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第51話 ギルドマスターの誘惑



 強欲の騎士を退け、王都に一時の静けさが訪れた。黄金の鎧を剥ぎ取られたマモンの刺客は、今頃地下牢で自分のみじめさを後悔していることだろう。

 連日の緊張感と、シロの巨体の毛をブラッシングし続けた疲れを癒やすため、俺は屋敷にある広大な大浴場へと向かうことにした。


「リアム様! お背中、流して差し上げますわ!」


 脱衣所でガウンを脱ごうとした瞬間、元気な声とともに扉が開いた。

 現れたのは、アリシアを筆頭とした王女たちだ。彼女たちはすでに、薄手の湯浴み着に身を包んでいた。


「お前たち、なぜここにいる。ここは俺の専用時間のはずだが」


「あら、リアム様。家族同然の私たちが、お疲れの主をお世話するのは当然のことですわ」


 アリシアが当然のような顔で俺の腕に絡みついてくる。


「シロちゃんも、お風呂が大好きみたいですわよ!」


 エレナが指差す先には、すでに湯船に浸かって極楽だと言わんばかりの表情で目を細めているシロがいた。真っ白な毛が湯に浮かび、まるでお湯の中に巨大な雲が浮いているようだ。


「シロ。俺より先にくつろぐとは、いい度胸だな」


「クゥーン」


「まあまあ、リアム様。今日は特別ですわ。私たちが丹精込めて、リアム様の疲れを癒して差し上げますから」


 フィオナとクラリスも、温かな湯気の中で微笑んでいる。俺は諦めて、シロの隣で湯船に身を。


「ふぅ。悪くないな」


「でしょう? ほら、リアム様、肩の力が入りすぎていますわよ」


 アリシアが後ろに回り込み、俺の肩を優しく揉み始める。


「マモンとの戦いも、これで折り返しですわね。シロちゃんが来てから、なんだか毎日が賑やかで、リアム様も少しだけ表情が柔らかくなった気がしますわ」


「そうか? 俺はいつも通り、最善の効率を求めているだけだ」


「いいえ、前はもっと、氷のように冷たい目をしていました。でも今はその、シロちゃんの毛並みみたいに、少しだけ、ふわっとしていますわ」


 アリシアの言葉に、他の王女たちも頷く。そうなのか? 俺は全く意識してなかったが。


「シロちゃんは不思議な子ですわね。あんなに強いのに、一緒にいると心がポカポカしますもの」


 エレナがシロの首元をお湯で流してやると、シロは嬉しそうに尻尾で水面を叩いた。

 湯気の中に、王女たちの笑い声とシロの鳴き声が響く。マモンが狙う殺伐とした世界とは対極にある、この穏やかな時間が、俺にとっての真の略奪品なのかもしれない。

 翌朝、俺はシロを連れて王都の冒険者ギルドへと足を運んだ。これからのマモン討伐に向け、街の現状と魔物の動向を直接把握するためだ。

 冒険者ギルドは異世界転生では必ず登場する定番な役割な組織。依頼を受けて魔物と戦ったりするのは、テンプレな話だろう。

 俺はまだギルドには来てなかったから、この世界の現状を知る上で大事になる。

 ギルドの重厚な扉を開けると、荒くれ者たちの視線が一斉にこちらに向けられた。

 俺の隣に立つシロの圧倒的な神々しさと、俺が放つ威圧感に、誰もが言葉を失って道を空ける。


「おい、あれがリアム・ド・グラナード公爵か?」


「隣の白い狼。あれが例の神獣か。デけぇ」


「あの色欲のリリスを倒したのだろ!」


 俺とシロのコンビにはさすがに驚いている様子。まあ、リリスを俺は倒しているのもあるから、ギルドでは一目置かれる。

 ところで原作ゲームではギルドマスターがいたけど、現在の俺がねじ曲げたシナリオではどうかな。

 ざわつくギルドの奥、カウンターのさらに奥にある重厚な執務室の扉が開いた。そこから現れたのは、真っ赤なドレスに身を包んだ、大人の色香を漂わせる美女だった。


「あら、珍しいお客様ね。悪名高き悪役令息が、こんな掃き溜めに何の用かしら?」


 彼女こそが、このギルドを束ねるマスター、カサンドラだ。伝説の冒険者として名を馳せた彼女は、不敵な笑みを浮かべて俺とシロを見つめた。


「カサンドラ、挨拶はいい。マモンの動向について、ギルドが掴んでいる情報を教えてくれないか」


「相変わらず可愛げがないわね、リアム。いいわ、少しお喋りしましょうか。その可愛いわんちゃんも一緒にね」


 カサンドラは俺を執務室へと招き入れ、シロのために最高級の干し肉を差し出した。

 シロは鼻をくんくんと鳴らし、俺の顔を見て確認してから、それを上品に受け取った。


「シロ、行儀よくしろよ」

「クゥ、ワン」


「ふふ、本当にお利口さんね。さて、本題よ。マモンが王都の地下水路に何かを放流したという噂は聞いているかしら?」


 カサンドラが地図を広げ、特定の地点を指差した。


「地下水路か。先日の騎士の次は、水質汚染か害獣でも送り込んだか?」


「それならまだ可愛げがあったわ。放たれたのは強欲の粘菌魔物のスライムよ。魔力を吸い取って、無限に増殖する最悪の泥。すでに地下の一部は、その粘菌のせいで水が淀み始めているわ」


