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第65話 汚職貴族と、内政チートの風
要塞都市シロ・フォートレスと名付けられたクレイ村は、今や死に体を脱し、活気に満ちた街になったのは俺としてもありがたい。俺の規格外の魔力によって浄化された大地からは、見たこともないほど、すくすくと作物が芽吹き、シロの起こす清浄な風が村全体を包み込んでいる。
しかし、豊かさは往々にして、招かれざる客を呼び寄せると言うが、どうやら要塞にも客が来たようだ。
「誰か来たかな?」
「リアム様、村の入り口に、隣の領地の貴族を名乗る一団がやってきておりますわ。なんだか、とっても偉そうな顔をしていますが」
アリシアが不機嫌そうに、俺の書務室、といっても村長宅の離れであるが報告に来た。
「隣の領地? 確か、バルカス子爵の領地だったな。シロ、行くぞ。何をしに来たのか拝んでやろう」
「ワンッ!」
シロは俺の膝から飛び降り、頼もしく尻尾を振った。貴族がわざわざ来ると言うのは、理由があるからだ。それも都合の悪い理由が多いとされる。何用かな。
村の入り口、シロが作った風の壁の直前で、豪華な馬車と十数人の兵士たちが立ち往生していた。馬車から降りてきたのは、贅肉を揺らし、指にいくつもの宝石をつけた男だった。
「どちら様ですか?」
「おい! この無礼な風を止めろ! 私は隣領地の正当な統治者、バルカスであるぞ!」
「バルカス子爵でしたか」
俺はシロの背に乗り、ゆっくりと彼らの前に進み出た。
「話があるから来た」
「やかましいな、子爵。俺の領地で騒ぐなら、それ相応の覚悟があるんだろうな?」
「ふん、リアム・ド・グラナード公爵か。マモンを倒したと聞いて調子に乗っているようだが、貴士の礼儀を知らんのか。それより、本題だ。このクレイ村の西半分は、百年前の地図によれば我がバルカス家の所領である。それを言いに来た」
子爵が汚れた羊皮紙を広げて突きつけてくる。
「何だと?」
「見てみろ、この境界線を。この豊かな農地も、新しく湧いた水脈も、すべて我が領地のものだ。今までの分を含めて全て徴税し、この土地の管理権を明け渡してもらおうか。これは王国の法律に則った正当な主張である」
出たな。原作の内政編のテンプレイベントかなにかか。原作主人公カイルなら、ここで激しく怒って、子爵を力でねじ伏せ、結果として王国の法を軽視する暴君というレッテルを貼られる。中央から孤立する羽目になるシナリオがあったかな。今は主人公カイルではなくリアムだ。違うシナリオだし、ねじ曲げでやるか。
「リアム様、そんなの無茶苦茶ですわ。ここはリアム様が、あんなに苦労して開拓なさった場所ですのに!」
アリシアが顔を真っ赤にして怒る。セレーナも影の中から冷たい殺気を漏らしていた。
「主、許可をください。今すぐ、あの子爵の舌を引き抜いてまいります」
「待て、セレーナ。力で解決するのは、悪役としても三流だ。子爵、法律と地図か。面白い。アリシアはちょっとこれを持っていてくれ」
俺はアリシアにシロの手綱を預け、一歩前に出た。法の重みとやらを利用するか。カイルにもできない程の俺は規格外のチート魔力がある。不可能を可能にする。
「子爵は王国の法律を盾にするんだな?」
「当然だ。法を無視する者は、貴族の資格なし。王都の法務局にも、すでに写しを送ってある。言い逃れはできんぞ!」
子爵が勝ち誇ったように笑う。俺はふっと口角を上げた。
「なるほど。なら、その法律を少し整理させてもらおう。管理者の権能:事象改編」
俺が指をパチンと鳴らすと、周囲の空気が一瞬だけ静止したように歪んだ。
俺の持っている力を知らないようなら、見せてやろうっていうことだ。
「え? リアム様、今何をなさったの?」
「何でもない。さあ、子爵の持っているその羊皮紙を、もう一度よく読んでみろ」
子爵が不審げに地図を見下ろした。その瞬間、彼の顔が土色に変わった。
「な、なん、だと!? 境界線が、き、き、き、消えて、いや、バルカス家の領地そのものが、グラナード公爵領の保護区に変更されている!? なんだこれは、そんな馬鹿な!」
「おっと、読み間違えたか? 俺の目には、こう書いてあるように見えるが。バルカス領の全ての利権は、民の生活向上のため、リアム・ド・グラナードへ無償譲渡される。なお、子爵本人は以後、開拓地の肥料運搬係を命ずるとな」
