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第40話 色欲の終焉



 北の山岳地帯は、もはやこの世の風景ではなかった。

 空は赤黒い亀裂に覆われ、そこから漏れ出す神の怒りとも呼べる黄金の光と、リリスが放つドロリとした桃色の瘴気が、異様さを描いて混ざり合っている。


 その中心で、俺は虚無の王アバター・リアムの頭頂部に立ち、吹き荒れる魔力の嵐を無造作に受け止めていた。


「リアム、リアムッ! 許さない、絶対に許さないわ! 私のすべてを奪い、私をこんな姿に変えて! あなただけは、この世界の理ごと消し去ってあげる!!」


 リリスの叫びは、もはや声というより、世界を削り取る震動だった。

 彼女の肉体は山脈を飲み込み、数千の瞳と数万の触手を持つ、巨大な色欲の肉塊へと成り果てている。魔王ルシファーから前借りした破滅の能力が、彼女の存在を崩壊させながらも、その出力を神域へと押し上げていた。


 そして、俺のすぐ傍ら。神の強制的なバグによって一時的な勇者覚醒を遂げたカイル・フォン・ベルトランが、神の光を背負って立っていた。


「リアム。君は、超えてはいけない一線を越えた。リリスのような怪物さえも、君の邪悪さを際立たせるための背景に過ぎないというのか」


 カイルの声には、これまでの情けなさは微すかにもなかった。

 神が彼に直接接続し、過去の英雄たちの経験と、聖剣の真なる力を流し込んでいる。レベル150相当か。今のカイルは、間違いなくこの世界における正義の頂点として定義されていた。

 まさに原作の主人公カイルだ。


「背景? 買い被りだな、カイル。俺にとって、お前もリリスも、単なる資源だ。それ以上でも、それ以下でもない」


 俺は不撓不屈の法衣を翻し、静かに宣言した。

 

「アリシア、セレーナ。準備はいいな」


「ええ、リアム様! この世界が貴方様を拒もうとするなら、私がその理ごと、闇で塗り潰して差し上げますわ!」


 アリシアの魔力が、巨神の左腕に集束する。彼女の闇は、リリスの瘴気を逆に喰らい、その黒さを深めていく。


「主。王女たちの同調率、120%。カイルに宿った神のコード、解析完了しました。いつでも、その光を断絶できます」


 セレーナの不可視の糸が、巨神の右腕を覆う。彼女はカイルを支える神の加護そのものを切断対象として標的としていた。


「さあ、始めようか」


 戦闘の火蓋は、リリスの絶叫と共に切って落とされた。俺が破滅フラグから逃れらるために、全てを賭けよう。絶対に俺は生き残る。色欲のリリスは強い。俺の持つ全力でなければリリスは倒せないだろう。

 リリスの肉塊から放たれたのは、空間そのものを融解させる終焉の色欲でカタストロフだった。

 それと同時に、カイルが聖剣を振り下ろし、概念を切り裂く光の断罪を放つ。

 魔と聖。本来なら決して相容れないはずの二つの究極の力が、俺という共通の敵を抹殺するために、皮肉にも完璧な連携となって押し寄せてきやがる。それを俺は、


「無駄だな」


 俺は巨神の腕を動かすことすらしなかった。

 

「理の管理者。権限解放」


 巨神の胸部にあるコアが、カパッと大きく開いた。

 そこにはリリスから解析した因果歪曲、そして俺の持つ虚無が渾然一体となった、漆黒の特異点が渦巻いていた。


 ズシュゥゥゥゥゥゥッ!!