「マモンめ。物理的な破壊がダメなら、街の地下を腐らせるつもりか」


「ギルドでも依頼は出しているけれど、普通の冒険者じゃ手が出せないの。魔力を吸い取られるから、魔法もスキルも効かない。これを解決できるのは、魔力そのものに頼らない力を持つ者だけ」


 カサンドラが、シロをじっと見つめた。


「リアム、これはギルドマスターとしての依頼よ。地下水路に巣食う粘菌の親玉を叩いてくれない? 報酬は、そうねえ、私の秘密のコレクションから、マモンの弱点に繋がる鍵をあげるわ」


「断る理由はないな。シロの散歩にはちょうどいい」


 俺はカサンドラから地下水路の地図を受け取り、そのままシロと共に地下へと潜った。

 地下水路は湿り気を帯び、鼻をつくような嫌な魔力の匂いが漂っている。


「シロ、鼻は利くか? どこに溜まっているか探せ」


「クゥーン、ガゥッ!」


 シロが一点を睨みつけ、低く唸った。その先、水路の壁一面を、どす黒い紫色の粘液が覆い尽くしていた。

 粘液は脈打つように動いており、近づくだけで周囲の魔力が薄れていくのがわかる。


「これが強欲の粘菌か。触れるものすべてを腐らせ、自分の糧にする。まさにマモンの写し鏡だな」


 粘菌が俺たちの存在を察知し、触手のような塊を伸ばして襲いかかってきた。俺は一歩も動かない。


「シロ、出番だ。魔力ではなく、物理的な衝撃波で粉砕しろ」


「ワンッ!」


 シロが力強く前足で地面を叩くと、衝撃波が水路を駆け抜け、迫りくる粘菌を消し飛ばした。

 、粘菌はすぐに再生を始める。


「再生力が売りか。ならば、再生が追いつかないほどの風で、一気に乾燥させてやる。シロ、神獣の息吹だ!」


 シロが大きく口を開け、超高圧の風を吐き出した。

それはただの風ではない。大気中の水分を瞬時に奪い去る、極乾燥の断絶の風だ。


「グチャッ!? ギィィ!」


 粘菌が断末魔のような音を立てて、白く干からびていく。

 シロの風は、水路の隅々まで行き渡り、マモンの汚物を見事に浄化していった。

 数時間後、俺たちは地下水路から地上へと戻った。

ギルドに戻ると、カサンドラが驚いた顔で出迎えてくれた。


「もう戻ったの? まさか、もう掃除が終わったなんて言わないわよね?」


「シロを誰だと思っている。ほら、これが親玉の核だ」


 俺が粘菌の核であった黒い魔石を放り投げると、カサンドラはそれを鮮やかに受け取った。


「信じられないわ。あんな厄介な依頼を一瞬で。リアム、あなたは本当にとんでもない、わんちゃんを飼ったわね」


「飼っているのではない。仲間だよ」


「いいわ、約束通り報酬をあげる。マモンが持ち出そうとしている、禁断の略奪器。その起動を阻止するための暗号よ。これを解析すれば、奴の力を半分以下に抑えられるはず」


 カサンドラは一枚の古びた羊皮紙を俺に手渡した。


「感謝する、カサンドラ」


「お礼なんていいわ。その代わり、マモンを倒した後は、そのわんちゃんを一日貸してちょうだい。一度、思いっきりモフモフしたかったのよ」


 カサンドラの言葉に、シロは少しだけ困ったように俺の影に隠れた。


「それはシロの機嫌次第だな」


 俺はシロの頭を軽く撫で、ギルドを後にした。

夕日に照らされる王都は、地下の浄化を終えて、心なしか以前よりも空気が澄んでいるように感じられた。


「クゥ、ワン!」


「ああ、よくやったな、シロ。マモンも今頃、自分の計画がまた一つ潰されたことに気づいているだろう。追い詰めるのは、もう少しだ」


 俺の一歩は、以前よりも確実なものになっていた。

シロという名の希望を連れて、俺は最終的な準備へと、その足を進めていく。


「さあ、マモン。お前の強欲が、この風でどれだけ耐えられるか、見ものだな」


 王女たちの待つ屋敷へと戻るとしよう。

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