表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/62

52

第52話 出発の決意



 王都に差し込む朝日は、昨日までの不安を洗い流すように清々しいものだった。

 地下水路の粘菌を掃除し終えたことで、街の水道は再び綺麗な輝きを取り戻している。俺は知っている。マモンとの本当の決戦は、王都の中ではなく、奴が略奪品を溜め込んでいる西の黄金の廃都にあることを。

 俺は旅支度を整え、屋敷の玄関でシロの毛並みを整えていた。


「準備はいいか、シロ。ここからは散歩じゃ済まないぞ」


「クゥーン!」


 シロは自信満々に尻尾を振った。そのふかふかの体には、アリシアたちが作り上げた、魔力伝導を高める特製の革製サドルが装着されている。

 出発の前、俺たちは一度、冒険者ギルドへと立ち寄ることにした。ギルドの扉を開けると、中ではギルドマスターのカサンドラが忙しそうに書類を整理している。

 俺の姿を見るなり、彼女はペンを置き、笑みを浮かべた。


「こんにちは、マスター」


「あら、リアム。その装備、いよいよ本拠地へ乗り込むつもりね?」


「ああ。これ以上マモンの小細工に付き合うのは時間の無駄だ。こちらから出向いて、直接引導を渡してやる」


 俺の言葉に、ギルド内の冒険者たちが息を呑むのがわかった。カサンドラはカウンター越しに身を乗り出し、真剣な瞳で俺を見つめる。


「西の廃都は、マモンが張り巡らせた略奪結界の密度が違うわ。あそこへ行けば、並の魔術師は息をするのさえ苦しくなる。本当に、その子たちを連れて行くの?」


 カサンドラが後ろに控えるアリシアたちに視線を向けた。


「もちろんですわ、カサンドラ様。リアム様を一人でいかせるなんて、王女の名が廃りますもの」


 アリシアが静かに笑い、腰の魔導書に手を置く。


「そう。なら、私からの餞別よ。これを持っていきなさい」


 カサンドラが差し出したのは、一本の古い銀の笛だった。


「それは導きの笛。もし道中でマモンの幻覚に迷ったら、それを吹きなさい。音色が真実の道を示してくれるわ」


「感謝する、カサンドラ。シロを貸し出す約束は、奴を倒した後に取っておく」


「ええ、期待しているわ。死んだら承知しないんだからね」


 カサンドラの激励を受け、俺たちは王都の門をくぐり、西へと足を進めた。

王都を離れて半日。空の色が、次第に不気味な薄金色へと変わり始めた。

 大気の中に、他人の力を吸い取ろうとする強欲な魔力が混ざり始めている。


「空気が重いですわ。リアム様、この先がマモンの支配領域ですわね」


 アリシアが周囲を警戒しながら呟く。すると、前方の岩陰から、黄金色に輝く奇妙な霧が立ち込めてきた。


「主、止まってください。この霧、魔力だけでなく五感を奪う呪いが込められています」


 影から現れたセレーナが、短刀を構えて警告する。黄金の霧の中から、不気味な笑い声が聞こえてきた。


「ヒヒヒ、よく来たな、リアム! ここは私の略奪の庭。お前たちが持っている光を、すべてここで差し出してもらおう!」


 霧の中から現れたのは、マモンが略奪した魔法騎士の亡霊のレイスの群れだった。彼らは生前の輝かしい鎧を着ながらも、その中身は空っぽで、ただ奪うことだけを命じられた怪物だ。


