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第49話 食糧難の王都と、神獣の奇跡



 王都の朝が、いつもより静かだった。パンが焼ける香ばしい匂いも、市場の威勢のいい声も聞こえてこない。

 窓の外を見れば、広場に集まった人々が、力なくうなだれているのが見えた。


「リアム様、事態は深刻ですわ。マモンの略奪兵たちが、王都へ続くすべての街道を封鎖しました。運ばれてくるはずだった小麦も、肉も、すべてマモンの倉庫へ運び込まれたようです」


 アリシアが、珍しく険しい顔で報告してきた。彼女の手には、スカスカになった今日の朝食のメニューが握られている。


「なるほど。武力で勝てないと悟って、今度は飢えという手段を選んだか。強欲な奴らしい、嫌なやり方だな」


 俺は冷めた紅茶を一口飲み、窓の外を見下ろした。そこに、真っ白な毛並みを揺らしながらシロがトコトコと歩いてくる。シロは俺の膝に顎を乗せ、「お腹空いたよ」と言わんばかりの瞳で俺を見つめてきた。


「クゥーン」


「わかってる、シロの分のご馳走も、このままじゃなくなってしまうからな」


「主。マモンからの親書が届きました」


 セレーナが影の中から現れ、黄金の封筒を差し出した。中を開けると、嫌味なほどキラキラした文字でこう書かれている。手紙を送るとは余裕だな。俺も舐められた感じだ。


『親愛なるリアム君。巨神を失い、さらに食べるものまで失った気分はどうだい? 街の人々の恨みの声が聞こえてくるようだ。もし、空腹に耐えられないなら、その神獣を私に献上しなさい。そうすれば、一週間分のパンを恵んであげよう』


「ふん。パン一週間分で、シロを売れだと? 随分と安く見積もられたものだ」


 俺が手紙を握りつぶすと、隣で聞いていた王女たちが一斉に声を上げた。


「そんなの絶対にお断りですわ! シロちゃんは私たちの家族ですもの」


 エレナがシロを抱きしめる。


「閣下、民衆の間では、すでに不安が広がっています。このままでは、マモンの甘い言葉に騙される者が出てくるかもしれません」


 クラリスが心配そうに街の方を指差した。


「ああ、わかっている。マモンは飢えさせて、人々の心を略奪しようとしているんだ。そうはさせない。セレーナ、屋敷の備蓄をすべて解放しろ」


「ですが主、それでは三日も持ちません」


「三日あれば十分だ。俺には、この状況を逆転させるとっておきの秘策がある」


 俺は立ち上がり、シロの頭を撫でた。原作では、王都の地下にはかつての魔法文明が残した豊穣の祭壇があるはずだ。そこをシロの風の魔力で刺激すれば、枯れた大地を一夜にして実りの畑に変えられると思う。俺たちは、王都の郊外にある荒れ果てた休耕地へと向かった。

