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第67話 未熟な勇者と
領地の温泉で英気を養った翌日、俺は王都の冒険者ギルドへと足を運んでいた。目的は、ギルドマスターであるカサンドラからの呼び出しだ。俺は忙しいが王都から呼ばれたので仕方なく来た。まあ、王都もいつ七人の大罪が来るかわからないし、情報も欲しいのもあったから来たのだった。
「それで、話っていうのはなんだ? カサンドラ。俺は今、領地の開拓で忙しいんだが」
俺がカウンターに肘をつくと、カサンドラは困ったような、それでいて何かを企んでいるような笑みを浮かべた。なんだこの笑みは。
「そう邪険にしないでよ、リアム。貴方にしか頼めない、大事な育成案件があるの」
「育成? 嫌な予感がするな。シロの散歩代行なら断るぞ」
「違うわよ。カイルのことよ」
カサンドラが指差した先には、ギルドの隅で熱心に剣を磨いている勇者カイルの姿があった。
「カイル? あいつは聖剣も復活したし、マモンの時もそれなりに動けていただろう」
「実力はあるわ。でもね、彼は勇者としての実戦経験が圧倒的に足りないの。特に、自分より弱い者を引き連れて戦う、リーダーとしての経験がね。そこでよ、リアム、貴方がカイルを連れて、初級ダンジョンの教官役をやってくれないかしら?」
「はぁ? なんで俺がそんな面倒なことを。お断りだ」
カイルの面倒見るのは大変だし、今は重要なのかも知らん。シナリオで重要ならわかるが、今はそうでもない。
俺が背を向けて帰ろうとすると、カサンドラが耳元で言ってくる。
「この依頼を受けてくれたら、次の定期報告で、陛下に貴方の領地の免税期間延長を申してあげるわ。どう?」
「うっ。分かった。受ければいいんだろ、受ければ」
俺は舌打ちをしながら、シロの頭を撫でた。シロもどこかやれやれといった様子で、短い尻尾を振っている。領地の税金はバカにならないからな。カサンドラめ、俺の弱みにつけ込んできやがるな。
翌朝、俺たちは王都近郊の緑影の迷宮の入り口にいた。メンバーは俺、シロ、そして影から護衛するセレーナ。そして。
「みんなー! 今日は僕が君たちの盾になるからね! 安心して付いてきてよ!」
「「「「おー!! 勇者様、かっこいい!!」」」」
鼻息を荒くするカイルと、彼をキラキラした目で見つめる二十人の初級冒険者たちだ。
「リアム様、本当にあれの面倒を見るのですか? 影から見ていても、足元がフラフラしておりますが」
セレーナが俺の影から、呆れたような声で話しかけてくる。彼女も俺と同じ意見みたいだ。
「仕方ない。ギルドマスターのカサンドラとの契約だ。カイル、あまり調子に乗るなよ。ここは初級ダンジョンだが、油断すれば死ぬぞ」
「大丈夫だよ、リアム! 君はシロちゃんと一緒に、後ろでのんびり見ていてよ。さあ、みんな、行くぞ!」
原作の知識では、この時期のカイルは勇者補正でなんとなく勝ててしまうせいで、自分の真の実力を勘違いしやすい時期なんだ。ここで痛い目を見せておかないと、ベルゼブブ戦で真っ先に喰われることになる。それをこいつはわかっていない。
「ワンッ!」
シロもどこか心配そうに、カイルの背中を見つめていた。
ダンジョンに入って数十分。事件はすぐに起きた。
「あ、あれは毒針蜂ポイズン・ビーの群れだ! みんな、僕の後ろに、隠れ、わわっ!?」
カイルが格好良く前に出ようとした瞬間、木の根に足を引っかけ、派手に転んだ。そこへ容しゃなく蜂たちが襲いかかる。さっそくこのザマか。
「勇者様。避けてください!」
「うわぁぁ! 痛い! 刺された! 誰か助けて!」
情けない。これが世界を救う勇者か。俺は溜息をつき、指を鳴らした。カランドラとの約束は指導をすること。カイルに死なれては俺が失態となるので、死なせるわけにはいかない。助けてやるか。
「セレーナ、影でカイルを支えてくれ。死なせるなよ。俺は蜂を散らす」
「了解です、主。やれやれ、手のかかる勇者様ですね」
セレーナが影の糸を伸ばし、カイルの体を強引に引き寄せて毒針を回避させる。同時に、俺は微弱な魔力を放ち、蜂の群れだけを驚かせて追い払った。もちろんこの程度の魔物など瞬殺もできるが、そこはあえて殺さずにおく。カイルが冒険者の教官として立たせるために。
「ふぅ、危なかった。みんな、見たかい? 今のは僕の神回避だよ! 蜂の動きを読み切っていたんだ!」
「「「「おおー! さすが勇者様!!」」」」
こいつ、今の状況が見えてないのか? セレーナが糸で引っ張ったから助かっただけだろうが。
「リアム様、わたくし、あの方の同じ学園にいたものとして、ポジティブさだけは尊敬いたしますわ」
いつの間にか付いてきていたアリシア。こっそり同行していたらしいが、物陰から顔を出して呆れている。そりゃそうだろうな。本来ならカイルのヒロイン役なんだが。
迷宮の最奥まで到達した。何とかセレーナの支援もあったから来れたようなもの。20人の初級冒険者たちも無事である。ボスの大樹の番人トレント・ガーディアンが姿を現した。
「よし! 最後の仕上げだ! 僕の聖剣の錆にしてやる!」
カイルが聖剣を抜いて突撃する。ボスの硬い皮膚に剣が弾かれ、逆に反撃の枝に打たれて空を飛んだ。
「ぐふっ! ま、まだだよ! これは戦略的撤退だ!」
「あああ、カイル、もう見てられん。セレーナ、頼むから、あいつの剣に影の重圧を乗せてあげてくれ。一撃の威力を百倍にする。俺はボスの防御膜を削るから」
「御意。本当に、甘いお方ですね、主は」
俺は管理者の権能で、ボスの周囲にある魔力障壁を一瞬だけ無にした。そこへ、セレーナの影を付与したカイルの剣が振り下ろされる。攻撃力は大幅に上がった。
ドガァァァァァンッ!!
