42
第42話 王女たちの温泉旅行
「温泉ですか?」
俺の言葉に、執務室にいた全員が動きを止めた。
王女たちは目を丸くし、アリシアは扇子を落としそうになり、セレーナですら影の中で一瞬体制を崩したのがわかった。
「ああ。巨神との高周波同調を繰り返したせいで、お前たちの魔力回路には微細な歪みが生じている。これを放置すれば、マモンを叩き潰す際に出力が安定しない。王都の北西にある魔導温泉地アイゼン。あそこの泉質は魔力回路の洗浄に最適だ」
俺が淡々と説明すると、王女たちの顔がみるみるうちに赤らんでいった。
「リアム様と、温泉。それって、つまり、その、混浴、ということですの!?」
王国の末姫エレナが、期待と羞恥が入り混じった声を上げる。
「閣下! 私、すぐに水着いえ、最も魔力伝導率の良いタオルを用意させますわ!」
聖女クラリスが、聖職者にあるまじき鼻息の荒さで身を乗り出す。
「リアム様、流石の判断ですわ。王女たちを燃料としての鮮度を保つには、定期的な維持が必要ですものね。ふふ、私も、貴方様に背中を流していただく準備はできていますわよ」
アリシアがにっこりと微笑み、俺の肩に頬を寄せてくる。
「主。現地までの護衛および施設の占拠、既に手配を完了しました。カイルも荷物として運搬いたしますか?」
「ああ。あいつも連れて行け。湯気に当てられて、少しは勇者としての毒気が抜けるかもしれん」
翌日、俺たちは巨大な魔導馬車に揺られ、温泉地アイゼンへと向かっていた。
馬車の中は、まさに戦場、あるいは女子会だった。
「見てください、フィオナ様! この水着、最新の魔導糸で編まれているんですのよ。リアム様の魔力を受けると、ほんのり透ける、いえ、輝くんですわ!」
「エレナ様、それは少し大胆すぎませんか? 私はこちらの、聖王国の伝統的な、あ、でもこれだとリアム様の目に留まらないかしら」
王女たちのどこか期待しているような、それでいて恥ずかしさもある会話を、俺は窓の外を眺めながら聞き流していた。
「リアム様、あの子たち、すっかりご褒美に浮ついていますわね。でも、セレーナ。貴女、先ほどからずっと外の気配を探っているけれど、何か気になることでも?」
アリシアが、隣で短刀を遊び道具のようにしているセレーナに問いかける。
「マモンの放った略奪の暗殺者。計十二名。街道の各所に潜伏しています。主の休日を邪魔する不届き者です」
「ほう。マモンめ、俺が巨神を置いて王都を離れるのを待っていたか。合理的だが、浅はかだな」
俺はワイングラスを傾け、セレーナに命じた。
「セレーナ、馬車は止めるな。王女たちが怯えない程度に、外で掃除をしておいてくれ」
「御意。三秒で終わらせます」
セレーナが影へと消えた直後、馬車の外で微かなプツンという音が数回響いた。
「あら、もう終わったのかしら? 退屈な男たちね。ねえ、リアム様。マモンが狙っている古代兵器、あれが完成したら、巨神と戦わせるつもりなのですか?」
「ああ。マモンには最強の矛を造らせる。そして、俺が手に入れた最強の盾でそれを粉砕する。その絶望のエネルギーこそが、俺の巨神を次の段階へ進化させる最高の触媒になるからな」
「まあ! どこまでも贅沢な計画ですこと。あの子たちも、自分がそんな素晴らしい計画の一部だと知ったら、もっと喜ぶでしょうね」
目的の温泉地アイゼンに到着した。ゲーム原作にもあったので知識としてあったのを利用する。
ここは断崖絶壁に囲まれた秘境だが、今は俺の私兵によって完全に封鎖されている。疲労はあるので、ゆっくりするのもいいよな。
立ち上る真っ白な湯気。硫黄の香りと、濃密な魔力マナの気配がある。
「さあ、リアム様! 準備が整いましたわ!」
大浴場の重厚な扉が開くと、そこには薄い布をまとった王女たちと、温かい笑みを浮かべるアリシア、そして控えめに、しかし鋭い視線を周囲に走らせるセレーナが待っていた。
「ふむ。いい魔力濃度だ。王女たち、そこへ並んでくれ。回路の洗浄を開始するから」
「は、はいっ! 閣下あの、そんなに見つめられるとっ」
帝国の皇女フィオナが、羞恥に震えながらも、俺の視線を一身に浴びようと背筋を伸ばす。
「いいか。温泉の熱を利用して、体内の魔力を一度体外へ放出させる。そこに俺の魔力を流し込み、不純物を押し流す。多少、衝撃があるが耐えるのだぞ」
「リアム様の魔力が、直接あああああ、想像しただけでっ!」
クラリスがうっとりとした表情で膝を突く。
俺が右手をかざし、温泉の湯気に魔力を乗せて放つと、浴場全体が紫黒色の光に包まれた。
「あっ! あ、あああぁぁぁ!!」
「熱い、いえ、とっても、気持ちいいですわ、リアム様!!」
