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第88話 眠らない会議
忙しいという言葉は、心を亡くすと書く。心をすり減らしてでも動き続けないと、この世界は怠けという底なし沼に沈んでしまう。
俺が作り上げた新都市シロ・ノヴァの中心。空へ突き刺さるように立つ摩天楼。その最上階。
世界の運命を左右するかもしれない会議が、今ここで開かれている。とはいえ、内容はほとんど、過酷な残業の報告会に近い。
「北側の外壁の修復は終わりましたわ。リアム様。先ほどの戦闘で、わたくしの魔力の使い方も〇・五%ほど良くなりました。褒めてくださってもよろしくてよ?」
アリシアが誇らしげに報告書をテーブルへ置いた。目の下にクマはない。俺の覚醒魔法で無理やり整えられた肌は、妙に元気そうに見える。
「主。周囲を見張る影の偵察部隊から連絡です」
セレーナが影の中から冷えた飲み物を取り出し、全員のコップへ注いだ。
「王都へ続く街道が黄金の霧でふさがれています。生存反応はあります。ところが、人々は街道の真ん中で枕を抱え、動こうとしません」
「あーもう、報告ばっかり!」
カインが頭を抱えた。
「僕、勇者なんだけど!? 戦う時間より、この巨大な円卓で数字を見る時間のほうが長いんだけど!」
彼の前には排水溝の長さや作業で消費したカロリーをまとめた資料が並んでいる。
「カイン。数字は嘘をつかない」
俺は淡々と答えた。
「君の労働で都市の生存率が〇・〇三ポイント上がった。誇っていい。世界で一番効率よく泥を扱える勇者だ」
「うれしくないよ!
聖剣ガラティーンが本当は魔王を斬りたいって泣いてる気がするんだよ!」
俺は軽く流し、水晶板に映る地図を指した。
「冗談は終わりだ。王都からの定期連絡が止まった」
三人の視線が集まる。
「通信はつながっている。ところが誰も応答しない」
アリシアの顔が引き締まった。
「つながっているのに返事がない。通信兵が受話器を持ったまま眠った、ということですの?」
「おそらく一人ではない。王宮全体。もしくは王都の住民全員が仕事を放り出した可能性が高い」
セレーナが地図を見つめた。
「怠けの侵食が限界を超えました。主。このままでは王都の機能が止まり、国という形が崩れます」
「リアム、すぐ助けに行こう!」
カインが立ち上がる。
「王都へ行って、みんな叩き起こすんだ!」
俺は手を上げて止めた。
「甘い。今王都へ入れば一分も持たず眠る。霧の濃さが違う」
「そんな」
アリシアが不安そうに言う。
「私たちはここで何もできませんの?」
俺は立ち上がった。
「管理者は眺めているだけの仕事ではない。アリシア、セレーナ、カイン。これから精神をつなぐ」
三人が驚いたな。
「俺の魔力を使い、意識を共有する。強制覚醒へ直接つなぐ」
「えっ。頭の中がリアムとつながるってこと?」
カインの顔が少し赤くなる。
「そうだ。俺の理性を防壁として貸す。ただし副作用もある。計算の重圧と眠れない焦りも一緒に流れ込む」
「リアム様と精神がつながる」
アリシアが頬を赤くする。
「よろしくてよ。リアム様の頭の中、一度全部見てみたかったのです」
「私は主の影。主の思考に触れられるなら光栄です」
セレーナが静かに言い、俺の手を握る。
「仕方ないなぁ」
カインが肩に手を置いた。
「リアムの頭の中、効率とシロちゃんしかなさそうだけど」
「接続開始。意識共有」
青白い光が走った。摩天楼の最上階が強い意志の光に包まれる。
「なっ! 何ですの、これ!」
アリシアが叫ぶ。彼女の頭に流れ込む情報。
都市の地脈。
住民の心拍。
建設ゴーレムの稼働率。
未来予測の計算。すべてが秒ごとに更新されている。
「主」
セレーナが膝をついた。
「毎秒、これほどの情報を処理しているのですか」
そうだよ。
「リアムの頭の中、休みがないじゃないか」
カインが震えた。まあカインには無理だろうな。
「次の予定ばかり浮かんでくる」
「これが俺の日常だ。慣れろ」
俺は言う。
「休むことへの恐怖。あれがベルフェゴールに対抗する武器になる」
四人の意識を束ね、王都へ向ける。
アリシアの誇り。セレーナの忠誠。カインの勇気。三人の感情が俺の魔力に色を与える。
「見えますわ」
アリシアの声。
「黄金の霧の向こう。王都の人々が幸せそうに眠っています」
衛兵は立ったまま眠る。市場では商人がリンゴを握ったまま夢の中。
セレーナが続ける。
「中心。王城の地下。巨大なあくびの震源があります」
「あれがベルフェゴールか」
俺は言う。
「カイン。これから意識を王都へ叩き込む」
「そんなことできるの!?」
「俺一人では無理だった。四人なら可能だ。シロ、声を貸せ!」
屋上で神獣シロが吠える。
「ワンッ!!」
四人の意識が一点へ集まる。
「「「「起きろぉぉぉ!!」」」」
叫びが衝撃波となり、黄金の霧を吹き飛ばす。王都に響く魂の目覚ましだった。人々が一斉に飛び起きる。
「やった!」
カインが叫ぶ。
「霧が薄くなった!」
俺は首を振る。
「まだ終わりではない。相手を怒らせただけだ」
王城の地下から巨大なあくびが響く。
『ふぁぁ。気持ちよく眠っていたのに。
誰だ、私を起こす者は』
重たい眠気を含んだ声。怠惰の魔王ベルフェゴール。
俺は静かに言った。
「ようやく会えたな。ベルフェゴール」
連結した仲間の意識が熱を持つ。
「二度寝は許さない」
俺は次の作戦を考え始めた。




