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第60話 略奪の終焉
黄金の塔が崩れ去った廃墟の跡地。そこには、もはや高潔な魔導師の面影も、冷酷な支配者の威厳もない、どす黒い魔力の泥にまみれた怪物がのたうち回っていた。
マモンは、自らが略奪してきた膨大な魔力と魂を制御できず、肉体がいびつに膨張し、数千の絶望の顔がその表面に浮かび上がっては消えている。
どうなってんだ、原作とはだいぶかけ離れたな。
「あ、あああ。足りない、まだ足りない。もっと、もっと寄越せ、世界中のすべてを、私の、この手に!」
地から伝わるマモンの声が、大気を震わせる。俺はシロの背の上で、その無惨な姿を見下ろしていた。
隣には、闇の力を静かに集めるアリシア、短刀の切っ先を影にひそませるセレーナ、そして聖剣を正しく構えるカイルがいる。
「マモンが積み上げた黄金は、結局マモン自身を押し潰すだけの重りになったな」
俺の声に、怪物の中心にある目がぎらりと光った。
「リアム・ド・グラナード。貴様だ、貴様が私の邪魔をした。その神獣を寄越せ! その命を、その記憶を、今すぐ私に差し出せぇ!!」
マモンの体から、ドロドロとした黄金の触手が数千本と噴き出し、全方位へと放たれた。
「シロ、上空へ! カイル、アリシア、セレーナ! 散開しろ!」
「了解しましたわ、リアム様! 闇の盾よ、理不尽を遮断しなさい! 黒曜のカーテン!」
アリシアが展開した闇の防壁が、触手の先を飲み込んでいく。触手は吸い取った魔力を利用して、さらに肥大化していく。
「主、やはりダメです。あの怪物は、攻撃そのものを略奪して成長しています」
セレーナが影の中から現れ、俺の隣に着地した。
「カサンドラの暗号は!? リアム、今こそあれを使う時だ!」
カイルが叫ぶ。聖剣の光が触手に触れるたび、その輝きが削られていく。
「分かっている。みんな、俺の周りに集まれ! シロを中心に、円陣を組むんだ!」
俺の指示に従い、四人と一匹が一点に集まる。俺は袋から、街の青年が解読してくれた断絶の暗号が記された羊皮紙を取り出した。
「いいか、マモンの強欲の根源は、他者との繋がりを支配に置き換えたことにある。この暗号は、その歪んだ繋がりを強制的に断ち切るためのものだ」
「リアム様、わたくしたちは何をすればいいのかしら?」
アリシアが俺の左手を、セレーナが右手を握る。カイルは俺の背中に手を置き、シロは俺の足元で、四人を支えるように翼を広げた。
「俺が詠唱を始める。みんなは、自分の中にある奪われたくないものを強く思い描いてくれ。略奪の理に対抗できるのは、誰にも譲れない、自分だけの心の重みだ」
「自分の、重み。ふふ、簡単ですわ。わたくしの中には、リアム様との思い出しかありませんもの」
アリシアが微笑む。
「主。私の影は、主を照らす光のためにあります。誰にも、一寸たりとも渡しません」
セレーナの瞳に、揺るぎない覚悟が宿る。
「僕は、勇者だ。でも今は、このふかふかの背中を守るために剣を振るう。その想いだけは、神様にだって奪わせない!」
カイルが叫び、聖剣が青白い炎になった。
「ワンッ、ワンッ!!」
シロが天を仰ぎ、最高の遠吠えを上げた。
「理の管理者の名において、ここに命じる。強欲の根を断ち、略奪の鎖を解け。断絶の呪句だ!!」
俺が暗号を詠唱した瞬間、シロの翼から純白の波動が広がり、マモンの巨体を包み込んだ。
「ギ、ギャアアアアアアア!? なんだ、これは! 私の、私のコレクションたちが逃げていく、離れていく! 待て、行くな! お前たちは私の所有物だぁ!!」
マモンの体から、略奪されていた魂たちが光の粒となって、次々と飛び出していく。
それまで一つに固まっていた黄金の泥が、急激に質量を失い、崩壊していく。
「今だ、カイル! 聖剣で、マモンの核を貫け!」
「任せてくれ! ――これが、僕たちの贈り物だぁ!!」
カイルがシロの風に乗って一直線に突進した。伝説の聖剣の先には、アリシアの闇と、セレーナの影、そして俺の虚無が付与された。これでだめならもう無理だ。俺たちの負けだろう。マモンには勝てない。頼む、効いてくれ。
「ハァァァァァァァッ!!」
ズドォォォォォン!!
