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第80話 静かなる予兆
暴食のベルゼブブとの激闘が幕を閉じ、世界には少しの間、静けさが訪れていた。王都の街角では、復興を祝う花火の残り香が優しく漂い、人々の顔には、久しぶりに心からの安らぎが浮かんでいる。俺達は俺の直轄の領土にある要塞都市に来ている。
「ふわぁ、なんだか今日は、とってもいいお天気ですわね、リアム様」
アリシアが、要塞都市シロ・フォートレスのテラスで大きく伸びをした。窓から差し込む春のような柔らかな陽光が、彼女の金髪をキラキラと透き通らせている。
「ベルゼブブが溜め込んでいた魔力が消えて、このあたりの地脈が活性化している証拠だ。草木も、いつになくのんびりと育っているな」
俺は、膝の上で丸くなって眠るシロの白い毛並みを、ゆっくりと撫でた。シロは幸せそうに「くぅ」と鼻を鳴らし、温かな体温を伝えてくれる。
穏やかな日常の陰で暴食ベルゼブブ、色欲リリス、強欲マモンを討伐した。三つの大きな災厄を乗り越えた僕俺たちは、穏やかな時間を過ごしたかった。疲れもある。原作主人公のカインは領地の子供たちと剣の稽古という名の追いかけっこに精を出し、暗殺メイドセレーナは影の中で静かに新しいお茶の淹れ方を研究していた。
管理者の権能を持つ俺の目には、この穏やかすぎる空気の中に、ほんのわずかな違和感が混じっているのが見えていた。
「ねえ、リアム。最近、なんだかみんな、よく眠るようになったと思わない?」
カインが、少し眠たそうな目をこすりながら、テラスにやってきた。彼の手に握られた聖剣も、今はその鋭い光を潜め、まるで寝ているかのようだ。
「王都からの報告でも、仕事中に眠り込んでしまう者が増えているらしい。単なる戦いの疲れだと思われているようだが」
俺は手元にある古い羊皮紙に目を落とした。そこには、残る四つの大罪のうちの一つ、怠惰のベルフェゴールについての記述があった。
静かに忍び寄る怠惰か。
怠惰の呪いは、ベルゼブブのような激しい破壊ではないと思う。それは、春の午後の日差しのように優しく、綿菓子のように甘く、人々の心から抵抗する意志を少しずつ溶かしていくものかな。
「戦わなくていい。頑張らなくていい。ただ、このまま眠っていれば幸せになれる。そんな声が、世界の端々から聞こえてくるようだ」
「主、先ほど、村の入り口で、門番が立ったまま深い眠りに落ちていました。起こそうとしても、とても幸せそうな寝顔で」
セレーナが影の中から現れ、静かに告げてくる。彼女のいつも冴え渡っている気配も、今日はどこか、ふんわりと柔らかくなっているな。
「始まったか。次の幕開けは、剣の音もしない、静かな眠りの中からのようだな」
俺は立ち上がり、まだ夢の中にいるシロをそっと抱き上げた。三つの大罪を倒したことで、俺たちの絆は強くなった。次なる敵は、その絆の温かささえも利用して、俺たちを永遠の眠りに誘おうとしてくるだろう。大罪があいつなら。七人の残り4人いて、この感じはあいつの予感がする。
「みんな、聞いてくれ。少しだけ、長いお昼寝の時間は終わりにしよう。世界が本当の意味で目を覚ますまで、俺たちが子守唄を止めてあげなきゃいけない」
俺の言葉に、アリシアが少しだけ顔を赤くして、でも力強く頷いた。
「はい、リアム様。わたくし、リアム様と一緒に見る明日の方が、どんな素敵な夢よりも大好きですもの」
「僕もだよ! せっかく新しい剣をバルガンさんに打ってもらったんだ。寝てばかりじゃ、もったいないからね」
カインが、えへへと笑いながら胸を張る。少しは自信がついたみたいだな。
「ワンッ!」
シロもパチリと目を開け、頬をペロリと舐めてくる可愛らしさ。
残る大罪はあと四人。残りの一人目は確定していないものの、怠惰のベルフェゴールと推測する。静かで優しい戦いがここから始まるだろう。
「さあ、行こうか。世界を、心地よい停滞から救い出すために」
俺は、春風に揺れる領地の景色を目に焼き付け、仲間たちと共に一歩を踏み出しました。これからどんな激闘よりも難しく、どんな物語よりも温かな、戦いの始まりだ。




