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第66話 地下農園の秘宝と温泉



 バルカス子爵の横槍を内政チートで退けた俺たちは、領地のさらなる発展のため、伝説の聖なる種が眠るとされる古代の地下大農園へと足を踏み入れていた。

 そこは、数百年前にベルゼブブの先代が襲来した際に、当時の人々が避難し、やがて放棄されたとされる失われた聖域だ。領地開拓するのにふさわしいだろう。ほぼほぼ不可能な案件であるが、俺の規格外な力なら可能にできると思う。


「暗いですわね、リアム様。でも、空気は不思議と停滞せずに流れていますね」


 アリシアが俺の服の裾を掴みながら、闇魔法の小さな灯火を浮かべる。シロの白い毛並みが、その淡い光に照らされて美しく輝いていた。聖なる種の正確な位置を知る必要がある。


「ああ、地下深くに眠る巨大な魔石が、空気を浄化し続けているんだろう。シロ、鼻は効くか? 聖なる種の匂いは分かるか?」


「クゥーン、ワンッ!」


「わかったようですよ」


 シロは自信満々に鼻を鳴らし、迷いのない足取りで奥へと進んでいく。

 しばらく進むと、視界が開けた。そこには、地下とは思えないほど広大な農園の跡地が広がっていた。天井に埋め込まれた発光石が星空のように輝き、枯れ果てた巨大に伸びた植物が幾重にも絡み合っている。


「見てください、主。あの長い植物の奥に、何か巨大なものが眠っています」


 セレーナが短刀を抜き、影の中に身を隠しながら警告を発した。

 原作の知識によれば、この地下農園の最奥には、ベルゼブブに食い荒らされた結果、狂暴化した植物型魔物である、ハングリー・アルラウネが守護者として君臨しているというシナリオがあったはずだ。奴を倒し、その核にある種を手に入れるのが今回の目的だ


「ガガガ、アァァ、お腹が、空いた」


 地響きとともに、巨大なつぼみが開き、緑色の触手を持った植物の魔物が姿を現した。やはり原作と同じく登場したか。しかもハングリー・アルラウネは手ごわい魔物として悪名があった。簡単には倒せないだろう。


