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第50話 強欲の騎士



 王都の朝は、焼きたてのパンの匂いとともに始まった。シロが起こした豊穣の奇跡によって、飢えの恐怖は去った。平和な空気は長くは続かないものだ。七人の大罪がいる限りは終わらない。

 俺の執務室の窓を叩いたのは、セレーナが放った緊急の影伝令だった。


「主、正面門に敵襲です。マモンが秘蔵のコレクション、古代の重装甲を身にまとった強欲の騎士を解き放ちました」


 セレーナの声が冷たく響く。俺は隣でシロの毛をブラッシングしていた手を止め、立ち上がった。古代の重装甲か、確かに最強に近い騎士になり得るわけか。

 一歩間違えると俺とシロはあの古代の重装甲の前には勝てない。それだけ危ない危険なのをマモンは送り込んで来た。

 はたしてどうやって戦うかは重要だ。俺の策によっては失敗もするし、慎重に策を考えて行動するのが大切だ。


「やはり来たか。食糧攻めが効かないと分かれば、次は力ずくというわけだ」


「リアム様、私も行きますわ! あの欲張りな騎士、私の闇で全身バラバラにして、マモンに送り返して差し上げます!」


 アリシアが瞳に妖しい光を宿して立ち上がる。俺は彼女の肩を軽く叩いた。


「いや、アリシアは予備の王女たちを守れ。奴の狙いは、混乱に乗じた略奪だ。本命を叩くのは、俺とシロで行く」


「クゥーン!」


 シロが凛々しく吠え、自分の背中を俺に差し出した。巨神の肩に乗っていた俺だが、今はシロの暖かくて柔らかい背中が定位置だ。

 王都の正面門。そこには、全身を金銀財宝で飾り立てたような、異様な圧迫感を放つ騎士が立っていた。

 その鎧は、物理的な攻撃をすべて無効化し、周囲の魔力を吸い取る呪いがかけられている。

 俺は原作知識があるからな。


「ははは! 無駄だ、無駄だ。この黄金の略奪の鎧は、神の加護すらも吸い取る。リアム・ド・グラナード、貴様の神獣も、私のコレクションに加えてやろう」


 騎士の声が、金属と金属が、こすれるような嫌な音となって響く。周囲の兵士たちは、その魔力吸引の余波で膝をついていた。


「マモンも、趣味の悪いものを送り込んできたな。シロ、あんな成金騎士、お前の風で裸にしてやれ」


「ワンッ!」


 俺がシロの背を叩くと、シロは風を切り裂くような速さで地を駆けた。


「無駄だと言っているだろう。貴様の魔法など、すべてこの鎧が、なっ、なんだと!?」


 騎士が驚愕の声を上げた。シロがまとっているのは、魔力そのものではなく、魔力によって操作された純粋な空気の渦だ。

 魔力吸収の鎧は、魔法には強いが、物理的な突風や真空の刃には、ただの重い金網に過ぎない。

 つまりはシロの風属性の攻撃には相性が最悪ってわけだ。


「シロ、左だ。そこが、その鎧の繋ぎ目になっている」


 俺は原作知識をフル活用し奴の弱点を、シロに伝えた。騎士が持っている大剣を振り下ろす瞬間、シロは音速に近い動きでその懐に潜り込む。


「ガゥゥワンッ!!」


 シロの鋭い爪が、黄金の鎧の肩パーツを鮮やかに弾き飛ばした。


「ば、馬鹿な! 私の伝説の鎧が、たった一撃で!?」


「驚くのはまだ早いぞ。シロ、次は脚だ。逃げられないようにしてやれ」


 俺の指示に従い、シロは疾風のように騎士の周囲を旋回する。恐ろしく速い。残像に見える程の速度で移動する。

 騎士にはもう、白い残像しか見えていないはずだ。


「ええい、ちょこまかと! 当たれぇぇ!」


「遅いな。会話を楽しめる余裕があるうちに、降参すればいいものを」


 戦場の真ん中で、俺はシロの背に乗ったまま、優雅に騎士をもて遊ぶ走りをしていた。

 そこに、屋敷から追いかけてきたカイルが息を切らして現れた。


「リアム! 手伝うよ、あれ? なんだか、僕が出る幕なさそうじゃないか?」


 原作主人公のカイルが聖剣を半分抜いた状態で固まっている。何しに来たんだ。