王女たちの絶叫と吐息が、湯気の中に溶けていく。
回路が洗浄され、彼女たちの肌はより白く、瞳はより深く俺の色に染まっていく。
「これでよし。マモンの暗殺者が何人来ようと、今の彼女達の魔力障壁すら突破できまい」
その時、浴場の天井が大きな音を立てて崩落した。
「見つけたぞ、リアム・ド・グラナード!! お前の命と、その女たちのリソース、マモン様に代わって略奪してやる!」
黒装束を着た暗殺者たちが、天井から一斉に降り立ってくる。彼らが構えているのは、対象の魔力を強制的に吸引する特殊な魔導具とスキルで推察した。
「キャッ!? な、何事ですの!?」
エレナが叫び、俺の後ろに隠れようとする。
「チッ。いいところを邪魔されたわね。セレーナ、貴女、仕留め損なったの?」
アリシアが氷のような冷たい声で、影から現れたセレーナを睨む。
「申し訳ありません。陽動の影武者を仕込んでいたようです。本隊は、こちらでした」
セレーナが短刀を抜こうとしたが、俺はそれを手で制した。
「待て。せっかくの温泉だ。あまり血を飛ばしたくない。王女たち、お前たちの洗浄が終わったばかりの力、試してみるのもいい」
「えっ? 私たちが、ですか?」
フィオナが不安げに俺を見る。
「案ずるな。俺の魔力が、お前たちの体内でまだ脈動しているはずだ。それを、ただ拒絶の意志と共に放てばいい」
暗殺者の一人が、略奪の鎌を俺に向けて振り下ろす。やはり強欲のマモンが動いたか。この程度の刺客で俺を倒せると思ったか。
「死ねぇっ!!」
「リアム様に、触らせませんわ!!」
フィオナが、本能的に右手を突き出した。その瞬間。彼女の体内から、俺の魔力と混ざり合った虹色の衝撃波が放たれた。
温泉の水分が瞬時に蒸発し、凄まじい魔圧が暗殺者を壁まで吹き飛ばした。
「ガ、ハッ!? なんだ、この圧倒的な、魔力の密度はっ!?」
「まあ! 私の中に、こんな力が」
フィオナが自らの手を見つめ、驚きに震える。
「次は私ですわ! リアム様のお背中を狙う不届き者、浄化して差し上げます!」
クラリスが両手を合わせ、祈りを捧げる。通常なら癒やしの光が出るはずのその手から、対象の魔力回路を内側から焼き切る猛毒の聖光が放たれた。
「ぎゃあああああぁぁぁ!! め、目が目がぁぁぁ!!」
暗殺者たちは、次々と王女たちの放つ過剰な魔力に飲み込まれ、戦いというよりも一方的な蹂躙が繰り広げられた。
「ふふ、あははは! 凄いですわ、リアム様! 私たち、貴方様の一部になるだけで、こんなに強くなれるなんて!」
エレナが狂気を含んだ笑い声を上げながら、魔力の弾丸を乱射する。
「主。暗殺者、全滅を確認。王女たちの同調率、さらに10%向上しました。副次的効果として、戦闘への避けたい、やりたくないという気持ちは消失したようです」
「そうか。ならば、無罪放免だな。アリシア、お前は残りのゴミを片付けてお。くれ。俺はもう少し、この湯を堪能する」
「あら、ご褒美に私を抱いてくださるのかと思いましたのに。承知いたしましたわ。この汚らわしい死体、跡形もなく闇に溶かしておきますわね」
騒動が終わり、再び静寂が戻った大浴場。
王女たちは、戦いの高揚感と俺への崇拝の念で、さらに機嫌よくした顔で俺を取り囲んでいた。
「リアム様。私、確信いたしました。貴方様にお仕えすることこそが、私の真の幸福なのだと」
フィオナが俺の膝に顔を寄せ、うっとりとする。
今はレベル142。マモンの暗殺者を餌にして、王女たちの格上げも完了した。マモン、お前の略奪は、結果として俺の資産を増やすだけの投資にしかならんのだよ。
俺は温泉に深く浸かりながら、遠く空を眺めた。
そこには、マモンが必死に古代兵器を掘り起こしているであろう黄昏の遺跡がある。
「カイル。お前も、少しは温まったか?」
浴場の隅で、鎖に繋がれたまま湯気に当たっていたカイルが、虚ろな目で俺を見た。
「リアム。君は、王女たちまで化け物に変えてしまったのか。でも、僕は、諦めない。このお湯の温かさが、僕に思い出させてくれたんだ。守るべき世界は、まだ冷え切っていないって」
「相変わらず、詩的なゴミだな。せいぜい、その小さな温もりを頼りにしていろ」
俺の冷徹な笑い声が、湯気の中に響き渡る。
マモンの略奪、古代兵器の胎動、そしてカイルの微かな希望。
それらすべてを俺の平穏を彩るスパイスとして、強くなってやろう。俺は死なないぞ。
「さあ、王女たち。仕上げだ。俺の魔力を、さらに深くまで刻み込んでやる」
「「「はい、リアム閣下(様)!!」」」
温泉地に響く歓喜の合唱。
俺の、贅を尽くした支配の休日は、さらに甘美な夜へと続いていった。




