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第71話:亡霊騎士団
美食ギルドがもたらした忘却の毒を、シロとの即興調理で打ち破った日の夜。王都は、一時の静けさを取り戻したかに見えた。俺の胸の中にある原作の記憶が、警鐘を鳴らし続けている。
原作では、美食ギルドに失敗したベルゼブブが、物理的な侵略へと舵を切る回だ。送り込まれるのは、彼に喰われ、死してなお空腹という呪縛に囚われた亡霊騎士団だったか。彼らは王都の巨大食糧庫を襲い、民の明日を奪うはずだろう。俺はシロの背中を撫でながら、窓の外の月を見上げる。
「シロ、今夜は少し冷えるな。散歩の準備はいいか?」
「ワンッ!」
シロは俺の意図を察したのか、鋭い瞳で闇を見据えた。
深夜。王都の北側に位置する、巨大な石造りの食糧庫。ここには領地から運ばれたばかりの麦や干し肉が、山のように積まれている。
守衛たちが居眠りを始めた頃、霧の中からガシャリ、ガシャリと重々しい鎧の音が響いてきた。
「誰だ、こんな時間に」
守衛が明かりを掲げると、そこに映し出されたのは、肉の削げ落ちた骸骨の騎士たちだった。彼らの胃袋があるべき場所には不気味な暗黒の穴が開いており、そこから食べたい、足りないという呪いのような声が漏れていた。
「ひ、ひぃっ! 化け物だぁ!!」
「騒ぐな。警備の邪魔だ」
俺はシロと共に、食糧庫の屋根から飛び降りた。守衛の前に立ち、腰の剣を抜く。
「リ、リアム様、なぜここに」
「散歩だと言いたいところだが、害虫駆除に来た。下がっていていい。死にたくなければな」
「主。敵の数、およそ二百。すべてが聖騎士たちの成れの果てです」
影の中からセレーナが現れ、短刀を構える。さらに、背後からは慌てた様子でカイルとアリシアも駆けつけてきた。
「リアム、抜け駆けは禁止だよ。僕だって、勇者として食糧を守る義務があるんだからな」
「リアム様。わたくしをおいて真夜中に出かけるなんて、後でお仕置きですからね」
「まあいい、カイル。昨日の汚名を返上したいなら、その聖剣で道を切り開くんだな」
亡霊騎士団が、一斉に食糧庫へと突進してくる。彼らの目的は、中にある食糧を喰らい尽くし、王都を飢餓に突き落とすこと。
「いくよ、聖剣、光輝の円舞!」
カイルが聖剣を振るい、聖なる光を放つ。本来ならアンデッドを浄化するはずの光だが、亡霊騎士たちは怯むことなく、その光さえも喰らおうと口を大きく開けて来る。
「な、なんだって、僕の聖剣の光を食べてる?」
「カイル、下がれ! 奴らは魔力そのものを食糧にする特攻種だ。普通の攻撃じゃ、逆に奴らを太らせるだけだぞ」
原作知識によれば、彼らを止める方法はただ一つ。彼らが死の間際に抱いた飢えという未練を、物理的な満腹ではなく、魂の安らぎで上書きすることだったか。
「アリシア、セレーナ、奴らの足を止めてくれ。攻撃するな、ただ拘束するんだ」
「分かりました、闇の鎖!」
「影の沼、展開。動きを封じます」
アリシアの闇とセレーナの影が、亡霊騎士たちの足を地面に縫い付ける。奴らはもがきながら、虚空を噛み締めて叫び続けた。
「ひもじい。あたたかな、食卓に、帰りたい」
その声を聞いたアリシアの表情が変化する。
「リアム様。この方たち、ただの化け物じゃありません。とても、悲しい声で泣いていますわ」
「ベルゼブブに尊厳ごと喰われた犠牲者だからな。だからこそ、俺たちが終わらせてやるんだ。シロ、準備はいいか?」
「ワンッ!!」
「どうやってやるの?」
