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第82話 摩天楼の基礎と、温泉の目覚め
開拓とは、本来なら泥にまみれ、腰を痛め、何世代もかけて自然をねじ伏せる不毛な労働の積み重ねを指す言葉だ。俺の辞書にそんな非効率な定義は存在しない。
翌朝、昨日俺が平らにしたばかりの広大な黒土の大地に、朝日が昇る。
視界の端から端まで、障害物一つない完璧な水平線。そこに立つのは、俺と、あくびを噛み殺している勇者カイン、朝露に濡れて毛並みを輝かせているシロだ。
「ふわぁ。ねえリアム、昨日あんなに頑張ったんだし、今日はゆっくりお昼寝から始めない? なんだか、空気がすっごく眠気を誘うっていうか」
カインが、聖剣を杖代わりにしながらフラフラと膝を折りそうになる。
隣に立つアリシアも、いつもならリアム様、おはようございます!と元気よく挨拶してくるはずが、今日はどこかトロンとした目で俺の背中を見つめていた。
「だめだ、カイン。セレーナ、こいつらの首筋に氷結の小指を叩き込んでやれ。目が覚めるぞ」
「御意。主、私も少し、影の底が暖かくて心地よいのですが職務ですので」
影から這い出したセレーナが、無表情にカインの襟元に冷気を流し込む。
「ひゃあぁっ!? つ、冷たい! 起きた、起きたよリアム!」
「よし。さて、今日は基礎と水源の確保だ。都市には水と、揺るぎない土台が必要だからな」
俺はシロの頭を撫で、昨日整地した大地の中央へと歩み出た。これから作るのは、ただの村や町ではない。王都をも凌駕し、魔導科学の粋を集めた魔導摩天楼都市。作る予定。プロトタイプだ。
「最初に領地開拓したシロフォートレスは要塞都市でした。また要塞かな」
「要塞とは違うな」
「どうなるのか」
「シロ、地脈の喉仏を探せ。一番熱くて、魔力が濃い場所だ」
「ワンッ!」
シロが地面をクンクンと嗅ぎ、一箇所に前脚を叩きつけた。ベルゼブブが地脈を吸い上げていた、いわば大地のエネルギーが最も集中しているポイントを狙う。
「いい場所だ。アリシア、カイン。下がっていろ。少しばかり、地面が跳ねるぞ」
俺は両手を地面に突き立てた。
管理者の権能:深度ドリル。
魔力をドリルのように回転させ、地殻を真っ直ぐに貫いていく。
一メートル、十メートル、百メートルと。
通常の掘削機なら数ヶ月かかる岩盤突破を、俺の魔力は数秒で成し遂げる。
「浸透しろ。眠れる大地の血潮を、俺の呼び声で叩き起こせ」
ゴゴゴゴゴと、足元から不気味な震動が伝わってくる。恐怖ではなく、解放を待っていた大地のエネルギーが震える音だろう。
「来るぞ。三、二、一」
ドォォォォォォォォン!!
俺が手を離した瞬間、中心部の穴から、空高くへと巨大な水の柱が噴き上がった。
ただの水ではない。それは、地底の熱をたっぷり含み、魔力成分が飽和状態とな究極の源泉である。
「わぁっ!? 水!? いえ、これ、すっごく良い香りがしますわ!」
アリシアが、顔にかかったお湯を指で舐め、目を輝かせた。
「リアム様、これ温泉ですわ! それも、お肌がとろけるような、極上の!」
「都市の活力は清潔さから始まる。まずはこの源泉を核として、巨大な大浴場付の迎賓館の基礎を打つ。シロ、風で温度を調節しようか。火傷する」
噴き上がる熱水を、シロが翼の風で冷やし、周囲に掘った溝へと誘導していく。
瞬く間に、更地の中央にエメラルドグリーンの巨大な池が出来上がった。いい調子だな。
「次は土台だ。カインの聖剣を貸せ」
「え? 聖剣を? 掃除とかに使わないでよ?」
「黙って貸せ。鍛冶師バルガンの打ったこの鋼は、魔力の伝導率が規格外なんだ。カインの聖剣を避雷針ならぬ魔導芯柱のモデルにする」
俺はカインから引ったくるように聖剣を受け取ると、それを宙に浮かせた。カインはなぜという顔に。そのまま続行する。
構造コピー:真・聖剣ガラティーン。
聖剣の持つ折れぬ強度とエネルギー循環の構造をスキャンし、巨大なサイズに拡大投影する。周囲に集積させていた、鍛冶師バルガンの工房特製の魔導合金と石灰岩の山に向けて、指を突き出した。
「錬成する。摩天楼を作る!」
ジャリジャリと音を立てて、大量の資材が宙に舞い上がる。資材が俺の魔力によって再構成され、一本の巨大な、天を突くような柱へと形を変えていく。
一本ではない。十本、二十本。温泉の周囲を囲むように、地下深くの岩盤まで届く巨大な鋼鉄の杭が、地響きと共に打ち込まれていった。
「すごすぎる。リアム様がお一人で、一国の工兵隊が数年かける仕事を、ほんの数分で」
アリシアはもはや、驚くのを通り越して感嘆の溜息を漏らしている。カインにいたっては、僕の聖剣がビルになっちゃったと、自分のアイデンティティを疑うような顔をしていた。
作業は順調だった。俺の計算通り、更地には都市の骨組みが着々と出来上がっていく。意識の端っこで、警報が鳴り続けるのは計算外か。
「おかしいな」
温泉から立ち上る湯気を見つめた。湯気は、本来なら硫黄や魔力の匂いがするはずだが、今は驚くほど甘い香りが混ざっている。
「リアム様ぁ。なんだか、この温泉を見ていたら、とっても幸せな気分になってきましたわ。もう、戦いなんてどうでもよくて。このまま、ずっとここで、リアム様とお昼寝をしていたいなああ」
アリシアが、俺の腕に体重を預け、トロンとした目で微笑みかける。頬はバラ色に染まり、瞳からはいつもの理知的な光が消えかかっていた。おかしいな?
