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第41話 新たなる日常



 俺たちによって、色欲のリリスが討伐されてから、一ヶ月が経過した。

 北の山岳地帯に刻まれた巨大なクレーターは、今や神の審判が下った地として、近寄る者さえいない静けさの領域となっている。まだ六人も大罪はいるので、注意はいる。

 一方、王都は奇妙な活気に満ちていた。

 リリスの夢魔の霧から解放された人々は、リアムが巨神を通じて放った魔力の恩恵を全身に受け、病は治癒されて、作物は例年以上の実りを見せている。恐怖政治、あるいは絶対支配の呼び方はどうあれ、俺が理を自分の意のままに使いこなせるようにしたことで、この世界は停滞していた時計の針を無理やり進められたのだ。


 俺は王都を見下ろす高台に設けた新たな執務室で、優雅に午後の紅茶を楽しんでいた。


「平和だな。平和すぎて、吐き気がするほどだ」


 俺は窓の外、王都の中央に鎮座する虚無の王アバター・リアムを見上げた。

 今やその巨体は、王都の景観の一部として馴染んでいる。人々は巨神の足元で商いを行い、子供たちはその影で無邪気に遊んでいる。それがいつ自分たちを押し潰す死神になるかよりも魔王を倒す方に期待しているのか。


「リアム様、お言葉が過ぎますわ。この平和は、貴方様がその偉大なる御手で手繰り寄せた果実。存分に味わう権利が、貴方様にはありますのよ」

 

 俺の背後で、アリシアが甘い声を出しながら、俺の肩を優しく揉みほぐす。

 彼女の指先からは、リリスを喰らったことでさらに純度を増した闇の魔力が、心地よい痺れとなって俺の肉体へと伝わってくる。


「主。王女たちの適合率、さらに5%上昇しました。エレナ姫は既に、自らの魔力回路を主の魔力で満たされることに、生存以上の意味を見出しております。次の調整は、今夜いかがでしょうか?」


 セレーナが影から現れ、スケジュールが書き込まれた羊皮紙を差し出す。

 過去の激戦を終え、俺の身の回りのハーレムは、もはや教育を必要としないほどに洗練されていた。


「ああ。夜に回せ。今はこれからの幕開けに相応しい不穏な動きの報告を聞きたい」


 俺がワインを一口を飲み、視線を鋭くすると、セレーナの表情が引き締まった。


「現在、魔王軍の残存勢力は、ルシファーを中心とする本隊を除き、各幹部が独自に動き出しています。特に、強欲のマモン。マモンはリリスの敗北を、単なる戦力不足ではなく能力の不足と判断したと予想します」


 セレーナが影の魔法で地図を展開する。

 指し示されたのは、大陸西端、かつて高度な魔法文明が栄え、一夜にして滅びたとされる黄昏の遺跡。


「マモンは、そこの深層に眠る古代兵器、神殺しの鉄槌、ギガント・マキアの起動コードを探し求めているという情報が入っております。奪えないなら、より巨大な質量で壊す。いかにもあの男らしい、合理的で強欲な選択です」


 神殺しの鉄槌か。懐かしいな。原作では、カイルたちが終盤で手に入れるはずだった隠し要素の一つだな。

 俺は口元を歪めた。

 マモンは、俺が持つ神の巨神に対抗するために、かつて神に背いた人間たちが造り上げた神殺しの道具を求めているのか。

 自分が奪えないものを、この世界のゴミ捨て場から拾い集めて武器にする。その執念だけは評価に値する。


「色欲のリリスは強敵だった。強欲のマモンはリリスもリリス以上に手ごわいぞ」


「リアム様、そのような鉄屑、私たちが動くまでもありませんわ。巨神の指先一つで、その遺跡ごとマモンを埋めて差し上げましょうか?」


「いや、アリシア。急ぐ必要はない。マモンには、せいぜい頑張って最高の玩具を完成させてもらおう。それを完成させた瞬間に、そのすべてを俺が奪い取る。それが、強欲な男に与える最高の絶望だろ」


