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第61話 凱旋と、約束のモフモフ
マモンを討伐し、西の廃都に平穏を取り戻した俺たちは、数日かけて王都へと帰還した。
城門をくぐる際、以前のような恐怖の視線はどこにもなかった。門兵たちは背筋を伸ばして敬礼し、街の人々は俺の隣を歩くシロの姿を見つけるなり、歓声とともに道を空ける。
「リアム様、見てください! 皆さん、あんなに笑顔で迎えてくださっていますわ!」
「リアム様〜〜」
「リアムだあああ〜〜」
「アリシア可愛い!」
「セレーナ〜〜」
アリシアが嬉しそうに手を振り返している。
「シロ〜〜〜」
「シロシロ〜〜!」
シロもまた、誇らしげに胸を張り、時にはワンッ!と短く吠えてファンサービスを欠かさない。どこで覚えたのかな。
シロのファンがまた増えた気がするな。
「ふん。目立ちすぎるのは趣味じゃないが、石を投げられるよりはマシだな」
悪名高い悪役貴族だった頃よりは、今の方がいいか。
俺たちはそのまま、国王への報告のため王城へと向かった。王城にて。
えっけんの間には、重臣たちが居並び、玉座には国王が威厳を持って座っていた。俺たちの姿が見えるなり、国王は椅子から身を乗り出した。
「おお、リアム! よくぞ戻った! 強欲のマモンを討伐したという知らせを聞いた時は耳を疑ったが、その堂々たる姿、まさに救国の英雄よ!」
「もったいないお言葉です、陛下。私はただ、己の領分を守ったに過ぎません」
俺が儀礼的な挨拶を返すと、周囲の貴族たちから、どよめきが漏れる。
「謙そんまでなさるか。かつてのおごり高ぶる、ごうまんさは影を潜め、今や真の貴士のかがみではないか」
「あの神獣の輝き。リアム殿こそが、この国の守護神かもしれん」
原作のリアムなら、ここで当然だ! もっと俺を崇めろと叫んで支持率を爆下げしていたはずだが。シナリオを書き換えるのは、案外、気分がいいものだな。
「リアムよ。その功績に対し、褒美を取らせよう。金貨一万枚、および西方の旧マモン領の管理権。そして、この王国の至宝、魔導結晶・空の涙を授ける」
差し出されたのは、超高純度の魔力を秘めた青い宝石だった。これがあれば、シロの魔力伝導はさらに安定するだろう。
「ありがたく頂戴いたします」
「わっ、リアム様! これでシロちゃんの新しい首飾りを作れますわね!」
アリシアが横で小声で、はしゃいでいる。国王はそれを見て、満足げに深く頷いた。
西方の旧マモン領の管理権が俺の領地になった。時間があれば領地の開拓してもいいだろう。
冒険者ギルドのマスター、カサンドラにも報告しよう。城を出た俺たちは、そのまま冒険者ギルドへと向かった。
扉を開けた瞬間、騒がしかったギルド内が、水を打ったように静まり返る。
「本物だ。マモンを一人で、いや、あのメンバーだけで落としたのか?」
「強欲の騎士を鎧ごと剥ぎ取ったっていう噂、本当だったんだな」
冒険者たちの尊敬の視線の中、カウンターの奥からマスターのカサンドラが、呆れたような、それでいてひどく嬉しそうな顔で現れた。
「本当にやってのけるなんてね。おかえりなさい、王国の新しい生ける伝説様」
「カサンドラ。報告に来たぞ。それから、これ。預かっていた羊皮紙だ。役に立ったぞ」
俺が羊皮紙を返すと、カサンドラはそれを大切そうに受け取った。
「そう。あの難解な暗号を解ける人間がいたのね。リアム、貴方の運の強さ、いえ、人を引き寄せる力には脱帽するわ。これでマモンの残党も、もう手出しはできないでしょう」
「これでしばらくは静かになるはずだ。さて、約束だったな」
俺がシロの背中をポンと叩くと、シロは「うぅ」と少しだけ情けない声を漏らした。
「ええ、忘れていないわよ! シロちゃんを半日貸し出すっていう最高のご褒美! さあ、こっちへいらっしゃい、この可愛い子ちゃん!」
カサンドラがカウンターを飛び越え、シロのふかふかの胸元にダイブした。
「きゃあぁ! 何この弾力! 天国だわ! ギルドマスターの仕事なんてやってる場合じゃないわね!」
「ク、クゥーン」
「シロ、耐えろ。これも平和のためだ。半日後、迎えに来る」
「ク、クゥーン」
「リアム様、シロちゃんが助けを求めるような目でこちらを見ていますわよ!? いいんですの!?」
