↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/142

70

第70話 神獣の調理



 聖王国の国境付近、静寂の森に生命の音を取り戻した俺たちは、再び王都へと帰還した。しかし、凱旋した俺たちを待っていたのは、以前のような平和な街ではなかった。明らかに街の空気に変化を感じる。言葉では表せない感覚だな。


「なんだ、この異様な空気は」


 王都のメインストリートを歩きながら、俺は言った。シロも鼻をヒクつかせ、どこか警戒するように低く唸っていることから、何かを感じ取ったのだろう。ただならぬ気配を。

 通りに面したレストランや屋台には、信じられないほど長い行列ができていた。


「こんな屋台は今までなかったよな」


「確かに昨日までありませんね。今日から出した屋台なのでしょう。それなのに凄い人気ですよ」


「凄い人気」


 並んでいる人々は皆、普通の目をしていない。虚ろな瞳で食べたい、もっと食べたいと言っている。差し出された真っ赤なスープを漁るように飲み干している。


「リアム様、見てください。あの方は、ギルドで有名な冒険者のはずですけれど、自分の剣を売ってまで、あのスープを買おうとしていますわ」


 アリシアが、行列の中にいる一人の男を指差して悲しげに言った。俺も見覚えのある冒険者だな。


「主、異常です。あの料理から、魔力を変質させる独特の香気が漂っています。マモンの時とはまた違う、精神を蝕むような香りです」


 セレーナが影の中で、いつでも動けるように重心を低くした。

 俺たちは事態を把握するため、冒険者ギルドへと向かった。そこには、顔色の悪いギルドマスターのカサンドラが頭を抱えて座っていた。どうした?


「カサンドラ、頭を抱えてどうした?」


「リアム、帰ってきたのね。見ての通りよ。一週間前から現れた美食ギルドを名乗る連中のせいで、王都はパニック寸前だわ」


「美食ギルド? 単なる流行の店じゃないのか」


「そんな生やさしいものじゃないわ。あそこの料理を食べると、魔力が一時的に爆発的に増えるの。でもね、代償がある。食べた人間は、自分の家族の名前や、自分が誰であるかという記憶を少しずつ忘れているみたいなの」


「食べると記憶がか」


 これは原作のベルゼブブが直接現れる前の前哨戦だ。原作にもシナリオがあった。奴の眷属が、人間の自我を栄養分として食らう料理を振る舞い、王都を空っぽの器にしようとするエピソードだ。原作ではカイルがそのスープを飲んでしまい、聖剣の使い方を忘れて大ピンチになるはずだが。カイルはまさか飲んでいないよな。


「カサンドラ、カイルはどうした?」


「最悪よ。あの子、勇者の修行だ!なんて言って、その美食ギルドのコンテストに飛び入り参加しちゃったわ」


「あの馬鹿が!」


 俺は拳を握りしめた。シロも「ワゥー」と情けない声を漏らす。カイルはコンテストに参加したらしい。美食ギルドのコンテストがあるなら、俺らも行くしかないな。


「そのコンテストの詳しい場所を教えてくれ」


「参加するのね。リアムに調査をして欲しい。他に頼める人はいないから。王都の闘技場でやっている」


「わかった。闘技場だな。俺たちが行ってみる」


 王都の闘技場へ行ってみると、今や巨大な厨房へと作り変えられていた。中央の壇上では、カイルがふらふらとした足取りで鍋の前に立っている。大丈夫かよ。どう見ても例のスープを飲んだだろ。


