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第55話 魔剣の蛇
時の迷宮を突破し、俺たちはついにマモンの居城、黄金の塔の最上階手前までたどり着いた。
空気は重く、略奪された魔力が淀んでいる。壁や床の至る所に黄金の装飾が施されているが、それは美しさのためではなく、侵入者の精神を削るための呪いだ。
「気持ち悪い空気ですわね。マモンの執着が、壁の裏側からまで伝わってくるようですわ」
アリシアが不快そうに顔をしかめ、闇をより深くまとった。
「主、この扉の先に、これまでにない巨大な魔力反応があります。ですが、それは生命の鼓動というより、冷たい刃のような」
セレーナが短刀を抜き、俺の斜め前で歩調を緩める。俺は一歩踏み出し、重厚な装飾が施された大扉を見上げた。
原作の記憶では、この階層にはマモンの最終防衛があったはずだ。七つの大罪に相応しい、魂を食らう魔剣。奴、ついにあれを持ち出したか。
そうなると最大級の危機になり得る。原作てまも悪名高いあれかな。
「シロ、警戒しろ。ここからは、かすり傷一つが命取りになるぞ」
「ガゥ」
シロが低く唸り、喉の奥から微かな風の音が漏れる。扉を押し開けると、そこには円形の広場があった。その中央に、マモンの幻影が浮遊している。
「ヒヒヒ、よくぞここまで来た。ここが終着駅だ、リアム・ド・グラナード。その傲慢な魂も、この剣のエサにしてやろう!」
マモンの幻影が掲げた手の先から、一本の不気味な剣が姿を現した。刃はうねる蛇のように歪み、不気味な紫色の光を放っている。魔剣の強欲の蛇グラディウスだな。
「なっ、なんですの、あの剣。見ているだけで、魔力を吸い取られるような不快感が!」
アリシアがたじろぐ。魔剣が空中に放たれると、それは持ち主を必要とせず、意思を持つ生き物のように俺たちへと襲いかかってきた。
「シロ、避けろ!」
俺の指示でシロが跳躍する。だが、魔剣が通り過ぎた空気が、紫色に腐食していくのが見えた。
「主、あの剣に触れてはいけません。周囲の魔力を吸い取り、空間そのものを飢えさせています」
「ああ、その様だな」
原作では、あの剣に一度でも触れられた者は、数秒でミイラのように干からびる設定だ。物理的な盾も、魔力の障壁も、あの剣にとっては、ただの食事に過ぎないとされた。
俺は腰の剣を抜き放ち、真理の速読を全開にした。攻略法はある。あの剣の満腹中枢を狂わせるんだ。俺の魔力だけでは足りない。それに、俺の剣があの魔剣に耐えられるかどうかも疑問だが。
キンッ!
俺が魔剣の側面を叩き落とした瞬間、嫌な音が響いた。俺の愛剣の刃に、一瞬でヒビが入り、色が失われていく。
「くっ、一撃でこれか! シロ、離れていろ! 綺麗な毛並みがボロボロになる!」
「ワンッ! クゥォォォォン!!」
シロは俺の制止を聞かず、俺をかばうように前に出た。
「シロ! 下がれと言っている!」
「いいえ、リアム様。見てください、シロちゃんの様子が!」
アリシアの叫びに、俺は目入っていた。シロの白銀の毛並みが、内側から溢れ出す青い光に包まれ始めていたからだ。
これまでの穏やかな風の魔力ではない。空間の熱を奪い、すべての不純物を凍結させて消し去るような、極低温の青き炎だった。
「これは進化か!? 」
原作のシロ、いや、アバターには、こんな進化の分岐はなかったはずだ。いったい何が起きているのか。
「クゥォォォォォォォォォン!!」
シロの吠えとともに、青き炎が渦を巻き、迫りくる魔剣、強欲の蛇を包み込んだ。
魔剣は貪欲にシロのエネルギーを吸おうとするが、吸い込もうとした瞬間、魔剣そのものが青い霜に覆われ、その動きを止めた。
「な、なぜだ!? 呪いの剣が凍りつくだなんて! それは物質的な氷じゃないはずだぞ!」
マモンの幻影が叫ぶ。
「そうか。分かったぞ。シロは虚無の性質を風に混ぜたんだな」
俺は確信した。シロは、俺が持つ管理者の能力で、無から有を、あるいは有を無にする性質を、自身の風に同調させたのだ。
エネルギーを吸い取る魔剣に対し、シロは吸い取るべきエネルギーすら存在しない絶対零度の風をぶつけた。
食べようとしても、そこには虚無しかない。魔剣は自らの能力を空転させ、自滅しているんだ。
「シロ、いつの間にそんな芸当を覚えたんだ」
「クゥ、ワン!」
シロは得意げに鼻を鳴らし、青き炎のまま魔剣を前足で踏みつけた。
パリンッ! という硬質な音とともに、マモンの秘蔵の魔剣が粉々に砕け散る。
「あ、あああああああああああああああああああ。私の、魔剣が粉々に」
マモンの幻影が、絶望に顔を歪ませて消えていく。
「リアム様、シロちゃんがなんだか、神々しすぎて、近寄るのが少し怖いくらいですわ」
アリシアが言う。セレーナもまた、その青き炎の冷たさに圧倒されていた。
「いえ、アリシア様。シロは、主のために強くなりたかっただけです。見てください、あの優しい瞳を」
セレーナが言う通り、シロは戦闘モードを解くと、すぐに青き炎を消し、いつものモフモフの姿に戻って俺に甘えてきた。
「こっ、この野郎、心配させやがって」
俺はシロの首筋を思い切り抱きしめた。シロの体は、まだ少しだけ青き炎の名残で冷たかったが、その内側にある鼓動は、力強く俺に勇気を与えてくれた。
シロは俺の想像を超える潜在力があったのは嬉しい。原作でも難関とされるこのシナリオを突破できた。
「ワンッ、ワンッ!」
「ああ、よくやった。シロのおかげで、一番厄介な障害が消えたぞ」
俺は砕けた魔剣の破片を見下ろした。これで、マモン戦は大きく変わる。武器を失ったマモンは、間違いなく自分の肉体を強化する禁断の薬に手を出すか。その副作用まで俺は知っているからな。
「リアム様、大丈夫ですか? お疲れではありませんか?」
アリシアが駆け寄り、俺の服の汚れを闇の魔法で綺麗にしてくれる。
「ああ、問題ない。それより、シロのこの新しい力があれば、マモンの塔の最上階も一気に攻略できる。準備はいいか?」
「もちろんですわ! シロちゃんがこれほど頑張ったのですもの、私も負けていられませんわ!」
「主、いつでも。影の道は、すでに最上階まで繋がっています」
二人の頼もしい言葉を聞きながら、俺は再びシロの背に飛び乗った。
マモン。お前が略奪に明け暮れている間に、俺たちは絆と進化を手に入れた。お前の強欲が、この青き炎に耐えられるかどうか最上階で確かめてやる。
シロの毛並みは、以前よりも少しだけ硬く、そしてより強く輝いているように見えた。俺たちは、崩壊し始めた広場を後にし、ついにマモンが待ち構える最上階への階段を駆け上がった。




