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第62話 再興と、規格外の開拓
マモン討伐の街の人の騒ぎから数日。王都での凱旋パレードや王城での晩餐会といった英雄としての義務をひとまず終えた俺は、シロと王女たちを連れて、国王からいただいた新しい領地へと向かっていた。
俺も貴族として領地を持てるまでになったわけだ。自分の領地は自分で管理するのは当然である。しかし行ってみると、
「なるほど。陛下もなかなか人が悪い」
目の前に広がる光景を見て、俺は思わず独り言をもらした。西方の旧マモン領。略奪の限りを尽くされたその土地は、一面が赤茶けた岩肌と、乾ききった泥に覆われていた。
木々は枯れ果て、川は干上がり、風が吹くたびに砂の埃が舞う。おいおいって感じだな。
「これは想像以上にひどいですわね。リアム様、本当にここを開拓なさるおつもりですの?」
アリシアがドレスの裾を気にしながら、絶句した様子で問いかけてくる。
「マモンが土地の魔力まで吸い尽くしたせいで、大地が死んでいるんだ。普通の開拓なら、土を入れ替えて数十年は寝かせる必要があるだろうな」
「数十年! それではリアム様がおじいさまになってしまいますわ!」
エレナが悲しそうに声を上げる。だが、俺の隣でシロがクゥンと自信ありげに鼻を鳴らした。
「心配するな。この世界で最も規格外な相棒がいるからな」
荒れ果てた村にて俺たちは、領地の中でも特に被害の大きかったクレイ村にたどり着いた。
そこには、絶望に打ちひしがれた農民たちが、うつろな瞳で座り込んでいた。
「公爵様。こんな死んだ土地に来ていただいても、お出しできる水も食べ物もございません」
一人の村長らしき老人が、力なく首を振る。かなり痩せているのは食料も少ないと思える。
「挨拶は不要だ。村長はそこに座って見ていていい。今からここを、王都以上の豊かな大地に変えてやる」
「はぁ? 公爵様、お言葉ですが、魔法で一時的に緑を作っても、この呪われた土ではすぐに枯れてしまいます」
村人たちの冷ややかな視線。無理もない。彼らはマモンという力にすべてを奪われた被害者だ。魔法というものに対して、根深い不信感を持っている。
「セレーナ。村の境界線に杭を打て。アリシアは結界の補助を。シロ、準備はいいか?」
「ワンッ!」
シロが前足で地面を叩くと、地響きとともに周囲の砂が吹き飛んだ。
さぁ、領地の開拓の開始だ。ほとんど開拓は不可能、または10年はかかると思われるのを、俺は短時間で達成させるのをやる。
俺は村の中央に立ち、自身の魔力を全開にした。管理者の権能を持つ俺の魔力は、この世界の住人とは桁が違う。普通の魔術師がバケツ一杯の水なら、俺の魔力は大海そのものだ。
「まずは、毒を抜く。シロ、上空へ!」
「ガゥゥゥワンッ!!」
シロが天高く舞い上がり、三対の翼を広げる。シロが羽ばたくたびに、真空に近い突風が巻き起こり、大地の深層に溜まっていたマモンの負の残りを強制的に吸い上げていく。
「な、なんですの、あの風!? 空の色が変わっていきますわ!」
エレナが驚いて空を見上げる。どす黒かった雲が裂け、黄金色の夕陽が差し込む。
「次は俺の番だ。地脈共鳴! 眠っている水脈を無理やり叩き起こすぞ」
俺は地面に手を突き、魔力を地下数百メートルまで一直線に叩き込んだ。地上は砂漠に近い荒廃だが、地下なら水はあるはずだ。その地下水脈に俺は魔力を送ったのだ。
ドォォォォォン!! という衝撃波が走り、村のあちこちから水柱が噴き出す。
「み、水だ! 水が出たぞ!」
「馬鹿な、この高台で水が出るはずが!」
村人たちが叫ぶが、開拓はまだ序の口だ。
「シロ! 水を霧に変えろ! アリシア、その霧に浄化の魔力を乗せろ!」
アリシアは俺の言ったことによく理解していないみたいだが、やってくれそうだ。頼む、この作業はアリシアにしかできないからな。
「承知いたしましたわ! 清浄なる闇の静寂!」
「ワンワンッ!」
シロの風が噴水を霧状に散らし、アリシアの魔力がそれを包み込む。村全体に、ひんやりとした、それでいて心地よい雨が降り注ぎ始めた。
「雨だ、雨だ!」
「雨など降っていなかった土地に!」
村人らは雨が土に染み込むのを感動している。あまり雨は降らない村だったらしい。
「さすがリアム様、雨によって土に水分が染み込んでいきます」
「ありがとうアリシアのおかげさ」
とりあえず地下から水は出せたのはいい。ただ土に水分は与えたものの、まだ十分ではない。
ここの大地は荒れていたので、土に栄養がないのだった。
「リアム様、水は出ましたが、まだ土が痩せていますわ。これでは種を蒔いても育ちません」
フィオナが冷静に指摘する。