「へへっ、このスープを飲めば、僕はもっと強く。あれ? 僕は、誰だっけ? 聖剣って、どうやって振るんだっけ?」


「カイルの様子が変ですよ」


「変だな。記憶が消えているようだ」


 カイルの瞳から光が消えかかっている。その対面には、美食ギルドの代表が現れる。


「さあさあ、勇者様! もっと飲みなさい! 貴方の輝かしい記憶は、最高級のスパイスになりますよぉ!」


「主催者か?」


「はい、私がこの美食ギルドの代表です。さあさあ、もっと飲んでください」


「そこまでだ。カイル飲むのはやめろ」


 俺の声が闘技場に響き渡った。シロが翼を広げ、風の効果で不気味な調理の煙を吹き飛ばす。これ以上は好きにさせない。


「邪魔をするのですか、リアム・ド・グラナード公爵。貴方も私の至高の料理を味わいに?」


「あんな残飯、シロの餌にもならん。カイルを解放しろ。どうしても料理で勝負したいなら、俺が相手になってやる」


「リアム様!? お料理なんてなさるんですの!?」


 アリシアが驚いて俺の袖を引く。俺には無理だという顔をして。


「主、包丁を握る姿すら見たことがありませんが」


 セレーナも不安げだ。確かに俺は料理をしているのはこれまでなかったから、そう思うのも当然か。


「安心しろ。俺が作るんじゃない。シロが作るんだ」


「「「ええっ!?」」」


「ワンッ!?」


 シロまでもが、自分の前足を見て困惑している。神獣のクッキング・バトルが俺の考えだったけど、誰もが驚いている。

 俺はシロの隣に立ち、その真っ白な頭を撫でた。


「いいか、シロ。料理の本質は満たすことだ。あいつらの料理は、奪うための餌に過ぎない。俺の魔力とシロの浄化の風を使えば、どんな毒も最高の滋養に変わる」


 俺は管理者の権能で、万象解析を発動した。食材の原子レベルでの特性、そして美味さの定義を脳内に叩き込む。


「あははははははは、私と料理バトルをすると言うのですか、リアム公爵。面白いです!」


 美食ギルドの主催者は高笑いする。


「シロ、まずはあの大釜に、領地で採れた聖なる種の麦と、温泉の天然水を入れろ。風で鍋の具を混ぜるようにするんだ。摩擦熱で一気に沸騰させろ!」


「ワ、ワンッ!!」


「あはははははは、狼が料理するというのですか。笑いです。狼に料理などできるはずもない。大笑いです」


「シロを甘くみたな代表さん。ただの狼じゃないからな」


 美食ギルド代表はシロを馬鹿にして笑う。その笑いを受けて、シロが前足で風を操ると、大釜の中で水が龍のように渦を巻き、瞬く間に黄金色の輝きを放ち始めた。


「な、なんですの!? 釜の中から虹色の光が!」


 アリシアが身を乗り出す。


「次は具材だ。セレーナ、影の中に保管してある最高級の霜降り肉を出せ。シロ、翼から放つ光弾で、一瞬で表面をあぶれ! 旨味を閉じ込めるんだ!」


「グルルゥ、ワンッ!!」


 シロの翼から放たれた繊細な光の矢が、空中の肉を完璧なミディアムレアに焼き上げる。完璧な肉の調理だ。旨味を閉じ込めた。肉も最高の肉を使った。


「最後だ。クラリス、聖女の祈りをこのスープに。そして俺の魔力で生命の歌を乗せる。いけ、シロ! 魂を呼び覚ます風を吹き込め!」


「クゥォォォォォォン!!!」


 シロの遠吠えとともに、黄金のスープが完成した。

その香りが広がった瞬間、行列に並んでいた人々の瞳に、みるみるうちに正気が戻っていく。


「あれ? 私は何を。妻の名前は、マリア、そうだ、マリアだ!」


「思い出しました! 私は、冒険者のジョニーだ!」


 これで美食の終焉だ、原作シナリオでは美食ギルドは恐怖のシナリオだった。カイルは大ピンチになるのだが、今回はリアムとしてシナリオを捻じ曲げるのに成功しそうだ。もちろんシロやみんなの力があってのことだ。


