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第58話 黄金の巨人
黄金の塔が、断末魔のような軋み声を上げていた。マモンの執念は、自身の肉体すらも捨て去り、この巨大な建造物そのものを依り代として融合することを選んだのだ。床が波打ち、壁から巨大な腕が突き出し、俺たちの退路を断つ。
「ヒハハハ! 全ては私の一部だ! 貴様らの骨も、肉も、その生意気な神獣の魂も、私の城のレンガにしてくれるわ!」
塔の天井にマモンの巨大な顔が浮かび上がり、狂気に満ちた叫びを上げる。その瞬間、床から黄金の鎖が爆発的に噴き出し、俺たちを絡め取ろうとした。
「きゃあああ! 足が、魔力が吸い取られてっ!」
アリシアの悲鳴が響く。彼女の足元から伸びた鎖が、闇の衣を食い破り、その白い肌を縛り上げていた。
「アリシア様! ぐっ、私も、動けな」
セレーナもまた、影に潜る間もなく数千の鎖に拘束され、宙へと吊り上げられる。
「リアム! ダメだ、聖剣の光が、届かない!」
カイルが必死に剣を振るうが、塔全体が敵となった今、どこを斬っても無限の物量に押し潰されるだけだった。
カイルもまた、壁から伸びた巨大な手に押し潰され、床へと叩きつけられた。
「うっ、この野郎!」
俺はシロの背にしがみつき、迫りくる鎖を剣で弾き飛ばしていたが、シロの足元もすでに黄金の泥状になった床に沈み始めていた。
まずい。原作の知識では、マモンは塔を自爆させるだけだったはずだ。こんな塔そのものとの融合なんてシナリオはなかったのに、奴はどこでそんな力を手に入れた!?
俺の存在の影響か。俺が本来なら死亡フラグがあり死んでいるのに、シナリオをねじ曲げたから、マモンにも変化があったのか。こうなると予想がつかないな。
「クゥ、ゥ、ワンッ!!」
シロが苦しげに吠える。黄金の泥はシロの足首を焼き、自慢の白い毛が汚れ、焼けていく。
「シロ! 無理をするな、魔力を全開にするんだ!」
「ヒヒヒ! 無駄だリアム! この塔は今、私の胃袋そのものなのだよ。お前たちが動けば動くほど、その魔力は美味しく消化されるだけだ!」
マモンの触手が、ついに俺の首元にまで迫った。視界の端で、アリシアが涙を流しながら叫んでいる。
「リアム様! 逃げて、ください! 私たちのことはいいですから!」
「主、最後にお会いできて、よかったです」
セレーナの瞳から光が消えかかる。カイルも血を流し、聖剣を握る力さえ失いかけていた。
絶体絶命。これまでの旅路で築いてきた全てが、マモンの圧倒的な魔力の前に飲み込まれようとしていた。
「ふざけるな」
俺は震える手でシロの首筋に触れた。シロの心臓の鼓動が、恐怖ではなく、深い悲しみと守りたいという強い怒りに満ちているのが伝わってきた。
「マモンは何も分かっていない。奪うことが強さだと思っているお前には、一生辿り着けない場所があるんだよ」
俺は目を閉じ、自身の奥底にある管理者の権能を逆流させた。
シロ、俺の魂を食ってくれ。虚無の胃袋を、俺の全ての記録で満たしてやる。奪われる前に、シロに全てを預ける!
「シロ! 進化を、その先の姿を、俺に見せてくれ!!」
俺が叫んだ瞬間、シロの遠吠えが塔全体を激震させた。それは獣の鳴き声ではなく、神の怒りのような、神々しい響きだった。
「クゥォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」
シロの体から、輝くばかりの純白の閃光が放たれる。黄金の泥を焼き払い、拘束していた鎖を粉々に粉砕する拒絶の光のよう。
シロの毛並みはより長く、より鋭く、その背中からは風を具現化したような透明な翼が三対も生え揃っていた。
俺はシロの覚醒に賭ける。絶望的なこの状況で、俺ができるのはシロに託すことだった。原作の知識も通じないし、成功するかわからないが。
「な、なんだ!? あの犬が、光り輝いて!? 私の塔が、拒絶されているだと!?」
マモンの顔が恐怖に歪む。シロは、アバターの限界を超え、この世界のシステムそのものが定義する神獣・フェンリルの真の姿へと覚醒したかのように変わった。
「シロ。シロ、本当に」
「ワンッ!」
シロの瞳は、今は澄み渡る蒼天のような輝きを放っていた。シロが軽く羽ばたくだけで、塔の中に充満していた不浄な魔力が一瞬で浄化され、アリシアたちが解放される。
「りっ、リアム様! シロちゃんが、天使のようですわ!」
アリシアが床に膝をつきながら、感嘆の声を上げる。
「主、シロの周りの時空が安定しています。マモンの支配が、消えました」
セレーナが立ち上がり、再び短刀を構える。
「すごい。これが、君たちの本当の力なんだね」
カイルもまた、聖剣の光を取り戻し、力強く立ち上がった。
「マモン! 略奪の時間は終わりだ。積み上げたこのガラクタの塔、俺たちの風で、一欠片も残さず消し去ってやる!」
俺は覚醒したシロの背に乗り、天高く舞い上がった。
「やめろ! 来るな! 私は、私は世界の王になる男だ! こんなところで!」
マモンが塔の全てを触手に変え、俺たちに集中砲火を浴びせる。今のシロにとって、それは止まっている景色に等しかった。
「シロ、回避は必要ない。全てを切り裂け!」
「ガゥゥッ!!」
シロの翼から、数千、数万という風の刃が放たれた。それは黄金の壁を紙のように切り刻み、マモンの本体が隠されている塔の中枢を丸裸にしていく。
「アリシア、セレーナ、カイル! 最後の一撃、合わせるぞ!」
「了解しましたわ! 闇よ、光を包む真の安らぎを! エンド・オブ・ナイト!」
「影の処刑台、設置完了。さようなら、強欲の王。 影断ち・無間葬送」
「聖剣よ! みんなの想いを乗せて突撃だぁぁぁ! シャイニング・ブレイブ・バースト!」
四人の最強の攻撃が、シロの風に乗って一つに収束する。俺はシロの頭を撫で、自らの魔力をその刃に上乗せした。
「究極合体奥義。虚無を切り裂く絆の風!!」
純白の閃光が、黄金の塔を内側から貫いた。マモンの絶叫が響き渡り、巨大な塔がスローモーションのように崩壊していく。
「あああああ、私の略奪した、美しい、世界がああああああああああああ」
マモンの声が小さくなり、やがて崩壊の音にかき消されていく。俺たちはシロの風に守られながら、崩れゆく塔の中から、外の世界へと飛び出した。
「終わったのかしら?」
アリシアが空中で、俺の腕を握りしめながら言った。
「マモンの力はこれで砕かれた。奴の本体はまだ生きている。そこで、全ての因縁に決着をつけよう」
俺はシロの暖かな背中を感じながら、遠くに見える王都の灯りを見つめた。大苦戦の末に掴み取った、新しい力。
俺たちの物語は、ついに最大の山場、マモン討伐の最終の幕を開けようとしていた。原作通りではないが、原作でも七人の大罪の強さは変わらないか。
多くのプレイヤーを苦しめ、悩ませた大罪はこの世界で俺を追い込む気だな。
「クゥーン」
「ああ、シロ。お疲れ様。帰ったら、最高の毛のブラッシングと、お肉を用意してやるからな」
シロの甘えるような鳴き声が空に優しく響いた。