「ああ。だから、これから一万年分の腐葉土をこの場で生成する。セレーナ、集めてきた枯れ木を中央に積み上げて欲しい」
「了解しました。影の手、起動」
セレーナが数秒で山のような枯れ木を集めてくる。俺はその前に立ち、手をかざした。セレーナはいったい何をするのかという顔ではある。それもそのはずだ、俺の規格外の魔力を使うからな。
「普通、植物が腐敗して栄養になるには長い時間がかかる。分子レベルで分解を加速させれば話は別だ。超振動分解」
俺の魔力が枯れ木を粒子状に粉砕し、瞬時に漆黒の最高級肥料へと変えていく。
それを見たクラリスが、聖女の力で仕上げをした。
「光の加護を。この土に、永遠の生命力を宿らせます」
クラリスの祈りとともに、真っ黒な土が村全体の畑へと広がっていく。
ものの数分で、死の村だったクレイ村は、王都の最高級農園すら超える黒い大地へと変わった。俺の想像以上に大地は変化している。俺の規格外の魔力ならば、領地開拓も一気に進むな。貴族なのだし、領地経営に手を出すのも悪くはないな。
あまりの光景に、腰を抜かしていた村長が震える足で近寄ってきた。
「公爵様。これは、夢、ではありませんか? 私たちが一生かけてもできなかったことが、この短い時間で変わってしまった」
「夢じゃない。これが今日からの村人たちの現実だ。だが、これだけで満足するなよ。この土地に何を植え、どう育てるかは、村人たちの仕事だ。俺は舞台を整えたに過ぎないからな」
俺がそう言うと、一人の少年が俺の服の裾を引っ張った。
「ねえ、お兄ちゃん。あのおっきなワンちゃんは、神様なの?」
「神様じゃない。俺の相棒のシロだ。ほら、撫でてみろ。村人たちを守るために、こいつも頑張ったんだ」
シロが優しく伏せをして、少年に頭を差し出す。少年がおっかなびっくりその真っ白な毛に触れると、パァッと笑顔になった。
「わあ、ふわふわだぁ、あったかいよ!」
「リアム様。貴方の魔力といい、本当に、無茶苦茶な方ですわね」
アリシアが呆れたように、でも誇らしげに俺の隣に並ぶ。
「無茶苦茶なのは元からだ。マモンが奪ったのは形あるものだけじゃない。人々の明日へのやる気もだ。それを取り戻すには、これくらいの改革が必要なんだよ」
「さすがは主。村人たちの瞳に、光が戻りました」
セレーナの言葉通り、村人たちは自分たちの手でくわを持ち、黒い土を耕すのを始めていた。きっとこの村にも農園ができる日が来るといいし、俺が力になれたのは良かった。王から与えられた領地なので、少しでも良くしたい。自分の領地の人が悲しいより、楽しくしている方を俺はしたい。もちろん俺の死亡するシナリオをねじ曲げるのは優先だが、ねじ曲げつつも、領地は良くしていく。
その日の夜、村ではささやかな、しかし熱気のある宴が開かれた。掘り起こされた水路で冷やした水と、俺たちが持ち込んだ食料で、村人たちと王女たちが一緒になって笑い合っている。
「リアム様、あちらの畑には何を植えるのがよろしいかしら? 帝国の特産品である赤い麦なんてどうでしょう」
フィオナが地図を広げながら提案してくる。
「いいな。それと、ここの気候ならハーブも育つ。薬草の輸出をメインにすれば、村の財政もすぐに安定するだろう」
俺たちが開拓のプランを練っていると、シロがふと、西の空を見上げて低く吠える。
「どうした、シロ」
「クゥ、ゥ」
シロの視線の先。星空の向こう側に、一瞬だけ、歪な影がよぎったような気がした。
暴食のベルゼブブ。マモンが溜め込む者だったのに対し、ベルゼブブは食い散らかす者だ。開拓したばかりのこの豊かな土地は、奴にとって最高の御馳走に見えるだろうな。
シロの直感だったと思うが、シロはベルゼブブを感じ取ったのかもな。俺も奴の魔力を感じる。
ここは俺の領地だ。ベルゼブブの地にはさせない。
「リアム様? 急に難しい顔をして、どうなさいましたの?」
アリシアが心配そうに覗き込んでくる。
「いや、なんでもない。アリシア。明日からは、さらに忙しくなるぞ。この村を、世界一安全で豊かな場所に作り変える。略奪者にも、暴食家にも、一粒の麦さえ渡さないようにな」
「ええ! どこまでもお供いたしますわ!」
俺はシロのふかふかの首元を撫でながら、暗闇の先を見据えた。領地開拓は、単なる内政ではない。
これから迫りくる厄災を迎え撃つための、俺たちの陣地構築なのだ。
俺の規格外の魔力。神獣の風、そして王女たちの知恵、それらすべてを注ぎ込み、俺はこの死地を、希望の要塞へと変えてみせる。
俺は最強の領地の要塞を作り、残りの七人の大罪と戦う決意としたい。
こんな開拓を起こすとは予想してなかっただろうベルゼブブ。来るなら来い。
日本のゲームオタクの底力をみせてやろう。原作知識と規格外の魔力とゲーム廃人の俺が相手になってやる。
お前らはまだ知らないだろう、日本のゲームオタクを。