「カイルはあそこで震えている兵士たちの介抱でもしていろ。見ていろ、これからシロが、あの成金騎士を解体するからな」


「解体って、リアム、君は本当に容しゃがないね。でも、シロちゃんは楽しそうに見えるよ」


 カイルが苦笑いしながらシロを見つめる。確かに、シロは遊び半分、いや、獲物を狩る喜びを感じているように尻尾を振っていた。

 神獣の持つ本能だろう。神の獣の本能に触れたら、最強の騎士をも超える。


「ワン! クゥン!」


「そうだ、シロ。その右足の関節も、少し歪んでいるだろ? 突いてみろ」


 ガキンッ! という派手な音とともに、騎士の膝当てが宙を舞った。


「ひ、ひいいい! 待て、待ってくれ! 命だけは助けてくれ! 私はマモン様に命令されただけで」


「略奪する側の人間が、奪われる側に回った途端に命乞いか。笑わせるな。シロ、仕上げだ。風属性で、そのガラクタを全部剥ぎ取ってくれよ」


 シロが大きく息を吸い込み、空に向かって吠えた。すると、騎士の周囲に巨大な竜巻が発生し、黄金の鎧を一枚残らず、強制的に剥ぎ取っていく。


「ぎゃああああああ!!」


 竜巻が収まった後、そこに残されたのは、豪華な鎧を失い、ボロボロの下着一枚になった、情けない姿の男だった。


「ふむ。中身はただの、貧相な男だったな。シロ、お疲れ様。ご褒美に、後で最高の毛のブラッシングをしてやる」


「ワンッ、ワンッ!」


 シロは満足そうに俺の手に鼻を寄せ、甘えてくる。その可愛らしい姿に、さっきまでの戦場が嘘のような、和やかな空気が流れた。


「ねえ、リアム様。あの剥ぎ取った黄金の鎧、どうするおつもりですの?」


 アリシアが、キラキラした目でバラバラになった鎧のパーツを眺めている。


「マモンが略奪した素材だ。溶かして、シロの新しい首輪と、王女たちのアクセサリーにでも作り変えればいい。奪われたものを、もっと価値のあるものに作り変える。それが俺のやり方だ」


「まあ! 素敵ですわ! シロちゃん、お揃いですわね!」


 アリシアがシロに抱きつくと、シロも嬉しそうに応じた。


 その日の午後。王都の広場では、剥ぎ取られた黄金の鎧が山積みになっていた。

 民衆はそれを見て、マモンの力も、リアム様と神獣様の前では無力だと確信したようだ。

 大歓声が聞こえる。王都にはシロのファンが急激に増えているようだ。


「主。マモンからの反応が途絶えました。相当なショックを受けているようです」


 セレーナが影から現れ、少しだけ楽しそうに報告する。


「だろうな。一番の自慢のコレクションを、わんちゃんにボロボロにされたんだ。マモンの本当の絶望は、これからだぞ」


 俺は、シロのふかふかの毛の中に手を埋めながら、静かに笑った。

 原作では、この強欲の騎士に王都の門が突破され、甚大な被害が出るはずだった。シロがいれば、被害ゼロどころか、新しい資源が手に入るボーナスステージに変わるな。

 原作では俺は必ず死ぬ運命だったのを強引に変えて来た。この世界は俺を必ず死ぬ設定にしている部分もあり、常に油断はできない。

 実際に巨神が一撃で滅ぼされているからな。あれは俺が知る原作にはない破壊力だった。だから俺の予想もしない力で俺には死亡フラグが迫ってくることはある。


「リアム様、シロちゃんがお腹を空かせていますわよ。今夜は、獲りたての黄金の、いえ、最高級のステーキを用意させましたの」


 クラリスが、嬉しそうに屋敷から呼んでいる。


「ああ、今行く。シロの働きには、それくらいの礼は必要だな」


「クゥーン!」


 シロと一緒に屋敷へ戻る俺の後ろ姿を、街の人々が感謝の眼差しで見送っていた。悪役貴族の俺と、神獣シロ。

 二人の絆は、マモンの強欲さえも寄せ付けない、最強の盾と矛になりつつあった。


「さあ、マモン。次は何を差し出してくれる? お前が持っているすべてを、シロと一緒に美味しくいただいてやるよ」


 俺はシロの頭をもう一度撫で、賑やかな食卓へと向かった。

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