アリシアが心配そうに叫ぶが、俺はカサンドラにシロを託して、ギルドを後にした。シロのモフモフはクセになるから、居ないと寂しいか。
夕暮れ時、ようやく屋敷に戻ると、玄関の扉が開くよりも早く、三人の影が飛び出してきた。
「リアム様ーー!! お帰りなさいませ!!」
真っ先に抱きついてきたのは、末姫のエレナだ。
「エレナ、ただいま。おい、そんなに勢いよくぶつかるな」
「だってお寂しかったのですもの! あ、シロちゃんは!? シロちゃんはどうしたのですか!?」
「シロは今、ギルドで外交任務を遂行中だ。夜には戻る」
「マスターのカサンドラと一緒にいます」
「えぇー! 残念ですわ!」
苦笑いしながら玄関を抜けると、エプロン姿のフィオナとクラリスが、温かな笑顔で出迎えてくれた。
「お疲れ様でした、リアム様。マモン討伐の報、王都中が沸いていますよ」
帝国の第一皇女フィオナが、丁寧に一礼する。
「リアム様の無事を、ずっと神に祈っておりました。さあ、すぐにお食事の準備ができています。今日は、私たちが腕を振るったのですから」
聖女クラリスが、少し誇らしげに胸を張った。豪華な夕食が待っているようだな。
食堂に入ると、そこには驚くほど豪華な料理が並んでいた。大皿に乗った香ばしいローストビーフ、季節の野菜をふんだんに使った特製シチュー、焼きたてのパンに、色鮮やかなサラダ。
「すごいな。これ、全部お前たちが作ったのか?」
「はい! フィオナ様が味付けを、クラリス様が材料の浄化を、そして私が味見を担当しましたわ」
エレナが元気よく手を挙げる。
「味見だけか。まあ、エレナらしいな」
「失礼ね、リアム様。盛り付けも手伝いましたわ」
俺たちは席につき、久しぶりの賑やかな食卓を囲んだ。マモンの討伐に出てから、食事はちゃんと取れていなかったから、本当に美味しい。
アリシアが冒険の様子を身振り手振りで話し、フィオナたちがそれに驚いたり笑ったりする。
「へぇ、マモンがそんな情けない姿に。リアム様の剣と、シロちゃんの風、いつか私もこの目で見てみたいものです」
フィオナが、うらやましそうにワイングラスを傾ける。
「クラリス。お前が解読のヒントをくれたおかげで、街の青年も暗号を解けたんだ。感謝している」
「そんな、私はただ、リアム様が勝利する未来を信じていただけです。でも、お役に立てたのなら、これほど嬉しいことはありません」
クラリスが頬を赤らめて微笑む。
俺が一人なら孤立を深め、周囲に毒を吐き散らす陰鬱だった。それが今や、こうして国を超えた王女たちと、手料理を囲んでいる。世界は、確実に俺の知らない方向へ動き出しているな。
「リアム様、このシチュー、いかがですか? 私、リアム様の好みに合わせてスパイスを調整したんですの」
アリシアが期待に満ちた瞳で俺を見る。
「ああ。美味い。今まで食べた中で、一番だ」
俺がそう言うと、アリシアは顔を輝かせ、他の王女たちも嬉しそうに顔を見合わせた。
「ああ、幸せですわ。でも、やっぱりシロちゃんもここにいてほしかったですわね」
「本当ですね。あの子がいないと、少しだけ静かすぎます」
夜も更けた頃、ギルドから魂が抜けたような顔をしたシロが戻ってきた。
カサンドラにたっぷり半日、全身を撫で回され、ブラッシングされ尽くしたシロは、俺の姿を見るなり、全力で膝の上に飛び乗ってきた。
「クゥーン! ワンワン!」
主! もう二度とカサンドラには行かせないでくれという風に俺には思えたが。
「悪かった、シロ。ほら、お前の分のご馳走だ」
俺がシロの皿に特大の肉を乗せると、シロは機嫌を直し、ガツガツと食べ始めた。その姿を、王女たちが優しく見守る。
屋敷に流れる、穏やかで温かな時間。俺は知っている。マモンを倒したことで、次の歯車が回り出したことを。原作では大罪は七人いた。その七人全員と戦うシナリオだったから、残りの大罪と戦うシナリオはすでに始まっているとみていい。
予想では、次は暴食のベルゼブブが高いか。
人々の意欲と生命を食らい尽くす、最悪の災厄が待ち構えているのは原作にあった。モモンにも匹敵するとされるだけに、俺も原作ゲームではカイルを使い、苦労したのは記憶にある。
「まあ、今はいいか。この静かな時間を、もう少しだけ楽しむとしよう」
俺はシロのふかふかの頭を撫でながら、賑やかな王女たちの会話に耳を傾けた。