「え? 倒しちゃった?」
カイルが呆然と立ち尽くす。ボスの巨体は粉々に砕け散っていた。
「「「「うわあああ! 勇者様、一撃でボスを!! 伝説だ、伝説の再来だ!!」」」」
冒険者たちが狂喜乱舞し、カイルを担ぎ上げた。まるで英雄を見るような目で見ている。カイルはそれを俺の才能だという顔で立っている。
ダンジョンを出て、王都のギルドへ戻る道中。カイルはこれ以上ないほど得意げな顔で俺に並んで歩いていた。
「ねえ、リアム! 見てた。あの最後の一撃! 聖剣が僕の気合に応えて、ものすごいパワーが出たんだよ!」
「ああ、見てたぞ。すごかったな」
棒読みで。
「やっぱり僕、才能あるのかな。シロちゃんのお世話で足腰が鍛えられたのが効いたのかもしれないね! リアムも、もっと修行したほうがいいよ。僕が後ろから守ってあげるからさ!」
「クゥーン」
シロが呆れて、大きな溜息を漏らした。こんなシロのため息は初めてだな。隣を歩くセレーナも、今にも短刀を抜きそうなのを俺が目で制した。
「そうか。それは頼もしいな。カイル、あの最後の一撃、自分の力だけで出したと思っているなら、次は死ぬぞ」
「えー、リアムは相変わらず厳しいなぁ。嫉妬しなくてもいいのに。あ、みんな! ギルドで僕が食事をご馳走するよ! 勇者と初級冒険者達との初陣祝いだ!」
「「「「勇者様、最高ーー!!」」」」
カイルたちは騒ぎながらギルドの中へと消えていった。これが原作の主人公なのだと思うと情けないというか、もう少し頑張ってくれと言いたくもなる。ゲームのファンで夢中でプレイしていたのだからな。
カサンドラがカウンターの影から、俺たちに近づいてきた。
「お疲れ様、リアム。大変だったみたいね」
「大変なんてもんじゃないぞ。カサンドラ、あいつに本当のことを言わなくていいのか。あのままじゃベルゼブブに一瞬で喰われるぞ」
「いいのよ。今の彼には、あの自信が必要なの。根拠のない自信が、いつか本物の力に変わることもあるわ。それに、貴方という最強の後方支援がいる限り、彼は死なないでしょう」
カサンドラがウィンクを飛ばす。俺は盛大に溜息をつき、シロのふかふかの背中にもたれかかった。
「リアム様、お疲れ様でしたわ。わたくし、後で美味しいお茶を淹れますわね」
アリシアが優しく俺の手を握る。助かる、紅茶を飲みたい気分だ。
「主。あのような未熟者に調子に乗られるのは、心外ですが。主の優しさが、あの勇者の命を繋いでいるのは事実です。私は、そんな主を誇りに思います」
セレーナも、影の中からそっと俺の肩に手を置いた。
「俺はただ、領地の免税期間が欲しかっただけだ」
俺は強がりを言いながら、ギルドの中から聞こえるカイルの馬鹿げた自慢話に耳を傾けた。
原作のカイルは、もっと孤独に、もっと血を流して強くなった。こんな風に仲間に守られて、笑いながら強くなる道があってもいいのかもしれない。原作中ではリアムは死んだ後の世界であったが、リアムの俺は生き残っているシナリオである。カイルにも影響していて、キャラ設定が変になっているのだろう。
俺はシロの耳を優しく撫でた。
「シロ、あいつが本物の勇者になるまで、もう少しだけ付き合ってやるか」
「ワンッ!」
シロの明るい鳴き声が、王都に響き渡った。暴食のベルゼブブとの決戦まで、未熟な勇者と、過保護な悪役っていうのもありか。