「リアム様、あれが守護者ですの!? なんだか、とってもお腹を空かせているみたいですわ」


「暴食の大罪の影響を強く受けているな。安心しろ。俺たちがここへ来たのは、倒すためだけじゃない。解放してやるためだ」


 俺はシロの背に飛び乗り、一気に加速した。


「シロ、風の刃で触手を払え! アリシア、セレーナ、援護しろ!」


「承知いたしましたわ! 夜のとばり、魔物の目を迷わせなさい!」


「影の鎖、起動。ハングリー・アルラウネの動きを止めます」


 シロの放つ風の刃が、襲いかかる触手を次々と切り裂いていく。セレーナの影の鎖が魔物の根元を縛り上げ、アリシアの闇がその視界を奪う。三位一体の攻撃になった。


「ガ、アア、冷たい、何も、見えない!」


「マモンに奪われ、ベルゼブブに喰われ、お前も辛かっただろうな。だが、もういい。俺の魔力を、存分に吸い込め」


 俺はあえて魔物の本体へと近づき、その表面に触れた。

 管理者の権能:生命循環。俺の膨大な魔力が、枯れ果てていた植物の細胞を瞬時に再構築し、飢餓感を満たしていくような効果を与えた。倒すのでなく与えるのだ。


「ああああ、あたたかい、光が」


 魔物のどす黒い色が消え、鮮やかなエメラルドグリーンへと変わっていく。やがて中心から一粒の、黄金に輝く種が零れ落ちた。


「成仏しろよ、守護者。役目は、俺が引き継ぐからな」


 魔物は満足げに光の粒子となって消えていき、地下農園には静けさが戻った。


「種になりましたが?」


「倒しただけではない、種に変えたのさ」


「リアム様、戦うだけでなく、救ってしまわれるなんて。本当に、お優しい方ですわ」


 アリシアが目を潤ませて、俺の手を取った。


「ふん、救うか。さあ、目的のものは手に入った。シロ、お疲れ様。帰るぞ」


「ワンッ!」


 勝利の後の、ご褒美タイムになった。領地へ戻った俺たちを待っていたのは、留守を預かっていた王女たちの熱烈な歓迎だった。


「リアム様、お帰りなさいませ。素晴らしいお宝を手に入れたと聞きましたわ!」


 エレナがぴょんぴょん跳ねながら駆け寄ってくる。


「ああ、この聖なる種があれば、領地の収穫量はさらに倍増するはずだ」


「それは素晴らしいですわ。ですがリアム様、少しお疲れのようですね。フィオナ様、例の準備はよろしいかしら?」


 クラリスが、いたずらっぽくフィオナに目配せをした。


「ええ。リアム様がいない間に、村人たちと協力して、領地内に湧き出た温泉を整備しておきましたの。今夜は、みんなでねぎらいの時間を過ごしましょう」


「温泉か。それはありがたいな」


 湯煙の楽園ってとこか。整備された温泉は、シロの風が吹き抜ける高台にあり、夜空を埋め尽くす星々を眺めることができた。

 さて、俺は一人でのんびり入るかなと思っていたのだが、そうはいかなかった。


「リアム様! 一人で入るなんて水臭いですわ! わたくしたちも、一緒に入りますわよ!」


「は!? アリシア、何を言っているんだ。混浴なんて」


「あら、リアム様。この領地では、リアム様が法律なのでしょう? 私たちは、領主様をお支えする仲間ですわ。ねえ、皆さん?」


 フィオナが微笑みつつ入ってくる。


「主。背中、流します」


 セレーナはすでに準備万端といった様子で、湯船の端に座っている。


「私も、リアム様にマッサージをして差し上げたいです」


 エレナも元気いっぱいだ。結局、俺は五人の女たちと、一匹の神獣、シロは湯船の淵っこで気持ちよさそうに丸まっている、に囲まれて、温泉に浸かることになった。


「ふぅ。まあ、たまにはこういうのも悪くないか」


「リアム様、お湯加減はいかがですか? 聖国の秘伝のハーブを少し混ぜてみたのです」


 クラリスが、しっとりとした肌を露わにしながら、俺の隣に座る。


「ああ、最高だよ。クラリスにはいつも精神的に助けられているな。マモンの時も、今回も」


「そんな。私は、リアム様が作ってくださるこの優しい世界が、大好きなんです。だから、少しでもお力になりたくて」


「リアム様! わたくしのことも、ちゃんと見てくださいまし! ほら、このお湯で肌がツルツルになりましたわ!」


 アリシアが、ぷりぷりと怒りながら俺の腕を掴む。


「分かった、分かったよ、アリシア。アリシアは出会った時からずっと俺の光だよ。アリシアがいなきゃ、俺は今頃、本当の悪役になっていたかもしれないからな」


「リアム様。えへへ、それなら、もっとずっと、そばに置いてくださいね」


「主。次は、あっちの未開拓地域に、薬草園を作る計画があります。わ、私も、もっと力になりたい」


 セレーナが、俺の肩を優しく揉みながら、耳元でささやく。


「セレーナの隠密能力にはいつも驚かされるが、こうして温かい手に触れると、一人の女の子なんだなって実感するよ」


「お、お、女の子、ですか。主だけの、影でいたいです」


「リアム様ーーー! フィオナ様とお歌を歌ってもよろしいですか!?」


 エレナが楽しそうにフィオナの膝の上に乗っている。


「いいですよ、エレナ。リアム様の勝利を祝う、帝国の凱旋歌を歌いましょうか」


 賑やかな歌声と、お湯が跳ねる音。シロののんびりリラックスした顔。

 原作のカイルなら、俺は今頃、冷たい廃墟か、あるいは戦場の泥の中にいたはずだ。それが、どうしてか、この様なシナリオになったか。

 俺は湯気に包まれながら、空に浮かぶ大きな月を見上げた。アリシアやセレーナ、そして他の王女たち。

 彼女たちは、俺が原作知識を持っていることなんて知らない。俺が管理者という、この世界の理の外側にいる存在だということも。でも、それでいいんだと思った。

 彼女たちが俺をリアムとして信じ、愛してくれている。その事実だけで、俺は世界中のどんな最強の魔法よりも、強い力を手に入れられている気がした。


「シロも、いい湯か?」


「クゥ~ン」


 シロは湯船の蒸気で少し毛がしなっとしているが、とても幸せそうな顔をしている。多分魔力を相当に使い疲れているのだろうな。シロの魔力には助かっているので、ゆっくりしたらいい。


「さあ、みんな。明日は手に入れた聖なる種を植えるぞ。この領地を、世界で一番豊かな場所にしよう。ベルゼブブが何を持ってこようと、俺たちが育てたこの絆は、一欠片も喰わせやしない」


「「「はい、リアム様!!」」」


 王女たちの明るい声が、夜の温泉に響き渡った。戦いの合間に訪れた、至福の時間となった。

 俺は、この優しい景色を守るためなら、何度でも運命のシナリオを書き換えてやると、心に誓った。本来なら最初で死んでいるシナリオをここまでは書き換えて生き延びた。それはアリシア、セレーナの存在も大きい。俺だけの力では無理だったからな。

 ここからも俺は原作通りに死ななくてはならない存在なら、シナリオは最悪の俺の死亡フラグのシナリオになっている。

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