「ば、馬鹿な! 法が勝手に書き換わるはずがない! 貴様、魔術で私を幻惑しているな!?」
「魔術じゃない。法の真実がようやく表に出てきただけだ。カサンドラ、そこにいるんだろう?」
俺が声をかけると、近くの木陰からギルドマスターのカサンドラが、呆れたように苦笑しながら現れた。
「相変わらず、無茶苦茶やるわね、リアム。子爵、残念だったわね。王都の法務局から、たった今、特級緊急通達が届いたわよ。貴方の領地での不正徴税と書類偽造が発覚して、爵位剥奪と財産没収が決定したって」
「な、な、あああああああああああああああ!!」
子爵は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「我々はギルド職員です。国王様の命令で、お前らを拘束する。王都へ連行する」
「待ってくれ、待ってくれ〜〜〜」
子爵とその兵士たちが、ギルドの職員によって連行されていくのを見送り、俺は大きく伸びをした。
「ふぅ。これで邪魔者はいなくなったな」
「リアム様! どうやってあんなことをなさったのですの!? 地図が書き換わるなんて、まるでおとぎ話のようですわ!」
アリシアが目を輝かせて詰め寄ってくる。セレーナも、不思議そうに俺を見つめていた。
「主、魔術による幻惑ではありませんでした。あの子爵が持っていた書類、本物の王国の公印が押された公文書に変わっていました」
「ああ。あれか。実は、マモンの塔で手に入れた古代の契約書を応用したんだ。マモンは法の裏をかく略奪をしていたが、俺はその逆、法の本来の意図を抽出して、現実を最適化しただけだよ」
本当は、管理者の権能で世界のデータベースに直接干渉して、バルカスに関する記述をほんの少し修正しただけなんだが。それを言ったら、彼女たちは俺を神か何かだと勘違いしてしまう。それは俺の望む平穏じゃない。
「古代の、契約書。やはりリアム様は、私たちが知らない知識をたくさん持っていらっしゃるのですのね」
アリシアが納得したように頷く。
「主。貴方は、力だけでなく、知恵で人を守る方です。ですが、あまり無理をしないでください。世界の理を動かすのは、体に負担がかかるのではありませんか?」
セレーナが心配そうに、俺の手に触れた。彼女の指先は少し震えていた。
「案ずるな。シロがそばにいてくれれば、魔力の反動なんて怖くない。な、シロ?」
「ワンッ!」
シロが俺の顔を舐め、癒やしの魔力を分けてくれる。その温かさに、俺の心も解きほぐされていくようだった。
「さて、子爵の領地もこちらに統合されたことだ。アリシア、セレーナ。あっちの土地には、もっと大規模な牧場を作ろうと思う。シロも、広い場所で走り回れたほうがいいだろう?」
「牧場! 素敵ですわ! シロちゃんのミルクを使ったチーズやバター、村のみんなにも食べさせてあげたいですわ!」
「主。新しい領地の防衛網、私が再設計します。二度と、あのような汚らわしい者が立ち入れないように」
二人のやる気に満ちた声を聞きながら、俺は村の広場へと戻った。
村人たちは、子爵が去ったことを聞き、また一つ大きな安心を手に入れたようだ。
「リアム様、本当にありがとうございます。私たち、もう二度と税に怯えて暮らさなくていいのですね」
「これからは自分のために働くといい。あ、そうだ。村長。例の魔導トラクターの試作機が届いたはずだ。シロに動力を手伝ってもらって、さっさと畑を広げるぞ」
「ワンワンッ!!」
原作ではカイルと子爵による、血なまぐさい領地紛争の始まりのシナリオがあった。俺のこの世界では、それは新しいチーズの特産品と、シロの新しい遊び場の始まりのシナリオに変わった。これでいい。これが俺のやり方だ。
俺は、シロのふかふかの首元に顔を埋めた。ベルゼブブという脅威は、依然として迫っている。
こうして領地を確固たるものにし、人々の心に奪われない豊かさを植え付けることが、最大の防御になるはずだ。
「リアム様、シロちゃんとばかり遊んでいないで、わたくしの話も聞いてくださいまし。今夜のチーズフォンデュの準備、手伝ってくださいますわね!?」
「分かった、分かったよ、アリシア。シロ、今夜は宴だぞ。たくさん食えよな」
「クゥーン!」
澄んだ夕焼けが、新しく広がった領地を照らした。悪役貴族としての汚名は、魔力とスキルによって英雄の誇りへと書き換わっていた。
俺たちの開拓劇は、これからさらに発展させよう。




