信じるよ」


 カイルは派手なマントを着て、王宮の外へと向かっていった。ちゃんと理解したかな不安だな。


「さて。アリシア、セレーナ。国王が待っている。シュタインを政治的に埋葬し、地下迷宮ダンジョンへの再捜索準備を整えるぞ」


「「御意(承知いたしましたわ)!!」」


 二人の返事が、重なり合う。俺は王宮のバルコニーから、活気を取り戻しつつある王都の街並みを見下ろした。

 怠惰のベルフェゴールが目を覚ます前に、この国の人間の怠惰をすべて掃除し尽くしてやる。それが、俺に課せられた効率的な任務だろう。

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