聖剣が、マモンの中心にある漆黒の心臓を正確に貫いた。その瞬間、あたり一帯が神の光に包まれ、すべての音が消えた。
光が収まった後、そこには巨大な化け物の姿はなかった。ただの、痩せこけた一人の老人が、ガレキの上に力なく座り込んでいた。
「あああ。空が、こんなに、広かったのだな」
マモンだった男は弱いかすれた声で言った。彼の瞳からは、どす黒い欲望の濁りが消え、ただの疲れた老人の色が戻っていた。
「マモン。いやこの街を守ろうとした名もなき役人よ。お前の強欲は、ここで終わりだ」
俺はシロから降り、彼の前に立った。
「リアム、君か。皮肉なものだ。何もかも奪い尽くして、最後に残ったのは、この冷たい風だけとはな」
マモンが震える手を空へ伸ばす。その指先は、砂のように少しずつ崩れ始めていた。
「ねえ、マモン。貴方が守りたかった人たちは、本当は黄金なんて、欲しがっていなかったのではないかしら」
アリシアが、少しだけ悲しげな表情で彼を見つめる。
「そう、かもしれんな。私は、飢えが怖かったのだ。誰もいない、空っぽの世界になるのが、怖くて。だから、すべてを詰め込んだのだ」
「お前のやり方は間違っていた。救おうとした街の人々は、今、自らの力で立ち上がろうとしているぞ」
俺の言葉に、マモンは小さく笑った。
「そうか。なら、私は、もう、この世に要らないな」
彼の体は、黄金の塵となって、シロが吹かせた穏やかな風に乗り、さらさらと空へと消えていった。
後に残されたのは、かつて彼が奪った略奪の理の残り。ただの石ころのような魔石だけだった。
「終わりましたわね、リアム様」
アリシアが、俺の腕にそっと頭を乗せる。
「強欲のマモン討伐。完全任務遂行だ」
「主お疲れ様でした。街の人々も、これで本当の意味で解放されます」
セレーナが周囲を見渡す。廃墟の隙間から、街の人々が恐る恐る出てくるのが見えた。
人々は、空へと消えていった黄金の塵を見上げ、静かに涙を流し、あるいは祈りを捧げている。
「リアム! 見てよ、シロちゃんが!」
カイルが指差す先。シロは、戦いを終えていつもの可愛らしい姿に戻り、街の子供たちのところへ歩み寄っていた。
「クゥーン」
「わあ、わんちゃんだ! ふかふかだぁ!」
子供たちがシロの毛に抱きつき、笑顔を取り戻す。その光景は、マモンがどれほど黄金を積み上げても作ることのできなかった、真の豊かさそのものにも思えるな。
原作にはなかったマモンの本当の姿と真実を知った。マモンにこんな裏の過去やストーリーがあったとは想像もしなかったし、聞いたこともなかった。
原作中では単に大罪のマモンは強欲というイメージであって、悪のかたまりでしかなかった。
このストーリーを知って俺はあらためてこの原作ゲームの奥深さを知ることになった。色欲のリリス、そして強欲のマモンと討伐した。
「さて。カイルはどうする? 王都へ戻って、英雄としての凱旋パレードでもするか?」
俺が問いかけると、カイルは聖剣を鞘に収め、照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、やめておくよ。今の僕が戻っても、また変な期待を背負わされるだけだ。しばらくは、この街の復興を手伝おうと思う。シロちゃんに教わったんだ。今、目の前の人を助けることの大切さをね」
「勇者が土木作業か。まあ、カインらしいな。アリシア、セレーナ。俺たちも帰るぞ」
「はい、リアム様! 帰ったら、まずはみんなで温泉に入りましょうね!」
「賛成です。主のお背中、今度は私が流します」
「おい、セレーナまで、まあいい。シロ、帰るぞ。お前が一番の功労者だ」
「ワンッ、ワンッ!!」
シロが俺の周りを嬉しそうに駆け回り、風を起こす。その風は、もう略奪の冷たさではなく、春の訪れを告げるような、温かな響きだった。
夕暮れの中、俺たちは王都へと続く道を歩き出した。原作知識によれば、マモンを倒した後は、さらに強力な大罪の幹部たちが俺を狙ってくるはずだ。
今の俺には、どんな設定やシナリオよりも確かなパーティー仲間がある。
「マモン。お前が最後まで手に入れられなかったものを、俺はもう持っているんだよ」
俺はシロの背に揺られながら、心地よい疲れに身を任せた。
悪役貴族の俺と、モフモフの神獣シロ、アリシア、セレーナの物語は、まだ始まったばかりだ。
これからも七人の大罪は現れるだろうから、覚悟はいる。すでに大罪の一人のハエの王は一度登場したからな。あいつがまた登場するかは不明だ。原作でも登場するタイミングは変わる。
またはいきなりルシファーが登場する可能性だってなくはないか。現在のシナリオは俺の知らないシナリオが存在しているのは確かであるからな。
すくなくとも最低五人は残っているのは確実であろう。誰が来てもマモン以上に強敵だとしたら、今の俺のレベルと強さでは負ける。
さらに強くチート化し最強レベルまでなる必要があるか。
「リアム様、寝てしまわれましたの? ふふ、寝顔も素敵ですわ」
「アリシア様、あまり主を突かないでください。風が止まってしまいます」
「いいじゃないですの! シロちゃん、ゆっくり歩いてあげてね?」
「クゥ~ン」
遠ざかる廃都の向こう側に、一番星が輝き始めていた。俺たちは、新しい平穏という名の略奪品を胸に、懐かしい王都へと向かって進んでいった。俺は起きて聞こえているよアリシアの声は。ただ疲れて眠いだけだよ。
第2章 強欲のマモン編 ――完――
次は、第3章の幕開けとなります。
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