 リリスの瘴気も、カイルの聖光も、その漆黒の特異点に触れた瞬間、パスタの麺が吸い込まれるように、音もなく消滅した。


「な、消滅した!? 僕の、神から授かった一撃が!?」


「そんな! 私の命を削った破滅の力が、一瞬で!?」


「驚くことじゃない。お前たちの力は、この世界のルールに基づいたものだ。だが、今のこの巨神は、俺という管理者がルールそのものを書き換えるための道具だ」


 俺は巨神の拳を、まずはリリスに向けて突き出した。


「リリス。お前の色欲。……俺への歪んだ執着心ごと、すべて回収してやる。お前の存在確率は、今、ゼロになった」


 概念解体。

 巨神の拳がリリスの巨大な瞳に触れた瞬間、そこから色の情報が消えた。

 リリスを構成していた魔力、魂、記憶、そして大罪の能力が、デジタルの砂となって分解され、巨神のコアへと吸い込まれていく。


「ア、アガ、リアム。私、は、貴方にっ」


 リリスの最期の言葉は、愛の告白だったのか、それとも呪詛だったのか。

 それは誰にも届くことなく、彼女の巨大な肉体は、一陣の風に吹かれた灰のように、跡形もなく消滅した。


『レベルが上昇しました。131、135、140』


『大罪の権能【因果の誘惑】を完全接収しました』


 脳内に響くシステム音。

 だが、俺の作業はまだ終わっていない。


「次は神の代弁者のお前だ、カイル」


「くっ、来るな! 僕は僕は勇者なんだ! 悪に屈してはいけないんだ!!」


 カイルは狂ったように聖剣を振り回す。

 だが、その剣筋はもはや俺の目には止まって見えていた。

 俺は巨神の肩から飛び降り、生身のままカイルの前へと着地した。


「アリシア、セレーナ。巨神の制御を維持しろ。この男の幕引きは、俺自身の手で行う」


 俺は歩み寄る。カイルが放つ聖なる光が、俺の不撓不屈の法衣に触れては弾け、虚しく消えていく。


「カイル。お前が信じた神は、お前を救うために力を貸したんじゃない。俺という本来なら存在していないのを排除するために、お前という捨て駒を過負荷で動かしているだけだ」


「違う! 神様は僕を選んだんだ! 僕が、世界をっ」


「なら、その神ごと、お前の夢を叩き壊してやる」


 俺はカイルの喉元を掴み上げ、彼の中に流れ込んでいる神の接続を真理の速読で捉えた。


「強制切断。そして、この光の情報も、俺の所有物として登録させてもらう」


 俺の手から漆黒の魔力が溢れ、カイルの体内を逆流した。

 カイルの背後に見えていた神の残りが、悲鳴のような音を立てて散る。

 聖剣は再び折れ、カイルの瞳からは輝きが失われ、元の絶望した敗北者の目に戻った。


「あ、ああああああああ」


「お疲れ様、カイル。お前は、まだ使い道がある。それまでは、俺の足元で、自分が守りたかった世界が俺に塗り替えられる様を、じっくりと特等席で眺めていろ」


 俺はゴミを捨てるように、カイルを巨神の足元へ投げ捨てた。静けさが戻った。

 北の山岳地帯は更地になり、そこにはただ、俺の操る巨神と、ひれ伏す二人の従者、そして放心した三人の王女たちが残されていた。

 リリスという大罪を倒し、カイルという希望を折ったことで、この世界の因果は完全に崩壊し、俺の手によって再構築されたと思う。

 とりあえず生き残れたか。


「リアム様」


 アリシアが、誇らしげに俺の傍らに寄り添う。彼女の瞳には、世界を支配した王への、純粋で狂気的な愛だけが宿っていた。


「主。王都への帰還ルート、確保しました。全世界の観測者に、リリスの消滅を通知します。もはや、貴方様に公然と牙を剥く愚か者は、この大陸には存在しません」


 セレーナが敬意を表す一礼する。


「ふむ。ようやく、一息つけるな」


 俺は王女たちが待つ巨神の内部へと戻り、用意されていた最高級のワインを一口飲んだ。

 レベル140。

 この時点で、俺は既に、この世界の魔王や勇者といった枠組みと並ぶ存在となっていた。

 悪役貴族リアム・ド・グラナードが支配する、新しい時代の幕開けを告げるかな。


「強欲のマモン。お前が次に何を奪いに来るか知らないが。俺から奪おうとしたこと、地獄で後悔させてやるよ」


 俺は静かに目を閉じ、巨神の脈動を感じながら休息へと身を休めた。




第1章 完結

リアムの現在のステータス

* レベル: 140

* 獲得称号: 【大罪を喰らう者】【理の破壊者】【虚無の支配者】

* 獲得権能: 【因果の誘惑(リリスより接収)】

* 保有戦力: 虚無のアバター・リアム、アリシア(堕聖女)、セレーナ(虚無の暗殺者)、王女エレナ、クラリス、フィオナ、隷属勇者カイル





第2章予告

リリス討伐から一ヶ月。リアムの支配下で、大陸は奇妙な平和を享受していた。しかし、影で糸を引く七人の大罪であり、強欲のマモンは、リアムの巨神に対抗するため、失われた古代文明の兵器を掘り起こす。

「奪えないなら、もっと巨大な力で押し潰すまでだ」と。

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