 俺がそう告げると、アリシアは、うっとりとした表情で俺を見つめた。


「ああ、 どこまでも残酷で、どこまでも合理的。そんな貴方様に、私は一生ついていく所存ですわ」


 その日の夕刻。俺は気分転換を兼ねて、館の地下に設けられた特別収容室へと足を運んだ。

 そこには、かつての光の勇者、カイル・フォン・ベルトランが、魔法を封じる鎖に繋がれて床に座り込んでいた。

 リリスとの戦いの最中に、神の加護を強引に剥ぎ取られた彼は、今やただの「少し筋の良い剣士程度の魔力しか残っていない。


「カイル。パンの耳の味はどうだ?」


 俺が声をかけると、カイルはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、かつての輝きはない。だが、折れてはいない。絶望の果てに、何かを諦めたような、奇妙な静けさが宿っていた。


「リアム。君は、世界を救うつもりなのか、それとも滅ぼすつもりなのか。最近、街の噂を聞くよ。君のおかげで、病気が治った、商売が上手くいった。みんな、君を新しい神のように崇めている」


「救う? 滅ぼす? そんな小さな考えで俺を測るな。俺はただ、俺が快適に生きるために、この世界を最適化しているだけだ。お前が守りたかった平和も、俺にとっては生きていくために必要な手段に過ぎない」


「手段か、君らしいが」


 カイルは力なく笑った。


「でも、リアム。君は知らないんだ。僕の中に、まだ何かが残っていることを。神様は僕を見捨てていない。君が奪いきれなかった光が、まだ僕の奥底で脈動しているんだ」


 なるほど。今後への布石か。神も、まだ主人公カイルを使い潰すつもりらしい。

 俺は真理の速読でカイルの体内を鑑定した。

 確かに、彼の魂の核には、俺の魔力でも干渉できない微かな黄金の粒子が、火種のように残っている。それはカイルが真の勇者として目覚めるための、最後の勇者の予約だろうか。


「いいだろう、カイル。その火種、大切に温めておけ。それが大きく燃え上がった時、俺がその光ごと、お前を絶望の深淵に叩き落としてやる。お前が希望を持てば持つほど、それを奪う時の愉悦は増すからな」


 俺は背を向け、部屋を出た。背後でカイルが僕は、君を止めると、弱いかすれた声で言うのが聞こえたが、今の俺には心地よい声にしか聞こえなかった。

 執務室に戻ると、三人の王女たちが、夕食の準備を整えて待っていた。

 エレナ、クラリス、フィオナ。

 彼女たちは、今や俺の館での生活に、これ以上ない喜びを見出している。


「リアム様! お帰りなさいませ! 今夜は、私がフィオナと一緒に、最高級の魔鳥のローストを仕上げましたの!」


「閣下、食後には私が、魔力を込めた特別なハーブティーを用意します。貴方様の精神を、極限まで癒やして差し上げたくて」


 王女たちが競うように俺の周りに集まってくる。

 彼女たちの魔力は、日々俺との共鳴を繰り返すことで、巨神を動かすための高純度な燃料へとされているので欠かせない。


「ああ、いい香りだ。今夜は作戦会議も兼ねて、ゆっくりと楽しませてもらおう」


 俺は王女たちを左右に置いて、食卓についた。日本の生活では考えられないぜいたくさだな。豪華な料理、美しい女たち、そして盤石の戦力が俺にはある。

 今後のターゲットは強欲のマモンとなると予想される。限定は危険さもあるけど、現在の七人の大罪の動きからするとマモンか有力だろう。

 彼がどれほど巨大な古代兵器を持ち出してこようとも、俺はそれを奪い、俺のコレクションに加えるだけだ。

 夜の王都。巨神の頭頂部で、アリシアの闇とセレーナの糸が、静かに世界を包囲していく。

 俺の破滅フラグ回避の道は、もはや誰も止めることのできない、絶対の法則となりつつあった。

 奪うがいい、マモン。お前が奪い集めたそのすべてが、最後には俺の手のひらに収まる運命にあるとも知らずにな。

 俺はワイングラスを傾け、笑みを浮かべてマモンとの展開を予測してワインを飲んだ。その味は最高な美味だった。

 これからは世界の所有権を巡る、最も醜く、最も華やかな戦いになる。

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