 そこには、マモンの封鎖によって希望を失った農民たちが立ち尽くしている。


「みんな、聞け! リアム・ド・グラナード公爵様がお出ましだ!」


 セレーナの声に、人々が顔を上げる。その瞳には、絶望と、俺に対する微かな期待が混ざり合っていた。


「リアム様だあ。本当に、私たちを助けてくださるのですか? もう、子供たちに食べさせるパンもないのです」


 一人の老人が、震える声で俺に問いかけてきた。みんな苦しそうだ。空腹は我慢できないからな。マモンの意地の悪さが見えた。しかし俺は屈しない。この状況を変えてやろう。


「安心しろ。俺の支配下で、飢え死になどという無様な真似は許さない。シロ、準備はいいか?」


「ワンッ!」


 シロが凛々しく吠え、荒野の真ん中に立った。俺は地面に手を突き、地下に眠る魔力回路を探り当てる。原作知識をフル活用するのがベストだろう。


「アリシア、セレーナ。俺が地下の回路を開く。周囲の魔力を集めて、シロに流し込んでくれ」


「承知いたしましたわ、リアム様! 私の愛の魔力、シロちゃんに全部注ぎ込みますわ」


「了解しました。風の道筋、固定します」


 二人の魔力がシロへと集まっていく。シロの白い毛が、眩いばかりの青白い光を放ち始めた。


「シロ、放て! 神獣の息吹。豊穣の風を!」


「ガゥゥゥ、ワンッ!!」


 シロが空高く跳ね上がり、大地に向かって力強い風を吹き下ろした。

 ただの風ではない。そこには、大地の生命力を強制的に活性化させる、極めて強い魔力が込められている。

 その瞬間、信じられない光景が広がった。茶色く乾いていた地面から、青々とした芽が次々と吹き出したのだ。

 芽は見る間に成長し、黄金色の小麦が波のように大地を埋め尽くしていく。


「な、なんだって!? 目が、目の前で小麦が育っていくぞ!」


「奇跡だ! リアム様と、白い狼が奇跡を起こしたんだ!」


「凄い、奇跡だ、奇跡が起きたぞ」


 農民たちが歓喜の声を上げ、地面に膝をついて祈り始める。シロは誇らしげに胸を張り、収穫を促すように尻尾を振った。


「シロ、よくやった。さあ、みんな。収穫を始めよう。今日の夜には、王都中に焼きたてのパンを届けるんだ」


「ありがとうございます、リアム様! ありがとうございます!」


 人々の感謝の声に包まれながら、俺はふかふかのシロの背中に寄り添った。


「ふふ、リアム様。見てくださいまし。マモンの略奪兵たちが、遠くから顔を青くしてこちらを見ていますわよ」


 アリシアが愉快そうに笑う。


「主。これで兵糧攻めは失敗に終わりました。ですが、追い詰められたマモンは、次は直接的な武力行使に出るはずです」


「ああ、望むところだ。腹がいっぱいになれば、人間は強くなる。マモンがどんな刺客を送ってこようと、今のこの街は、以前よりもずっと手強いぞ」


 その夜。王都の広場では、焼きたてのパンを囲んで、ささやかな宴が開かれていた。

 俺たちは屋敷のバルコニーから、その様子を眺めていた。


「リアム様、シロちゃんに特製のミートパイを作りましたわ。召し上がれ」


 エレナが、自分よりも大きな皿に乗ったパイを持ってきた。


「ハグッ、モグモグワン!」


 シロは幸せそうに尻尾を振りながら、パイを平らげていく。


「リアム。君ってやつは、本当にわからない男だ」


 ふと見ると、隅っこでパンを頬張っていた本当の主人公であるはずのカイルが、真面目な顔でこちらを見ていた。


「どうした、カイル。パンが喉に詰まったか?」


「違うよ。君は、自分のことを悪役だと言いながら、誰よりも早く街の人を救った。僕が絶望して座り込んでいた間に、君はこの神獣と一緒に、希望を作ったんだ」


「勘違いするな。俺は、俺の所有物が減るのが嫌だっただけだ。お前も、いつまでもシロの毛に埋もれていないで、少しは役に立つことを考えろ」


「わかってるよ。僕も、このふかふかの恩返しはしなきゃいけないと思ってる」


 カイルが少しだけ、昔の勇者らしい目つきに戻ったのを見て、俺は小さく鼻で笑った。

 原作では、この食糧難でカイルは完全に再起不能寸前までになるはずだった。シロのモフモフパワーは、シナリオさえも変えてしまったようだな。


「リアム様、次の作戦はどうされますの? マモンはきっと、自分の宝物を壊されたと思って、怒り狂っていますわよ」


 アリシアが、俺の隣に座り込んで甘えてくる。


「マモンは、奪うことでしか自分を満たせない男だ。だからこそ、俺がすべてを与え、満たしてやる。絶望と、敗北という名の、最高の贈り物をな」


 俺はシロのふかふかの頭を撫でながら、空を見据えた。黄金の遺跡に潜む強欲な魔王幹部。

 彼との決着の時は、一歩ずつ近づいている。すでに色欲のリリスは倒した。原作と同じで七人の大罪は強敵ということか。多くのゲームプレイヤーを苦しめたからな。


「クゥン」


 シロが俺の手に鼻を寄せ、一緒に戦うと約束するように鳴いた。


「ああ、頼りにしてるぞ、シロ。お前の風で、マモンの強欲をすべて吹き飛ばしてやろう」


 王都に響く、人々の笑い声とパンの香り。それは、マモンがどんなに手を伸ばしても決して奪えない、俺たちの新しい日常だった。

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