アリシアの疑問でも、俺はシロの背に乗って高く跳躍した。
管理者の権能:虚構のもてなし。
俺は自分の膨大な魔力を、亡霊たちが最も望んでいた温かな食事の記憶へと変換し、シロの風に乗せて散布した。つまりは、おもてなしてあげるわけだ。
「戦いは、もう終わった。今夜は、誰に邪魔されることもなく、安らかに眠れ」
シロが叫ぶと、雪のような白い光の粒が亡霊騎士たちを包み込んだ。彼らの暗黒の胃袋が、黄金色の光で満たされていく。
「ああ。いい匂いだ。パンが、焼けている」
「母さんの、シチューの、味だ」
一人、また一人と、騎士たちの骸骨の瞳に柔らかな光が戻り、彼らは武器を捨てて膝をついていく。
「リアム様、見てください。みんな、笑っていますわ」
アリシアが涙を浮かべてお祈りする。
「ふん。死んでまで腹を空かせているなんて、悪役の俺でも見ていられないからな」
亡霊騎士団は、静かに光の粒子となって霧の中に消えていった。後に残ったのは、彼らが最後に残した感謝の念と、守り抜かれた食糧庫の静けさだけだった。これで良かったのだろう。
騒動が落ち着いた後、俺たちは守り抜いた食糧庫の片隅で、小さな焚き火を囲んでいた。
「リアム。君って、本当はすごく優しいよね。昨日のスープもそうだけど、あんな化け物たちにまで、美味しい記憶をあげるなんて、普通の人にはできない」
カイルが、焚き火で温めた干し肉をかじりながら、しみじみと言った。
「勘違いするなと言っているだろう。食糧庫を壊されたら、俺の取り分が減る。それだけだ」
「はいはい、そういうことにしておきますわ。でもリアム様。あの方たちが消えていく時の顔、わたくし一生忘れませんわ。リアム様が、あの方たちの魂を救ったんですのよ」
アリシアが俺の肩に頭を預けてくる。その温かさが、夜の冷気から俺を守ってくれていた。
「主。今回の一件で、ベルゼブブの干渉はさらに強まるでしょう。偵察隊、美食ギルド、亡霊騎士団。奴は確実に、王都の生命力を削りにきています」
セレーナが、影の中から厳しい表情で告げる。
「奴は美食家を気取っているが、その本質はただの底なし沼だ。どれだけ喰らおうとしても、俺たちが作ったこの絆という名のスパイスは、奴の喉に突き刺さる毒になるだろうな」
「ワンッ!」
シロが俺の膝に顎を乗せ、同意するように鳴いた。
「リアム、次は僕が、絶対に君を助けるからね。聖剣を喰われないように、もっともっと修行するんだ」
「期待せずに待っててやるよ、勇者様。さあ、夜明けは近い。シロも眠そうだ、屋敷に帰るぞ」
俺たちは、守り抜かれた食糧庫の影を背に、ゆっくりと王都の街路を歩き出した。
原作では、この亡霊騎士団の襲来によって、王都の食糧の半分が失われ、民の暴動が起きる凄惨な展開だった。シナリオを俺の力で強引に変えて食糧は守られた。民の心も、まだ折れてはいない。運命の糸は、確実に俺が引きちぎっている。
「リアム様、帰ったら今度は本物の、わたくしの手作りスープを飲んでくださいますわね?」
「アリシアのスープなら、毒が入っていても完食してやるよ」
「まぁ毒なんて入れませんわ。失礼しちゃいますわね」
アリシアの明るい笑い声が、静かな夜の空気に溶けていく。
暴食のベルゼブブとの決戦はいつか来る。奪われることを拒み、与えることを選んだ俺たちの旅路は、決戦に向かっている。
「来い、ベルゼブブ。世界で一番贅沢な処刑台のディナーを用意して待っててやるよ」
俺はシロのふかふかの毛を握り締め、夜明けの光が差し始める街並みを見て言った。