「カインもか」
見れば、カインは自分の聖剣を枕にして、更地の真ん中で本格的に寝息を立て始めていた。
「むにゃリアム、もう特訓はいいよぉ。僕は最高のなまけ者に、なるんだ」
「セレーナ、こいつらを」
セレーナを呼ぼうとした時、影の中から聞こえてきたのは、微かな寝息だった。暗殺メイドのセレーナまでもが、影の中で丸くなって眠りに落ちている状況。
「怠惰のベルフェゴール。俺がせっせと土台を作っているそばから、嫌がらせをしてくれるじゃないか」
俺は懐から覚醒の魔石を取り出し、周囲に展開した。
パリンッ、と何かが弾けるような音がして、俺の周囲数メートルだけ、空気がピリリと引き締まる。更地の向こう、王都の方角を見れば、空は異様なまでに澄み渡り、雲一つない。
平和という名の、死よりも深い停滞が始まっている兆しだった。
「おーい、リアム。何一人で難しい顔してるのさ。いいじゃないか、ここはこんなに温かくて、水も綺麗で。みんなで、一生寝て過ごそうよ」
カインが、半分夢の中にいるような声で手招きする。
「ふん。一生寝て過ごす? 俺の都市計画に、そんな非生産的な項目はないけどな」
俺はシロの耳を強く引っ張った。
「起きろ、シロの豪華な寝床を完成させる前に、シロが寝てどうする!」
「クゥゥ。ワンッ!? ワンワンッ!」
シロが飛び起き、翼を激しく羽ばたかせて俺に謝るように吠えた。
どうやら、神獣であるシロですら、俺の結界がなければベルフェゴールの呪いに抵抗てきないらしい。つまりは超危険な力だってこと。
「面白い。俺がこの土地を最高の活気ある都市にしようとしている最中に、世界を眠らせようとするか。真っ向勝負だな、ベルフェゴール」
俺は、温泉の周囲にさらに強固な活性化の結界を張り、アリシアたちを強引に目覚めさせた。
目を覚ました彼女たちは、自分が何に魅了されていたのかも分からず、ただ凄く良い夢を見ていたと口を揃えて言う。
「リアム様、なんだか、心の底から力が抜けていくような、不思議な感覚でしたわ。これが、ベルゼブブの時のような恐怖なら戦えるのですが」
「幸せに抵抗するのは、誰にとっても難しい。俺の領地では、眠るのは夜だけで十分だ」
俺は、天高くそびえ立つ摩天楼の基礎。聖剣の構造を模した柱を見上げた。
俺の魔力を動力源とした永久覚醒魔導回路を刻み込んでいく。
「見ていろ。ベルフェゴールが世界を眠らせようとするなら、俺は世界を不夜城に変えてやる」
俺の言葉に呼応するように、摩天楼の基礎が青白い光を放ち始めた。更地を覆う眠気の霧を俺の光が切り裂いていく。
開拓は、今や物理的な土木作業を超え、怠惰との精神的な陣取り合戦へと突入していた。
「さて、カイン。寝坊の罰だ。今からあの柱の上まで、自力で登ってこい。特訓再開だ」
「えぇぇぇぇっ!? 鬼だ! リアムは悪魔だー!!」
カインの悲鳴が、ようやく活気を取り戻した更地に響き渡った。それこそが、俺の望んだ騒がしい日常だった。




