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第63話 砦と、暴食の予兆
クレイ村の土壌改良を終えた翌朝。領地の空気は、昨日までの澱んだ灰色の乾燥したものではなく、水分を含んだ大地の生き返ったような匂いに変わっていた。俺は知っている。この豊かな土壌、そして湧き出した清らかな水こそが、次なる敵を呼び寄せる餌になることを。
「リアム様、おはようございます! 今日もシロちゃんは真っ白でふわふわですわね!」
アリシアが元気よく俺の部屋といっても、村で一番大きな家を借りただけの簡素なものだが、に飛び込んできた。その後ろには、すでに執務服に着替えたセレーナと、地図を抱えたフィオナも続いている。
「ああ、おはよう。シロ、昨夜はよく眠れたか?」
「ワンッ!」
シロは俺の膝に大きな頭を乗せて甘えてくる。その翼は今は小さく畳まれているが、いつでも飛び立てる準備はできているようだ。
たぶん敵の不穏な魔力を体で感じているのだな。
「リアム様、村人たちがすでに畑に出ておりますわ。みんな、あの黒い土を見て、まるで宝物を見つけた子供のように笑っていますの。でも、リアム様のお顔は、あまり晴れやかではありませんわね?」
アリシアが心配そうに首を傾げる。俺は立ち上がり、窓の外でクワを振るう村人たちの姿を見つめた。
「マモンを倒したことで、この地の魔力バランスが変わった。豊かになればなるほど、それを食らいに来る暴食の影が濃くなる。ベルゼブブの眷属は、最も命のエネルギーが輝いている場所を最初に狙うんだ」
「暴食のベルゼブブ。もし来るなら宿敵ですわね。ならば、ここをただの農村にするわけにはいきませんわ」
フィオナが地図をテーブルに広げた。
「リアム様、ここを要塞化するつもりでしょう? 帝国の築城術、私がお貸ししますわ」
要塞都市の設計図、俺たちは村の地図を囲み、具体的な防衛案を練り始めた。
「まず、村を囲む外壁が必要だな。石壁じゃベルゼブブの眷属には通用しない。奴らは物質をそしゃくして分解する能力を持っているからな」
「そしゃく? 嫌な能力ですわね。石を食べてしまうなんて」
エレナが顔をしかめる。俺はペンを取り、地図に円を描いた。原作ではまさに嫌な能力として有名だったから、エレナがそう言うのはわかる。
「七人の大罪ベルゼブブだと断定していいのかな」
「俺の独断だが、ベルゼブブの可能性が大きいだろう」
「まだ五人大罪はいます。ベルゼブブは危険と聞いています」
「そこでシロの出番だ。シロの風で、村の外周に断絶の真空層を常に循環させることはできるか?」
「クゥ、ワン!」
「物理的な壁の前に、触れるものすべてを切り刻む風の壁を作る。そこにアリシアの闇を混ぜてくれ。侵入者の視界と魔力を奪う常闇の防風林を作る」
「お任せくださいまし! リアム様のためなら、世界で一番深い闇を編んで差し上げますわ!」
「セレーナは地下水路と影の道を繋げ。ベルゼブブの眷属は地下からも潜って攻撃してくる。地下の異変を即座に感知し、迎撃するトラップが必要だ」
「了解しました。影の蜘蛛の巣を張り巡らせます。一匹の羽虫が通っても、私の短刀が届くように」
「クラリスは村の中心にある大樹に浄化の結界を。ここを、万が一の時の避難所にする」
「はい、リアム様。神の加護が、この地から絶えることのないよう祈り、編み上げます」
皆がそれぞれの役割を再確認し、瞳に強い決意を宿した。俺は最後に、シロの頭を強く撫でた。
「よし。俺は俺の魔力で、この村全体の基盤をオリハルコン級の硬度に変換する。今日からここを、クレイ村ではなく、要塞都市シロ・フォートレスと呼ぶことにしよう」
「要塞都市シロ・フォートレス! 素敵ですわ!」
名前を聞いて、シロが嬉しそうに翼を羽ばたかせた。俺の言葉を完全に理解しているような喜びようだな。
設計が決まれば、あとは実行あるのみだ。俺の規格外の魔力を注ぎ込めば、数ヶ月かかる工事も一日で終わる予定。
「シロ、まずは基盤を固めるぞ。重力圧縮!」
まずは、地面の基礎工事からだ。
俺が地面に手のひらをつくと、村の周囲の土壌が凄まじい圧力で押し固められ、ダイヤモンドに匹敵する硬度へと変化していく。
地響きがどどろき、村人たちが驚いて家から飛び出してきた。驚かしちゃったかな。
「村長! 心配するな、これは地盤を固めているだけだ。これで地震が起きても、怪物が潜ってきても、ビクともしないぞ」
「は、はぁ。公爵様のやることは、相変わらず神業でございますな」