「バ、バカな! 私の忘却の毒を、ただの狼ごときが作ったスープが超えたというのか。あり得ない。絶対にあってはならない!?」


 肥満の代表が泡を吹いて後退りする。


「ただのスープじゃない。これは、この地で生きる者たちの絆を煮込んだスープだ。記憶を喰らう料理なんて、この一杯の温かさの前では塵に等しい」


 俺は出来上がったスープを一杯、カイルの口に流し込んだ。


「ぷはっ! お、お、おいしい! あ! リアム!? シロちゃん!? 僕は、僕は、ゆ、ゆ、ゆ、勇者のカイルだ! 思い出したぞ!」


 カイルが飛び起き、聖剣を握りしめた。


「よく言った、馬鹿勇者」


「うううううう、リアムめーーー」


「魔族だろ。肥満体型の魔族」


「ふふふ、そうとも。私の名は魔族ガストロだ。ベルゼブブ様からの命令で来たのだ。しかしリアム、邪魔しやがって」


「セレーナ、肥満の魔族ガストロを逃がすなよ」


「言われずとも。影の檻、起動」


 ついに魔族と正体を出したな。もう好きにはさせない。逃げようとしたガストロの足元から影の触手が伸び、その巨体を拘束した。原作と同じで、この肥満は料理が恐ろしいのだが、戦力はほぼ無力である。あっさり捕獲した。


「リアム・ド・グラナード! ベルゼブブ様が、お、お、お前を、必ずや喰らい尽くすぞっ!」


「ああ、勝手に言ってろ。シロ、掃除だ」


「ワンッ!!」


 シロの清浄な風が、ガストロを美食ギルドの建物ごと吹き飛ばしてしまう。闘技場は凄まじい竜巻で元の状態に。王都の空も元の晴天に戻った。


 闘技場を後にした俺たちは、再び平和が戻ったギルドの酒場にいた。シロは料理長としての重責を果たし、俺の膝の上でスースーと寝息を立てている。良くやったなシロ。


「リアム様、本当にすごかったですわ! シロちゃんがあんなに器用に風でお料理をするなんて。わたくしも、シロちゃんに教えてもらいたいですわ」


 アリシアが、シロの丸まった足を優しく突っついている。


「主。まさか、料理の理まで支配しているとは思いませんでした。今日のスープ、少しだけ残っていたのを頂きましたが。涙が、出そうになりました」


 セレーナが少し照れくさそうに視線を逸らす。暗殺メイドらしくない態度である。


「リアム! 本当にありがとう! 記憶が消えかけた時はどうなるかと思ったけど、あのスープを飲んだ瞬間、リアムとのこれまでの思い出がブワァッて溢れてきたんだよ!」


 カイルが涙目で俺の肩を叩こうとする。


「触るな、暑苦しい。カイルは少しは警戒心を持て。次、自分の名前を忘れたら、俺は領地のポチとして登録してやるからな」


「えぇー! それは勘弁してよ!」


 原作のカイルは記憶を失ったままベルゼブブの部下と戦い、再起不能寸前まで追い込まれる絶望回だった。それが、シロのクッキング・パフォーマンスで終わってしまうとはな。まあ、こっちのほうが、後味はいいか。


「リアム様。次は、わたくしがリアム様のために、スープを作りますわ。シロちゃんに負けないくらい、愛情をたっぷり込めて」


 アリシアが俺の顔を覗き込んで、満面の笑みを浮かべる。闇落ちした聖女の料理か。


「ああ。期待してるよ、アリシア」


「リアム様。私にも、その、お料理を教えていただけませんか? 聖女としてではなく、一人の女性として、リアム様の心を満たせるようなものを」


 クラリスまでが頬を赤らめて参戦してくる。


「ええい、リアム様はわたくしの専属シェフなんですのよ! クラリス様、抜け駆けは禁止ですわ!」


「まあまあ、皆さん落ち着いてくださいな。リアム様の胃袋を掴むのは、この帝国の皇女である私かもしれませんよ?」


 フィオナまでが茶目っ気たっぷりに加わり、酒場は一気に華やかな笑い声に包まれた。


「ワン?」


 騒がしさに目を覚ましたシロが、不思議そうに周囲を見渡し、俺の胸に頭を擦り付ける。


「まったく。平和なもんだな。な、シロ」


 俺はシロのふかふかの毛の中に手を沈め、心地よくなった。暴食のベルゼブブとの決戦がいつ来るか。

 奴がどれほど空腹を抱えていようと、この酒場の温もり一滴さえ、奪わせるつもりはない。


「次はどんな手でくるか知らないが。シロと俺のコンビにかかれば、どんな絶望も美味しく調理してやるよ」


 俺は、アリシアが淹れてくれた温かな紅茶を口にした。美味しい紅茶だな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。