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第53話 廃都の門番



 黄金の霧をアリシアの闇が払い、俺たちはついに西の果て、マモンの本拠地である黄金の廃都の入り口へとたどり着いた。

 栄華を極めたであろうその都市は、今やマモンの強欲によって全ての色彩を剥ぎ取られ、不自然な黄金のメッキで塗り固められた死の街と化している。

 目の前にそびえ立つのは、高さ五十メートルはあろうかという巨大な城門だ。そして、その門の前に座っていたのは、生きている生物とは思えない異形だった。


「なんだあれ?」


「あれは、伝説の三頭龍。いえ、様子がおかしいですわ。生きた温もりが全く感じられません」


 アリシアが眉をひそめて言った。彼女の言う通り、その巨大な龍の体は至るところが黄金のボルトで補強され、継ぎ目からは蒸気のような魔力が噴き出していた。マモンが略奪した名龍の死体を、魔導技術で無理やり動かしている生ける要塞てとこか。


「ヒヒヒ! ようこそリアム君! その門番は、私が三百年かけて調整した最高級の最強の門番だ。感情も痛みもない、ただお前たちを噛み砕くためだけの機械だよ!」


 廃都のスピーカーからマモンの下品な笑い声が響き渡る。三頭龍が同時に吠え、三つの口からそれぞれ火炎、氷結、雷電の息吹が吐き出された。


「シロ、回避だ!」


「ワンッ!」


 シロは俺を乗せたまま、風を切り裂くようなステップでブレスを避ける。巨体に見合わぬ速度で龍の尾が振り下ろされ、俺たちの逃げ道をふさぐ。速い、シロの動きについて来るか。


「尾が速い。不用意には接近出来ないな」


「主、ここは私に行かせてください。光ある場所での戦いは、アリシア様やシロに任せればいい。ですが、あの巨大な影の中は、私の領域です」


 これまで静かに控えていたセレーナが、影の中から静かに、しかし冷たい殺気とともに現れた。


「セレーナ、一人でやるつもりか? 相手は城門ほどもある巨体だぞ」


 俺が問いかけると、セレーナはいつもの無表情なまま、手の中で短刀をくるりと回した。


「大きさは弱点にしかなりません。主、三頭龍の足元を見てください。あの巨体を支えるために、地面に濃い影が落ちています。あれは、私にとってのジャンプ台です」


「いいだろう。セレーナの暗殺者としての本領を見せてくれ。シロ、セレーナの動きを風でサポートしろ」


「クゥ、ワン!」


 シロが吠えると、セレーナの足元に追い風を吹かせる。セレーナは一瞬で影の中に溶け込み、姿を消した。


「どこへ行った!? ちょこまかとネズミのように! 炎で地面ごと焼き尽くせ!」


 龍の中央の首が地面に向けて火炎を放つ。その炎によって生み出された新しい影から、セレーナが飛び出した。


「影渡り。一つ目の心臓、見つけました」


 セレーナの声が響いた瞬間、龍の右側の首の付け根、黄金の装甲の隙間に彼女の短刀が突き刺さった。


「グガァァァァ!?」


「セレーナ様、すごいですわ! まるで空間そのものを歩いているみたい!」


 アリシアが感嘆の声を上げる。セレーナは龍の背中の上を、重力を無視したような足取りで駆け抜けていく。


「セレーナは、マモンが最も恐れる持たざる者の象徴だからな。奪う価値のない影から、奪う側の喉元を刺す。それが彼女の流儀だ」


 俺はシロの背の上で、彼女の戦いを見守った。三頭龍は暴れ回り、周囲の建造物を破壊しながらセレーナを振り落とそうとする。セレーナはまるで龍の体の一部になったかのように、その鱗の隙間に身を潜め、着実に核を破壊していく。


「ええい、うっとうしい! 雷を落とせ! 全身を帯電させて焼き殺せ!」


 龍の全身に激しい電光が走る。シロが守護の風を張ろうとしたが、それよりも速くセレーナが叫んだ。


「アリシア様、影を貸してください! 最大の闇を、あの一点に!」


「了解しましたわ! 常闇の牢獄!」


 アリシアが放った闇の魔法が、龍の真下に巨大な影の沼を作り出す。セレーナはその沼に飛び込み、電撃を影へと逃がすと同時に、龍の腹部から真上に突き出した。


「二つ目の心臓。そして、これで終わりです」


 セレーナが空中から放った無数の黒い針が、龍の動力源である強欲の魔石を正確に貫く。


「バ、バカな! 私の要塞が一人の従者に、これほどあっけなく倒される!」


 マモンの狼狽した声とともに、巨大な龍の体が崩れ落ち、黄金の廃都の門が重低音を立てて開いた。

 静けさが戻った戦場に、セレーナが何事もなかったかのように戻ってくる。その衣服には血の一つついていない。まさに暗殺メイドにふさわしい戦いぶり。元はセレーナは俺を暗殺するために王族が送った暗殺メイド。それを考えると敵でなくて良かったと思える。


「任務完了です、主。門は開きました」


「ああ。期待以上の働きだった。セレーナの技、さらに冴えたな」


 俺がそう言って彼女の肩に手を置くと、セレーナの頬がほんのわずかに赤らんだ。


「主のお役に立てたのなら、それ以上の報酬はありません。ですが、少しだけ、疲れました」


「クゥーン」


 シロがセレーナに寄り添い、大きな頭を彼女の腰に擦り付けた。セレーナはシロのふかふかの毛に顔を埋め、小さく息を吐く。


「ふふ、セレーナ。貴女も意外と甘えん坊ですのね。でも、本当にかっこよかったですわよ」


 アリシアが微笑みながら歩み寄る。


「アリシア様の闇のサポートがなければ、あの電撃は防げませんでした。感謝します」


「いいんですのよ。私たちはリアム様の右腕と左腕。支え合うのは当然ですわ。さあ、いよいよマモンの城ですわね!」


 アリシアが指差す先、廃都の中央には、天を突くような黄金の塔がそびえ立っていた。あそこに、全ての略奪品と、醜い欲望の主であるマモンが待ち構えている。


「セレーナ、シロ、アリシア。準備はいいか。ここからは最終決戦だ。マモンはこれまでの敵とは比ではない、理不尽な力を使ってくるだろう」


 俺の言葉に、三人は力強く頷いた。


「主が進む道を阻む影は、すべて私が断ち切ります」


 セレーナが再び、冷たい暗殺者の目に戻る。


「私の闇で、あの下品な塔を夜の底に沈めて差し上げますわ!」


 アリシアが魔導書を強く抱きしめる。


「ワンッ!」


 シロが力強く吠え、廃都の空気を清浄な風で塗り替える。


「よし。行くぞ。略奪された世界の理を取り戻し、俺たちの平穏を確定させる。マモンに究極の絶望を教えてやる」


 俺はシロの背に飛び乗り、開かれた門の先、黄金の廃都へと進む。足音は力強く、四人の絆はもはや誰にも奪えないほど強固なものとなっていた。


「見ていろマモンが積み上げた黄金の山が、どれほど価値のない砂の城か、今すぐ証明してやる」


 俺たちは黄金の廃墟に入った。

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