村長があっけにとられる中、今度はアリシアが空に向かって手を掲げた。アリシアの力をみせる番だ。
「闇よ、主を囲む盾となれ! 双極・影の防壁ツイン・シャドウ・ウォール!」
村を囲むように、真っ黒な霧が立ち上がる。そこにシロが飛び込み、猛烈な旋回を始めた。
「ガゥゥゥ、ワンッ!!」
シロの風が闇の霧を巻き込み、巨大な黒い竜巻の壁が村の周囲に形成された。それは遠くから見れば、村全体が巨大な黒いまゆに包まれたかのような光景だ。巨大な闇の防御シールドになる。
「すごい。これなら、どんな魔物の大群が来ても、村の中に入る前に細切れになりますわ」
フィオナが感心したように感想を言った。俺はまだ満足していなかった。これでは要塞都市としては不完全だろう。仕上げに取り掛かるか。
「仕上げだ。シロ、村の中心の大樹へ行くぞ」
村の広場にある、枯れかけていた巨大な、クスノキ。俺はそこに、王から貰った空の涙を埋め込み、俺の魔力を流し込んだ。空の涙は原作にも登場したアイテム。クスノキに栄養を与えよう。
「生命の息吹。目覚めろ、守護の巨樹よ」
宝石が青く輝き、魔力が木全体に行き渡る。一瞬にして葉が芽吹き、クスノキは天を突くような巨木へと成長した。枝葉は村全体を覆う傘のように広がり、そこから清らかな光の粒子が降り注ぐ。成功したな。
「綺麗」
クラリスがその光に触れ、優しく微笑む。村人たちも、その神々しい光景に、自然と手を合わせ始めた。巨木は自分でも驚くほどに成長した。
「よし、これで基礎工事は完了だ。ふぅ。流石に少し魔力を使ったな」
俺がふらりとよろけると、シロがすぐに背中を貸してくれた。
「シロ、ありがとう、おかげで、最高の要塞ができたよ」
「クゥーン」
シロは俺の顔を優しく舐め、いたわってくれる。その毛並みは、どんな激しい工事の後でも、相変わらず清潔で柔らかい。うん、気持ちいい。
「リアム様、お疲れ様でしたわ! 今夜は村の人たちが、開拓のお祝いに大鍋料理を作ってくれるそうですの。シロちゃんの分も特大のを用意させていますわ!」
アリシアが駆け寄り、俺の腕を取る。
「今夜はゆっくり休もう。明日からは、ベルゼブブの偵察隊が来るはずだ。今の俺たちなら、一歩も通さずに済むだろう」
「要塞都市シロ・フォートレスの完成を祝いましょう」
夜の宴と、語り合う絆
その夜、シロ・フォートレスの中央広場では、盛大な宴が開かれた。
要塞化されたことで安心感を得た村人たちは、昨晩よりもさらに明るい表情で歌い、踊っている。
「リアム様。見てください、あの子供たちを。マモンの時は、あんなに怯えていたのに」
セレーナが、影の中から飲み物を持って現れた。彼女も少しだけ、表情が柔らかくなっている。
「守る価値があるものを作れた。俺はまだ、自分が正しいことをしているのか、確信が持てない時がある」
「どうしてですか? 貴方は、この土地を救った英雄です」
「この平和も、俺の独りよがりになるんじゃないかってな」
俺の弱気な言葉に、セレーナは首を振った。
「主。今、私がこうして貴方の隣にいて、この温かいスープを飲んでいる事実は変わりません。シロが貴方を愛し、私たちが貴方を信じている」
「セレーナ」
「クゥ、ワン!」
シロが会話に入り込むように、俺とセレーナの間に顔を突っ込んできた。
「ははは。そうだな。シロがいる限り、俺は迷わないよ。どんな未来が来ようと、俺たちがこの足で歩む道が、正解なんだ」
「そうですわよ、リアム様! 何か難しいことを考えていらっしゃいましたの?」
アリシアが、両手に大きな串焼きを持って現れた。
「ほら、これ! シロちゃんの分と、リアム様の分ですわ! 早く食べないと、エレナが狙っていますわよ!」
「お姉様! 私を食いしん坊みたいに言わないでくださいまし! あ、でもそのお肉、とっても美味しそうですわ」
賑やかな王女たち。シロは満腹している顔。そして、村人たちの感謝の歌。死の土地だったこの場所は、今や世界で最も温かな要塞へと生まれ変わった。
ベルゼブブがどれだけ飢えていようと、この幸せだけは、一口も食わせてやらないぞ。
俺はシロのふかふかの背中にもたれかかり、夜空を見上げた。
本当の戦いはこれからだ。今の俺には、守るべき家族のような仲間と、共に戦う相棒がいる。
要塞化したクレイ村、シロ・フォートレスを拠点に、俺たちは暴食の災厄を迎え撃つ準備を整えた。
「さあ、シロ。明日からも、よろしくな」
「ワンッ!!」
シロの力強い返事が、夜の領地に響き渡った。