「シロ、風で霧を払え!」


「ガゥッ!」


 シロが遠吠えし、突風を巻き起こす。黄金の霧は粘り気が強く、風をすり抜けて再び俺たちを包囲しようとする。


「無駄よ、リアム様。この霧は、負の感情を糧に増殖する魔法の霧。物理的な風だけでは払いきれませんわ」


 アリシアが前に出た。彼女の瞳には、濃い闇の色が宿っている。


「リアム様、ここは私にお任せください。奪うことが正義だと言うのなら、本物の闇がどんなものか、あの亡霊たちに教えて差し上げますわ」


「アリシア、無理はするな。魔力を吸い取られるぞ」


 俺の制止を、アリシアは優雅な一礼で受け流した。


「ふふ、ご心配なく。私の闇は、リアム様への愛で無限に溢れ出ていますもの。吸い取れるものなら、吸い取ってみなさいな」


 アリシアが両手を広げ、呪文を唱え始める。


「深えんに眠る我が友よ。すべてを飲み込む沈黙のとばりを。極闇の抱擁!」


 彼女の足元から、黄金の霧を塗りつぶすような、絶対的な漆黒の闇が噴出した。

 略奪の霧がアリシアの魔力に触れた瞬間、逆にその霧が黒い闇に飲み込まれ、消滅していく。


「な、なんだと!? 私の霧が、逆に奪われている!? あの小娘、一体何者だ!」


 マモンの驚きの声が響く。


「あら、失礼ね。小娘ではなく、リアム様の聖女ですわ。さあ、そこの空っぽの騎士様たち。私の闇の中で、永遠に眠りなさいな」


 アリシアが指を鳴らすと、闇の中から巨大な黒い腕が何本も現れ、亡霊の騎士たちを次々と掴み上げた。


「ギィヤァァァァ!」


 亡霊たちが悲鳴を上げ、その黄金の輝きを失っていく。アリシアの闇は、奪うためではなく、不要な存在を消し去るための絶対的な力だ。 


「すごい。アリシア様、以前よりも闇の解像度が上がっています」


 セレーナが感嘆の声を漏らす。


「当然ですわ。シロちゃんと一緒にお風呂に入って、リアム様にブラッシングのコツを教わって、私の心は研ぎ澄まされているのですから!」


 アリシアは次々と亡霊を撃破し、最後には黄金の霧を完全に消し飛ばしてしまった。

 霧が晴れた先には、ようやく本来の荒野の道が見えてきた。

 アリシアは少し息を弾ませながら、俺の元へ戻ってくる。


「どうでしたか、リアム様? お役に立てましたかしら?」


 期待に満ちた瞳で俺を見上げるアリシア。俺はシロの背から降り、彼女の頭をそっと撫でた。


 「ああ、見事だった。正直、俺が手を出すまでもなかったな。アリシアの闇は、マモンの安っぽい金ぴかよりも、ずっと美しく、力強い」


「ああ! リアム様に褒められた! 今日はこの手を洗いませんわ!」


「洗うほうがいい。清潔は基本だ」


 俺が釘を刺すと、アリシアは嬉しそうに笑い、俺の腕にしがみついた。


「ワンッ、ワンッ!」


 シロもアリシアを讃えるように、彼女の顔を優しく舐めた。


「ちょっと、シロちゃん! お化粧が落ちてしまいますわよ! ふふ、でも、ありがとう。貴方の風があったから、私も集中できましたわ」


 アリシアがシロの鼻先を撫でると、シロは満足そうに目を細めた。


「主、この先の谷を抜ければ、いよいよマモンの廃都です。敵も、今回の失敗でさらなる罠を仕掛けてくるでしょう」


 セレーナの報告を受け、俺は再びシロの背に飛び乗った。


「構わん。アリシアが道を切り開き、シロが風を運び、俺が理を壊す。マモンの溜め込んだおもちゃの城が、どれだけ脆いものか、そろそろ教えてやるとしよう」


「はい、リアム様! どこまでもお供いたしますわ!」


 アリシアの明るい声が、不気味な廃都へと続く道に響き渡る。王都の人々の祈りと、カサンドラの期待、そして仲間たちの絆。

 俺たちは、ただの悪役ではない。この世界の歪みを正し、平穏を略奪し返すための管理者として、最後の戦場へと突き進んでいく。


「さあ、マモンの泣きっ面を見るのが、今から楽しみで仕方ないぞ」


 俺たちの旅路は、夕焼けの西の果てへと加速していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