第6話
第6話 塔の守護者をハメ殺せ
黒い石造りの塔、古の賢者の塔。
外観だけでも威圧感は十分だったが、その内部に足を踏み入れた瞬間、俺は理解した。ここは、知識を求める者のための場所ではない。選別と排除のために用意された、殺戮装置の塊だ。
壁や床に刻まれた魔法陣が、休むことなく魔力を循環させている。空気は重く、吸い込むだけで肺の奥がひりつくようだ。外の森の静けさが嘘だったかのように、ここでは常に誰かの殺意がある。
螺旋階段を駆け上がる俺の前に、石像だったはずの存在が動き出した。
青白い炎を瞳に灯したガーゴイルたちが、音を立てながら宙から来る。鋭い爪、重厚な翼。どれもが下級とはいえ、一般冒険者なら数人がかりでも苦戦する魔物だ。
「配置は原作通りか。芸がないな」
呆れ混じりに言うも、俺は速度を落とさない。
レベル50に到達した魔力量を拳に集中させ、魔力で一撃を正面から叩き込む。
衝突音すら軽い。石の体は砕け散り、粉となって宙に舞う。破片が床に落ちる前に、経験値がなって俺の体内へ流れ込んできた。
続く二体、三体も同じだ。回避も防御も必要ない。ただ前へ進み、殴り飛ばすだけ。
「雑魚狩りにもならねえ」
ここに来るまでの道中で、すでに感覚が麻痺していた。レベル50という数値が、どれほど理不尽な暴力を許すかを。
そして、最上階。巨大な鉄の扉は、長い年月を経てなお歪み一つなく、触れた手に冷たい拒絶を返してくる。両手で押し開けると、低い金属音が塔全体に反響した。
広間の中央に、そいつは立っていた。
「侵入者よ。これより先は、英知を求める者にのみ許された聖域なり」
半透明の巨体。全身を覆う騎士の鎧は、現実の物質ではなく、凝縮された魔力そのものだ。虚ろな瞳の奥には、底知れぬ演算処理の光が宿っている。
賢者の影、セージ・シャドウ。
レベル90。今の俺より、実に40も上だ。
しかも厄介なことに、こいつは単なる高レベルボスではない。物理攻撃完全無効。魔法を感知した瞬間、詠唱完了前に超速カウンターを叩き込んでくる。即死級の反射神経と火力を併せ持つ、初見殺しの権化だ。
正攻法なら、レベル100超えのパーティでも全滅しかねない。
だが。
「やっと会えたな」
俺の口元は、自然と歪んでいた。
「セージ・シャドウ。前世じゃ、お前に何十回も殺された。だからこそだ。お前の弱点は、全部頭に叩き込んである」
「無礼な小僧め。その命、知識の糧とするがいい」
影の騎士が杖を掲げた瞬間、空間が凍りついた。
床、壁、天井。あらゆる方向から魔力が集束し、無数の氷槍が形成される。逃げ場はない。回避不能の全方位攻撃。原作でも多くのプレイヤーを絶望させた初手必殺技だ。
だが、俺は一歩も動かない。
代わりに、懐から取り出した袋を床に置いた。
「なっ。貴様、何をしている」
中身は、ただの塩。学園の食堂から失敬してきた、調味料だ。
「お前の体は純度百パーセントの魔力結晶。そして、この床は特定属性を増幅する魔法陣。そこに異物を混ぜ込んだら、どうなるか考えたことはあるか?」
袋を破り、魔法陣の中心へ塩をぶちまける。
そして、指先から微弱な電流を流した。
次の瞬間、世界が白く弾けた。
音と共に、影の騎士の体を走る魔力回路が狂い始める。青白い光が暴走し、鎧の表面で火花を散らした。
「ガ、アアアッ。魔力が、循環が崩壊するだとおおおおお、やめろおおおおおおおおお」
これが、不純物混入バグ。
特定の魔法床で、ナトリウム成分を消費アイテムとして使用すると、ボスの魔力演算が破綻する。防御力はゼロ。さらに麻痺状態が付与され、行動不能になる。
知っていなければ、絶対に気づかない抜け道だ。
「さあ、詰みだ」
俺は終焉の雷のスクロールを取り出す。
隠しダンジョンでしか手に入らない、対ボス特化の一品。今のセージ・シャドウにとって、これはただの処刑宣告だ。
「あばよ。お前の知識、俺が継ぐ」
雷光が落ちる。
黒く歪んだ稲妻が広間を満たし、影の騎士は声を上げることすら許されなかった。レベル90の守護者は、光の粒子となって消える。頭の中に、無機質な通知が響いた。
『ボスを撃破しました。レベルが50から62に上がりました』
『隠し条件、ノーダメージ撃破を達成。秘奥義を継承します』
祭壇の上に、古びた一冊の本が現れる。
触れた瞬間、本は光となって俺の脳へ流れ込んだ。
『スキル真理の速読、マナ・リーディングを獲得しました』
熱が走る。魔力回路が再構築され、拡張され、これまで詠唱という工程を必要としていた魔法が、思考と同時に成立する。
「これが、本物か」
試しに小規模な火球を念じると、即座に空間が歪み、発動する。詠唱時間はゼロ。遅延もない。
俺は窓から外を見下ろした。
レベル62。詠唱破棄。経験値取得効率も跳ね上がっている。
「近衛騎士団だろうが、今なら一分もいらないな」
破滅ルートから、また一歩距離が開いた。
満足感と共に息を吐き、塔を後にしようとした、その時だった。
魔力感知に、異物が引っかかる。
塔の入り口。異常な速度で近づく反応。
しかも、その魔力の質に覚えがあった。
「冗談だろ」
眉をひそめ、夜の森を睨む。
「アリシア。お前、聖女だったはずだろ」
そこから感じ取れるのは、清浄とは程遠い、粘ついた執念の魔力。
どうやら、この世界は俺が知っている原作から、想像以上に変更し始めているらしい。
「いいぜ」
口元を歪め、俺は笑った。
「追ってこい、聖女様。悪役の俺が進む地獄に、どこまでついて来れるか試してやる」




