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第39話 魔女の末路



 夢魔の回廊の霧が消えて、王都に冷やかな朝日が差し込む。

 陽の光は人々に希望を与えるものではなかった。王都の北方にそびえ立つ山岳地帯が、異様な色に変色していたからだ。空はどろりとした毒々しい赤い紫に染まり、大地からは色欲のリリスの執念が物理的な触手となって出ているから。

 俺は屋敷のバルコニーに立ち、その光景を眺めていた。

 隣には、俺の魔力供給を受けて全盛期以上の力を、みなぎらせているアリシアとセレーナ、そして背後には、もはや俺の言葉一つで命すら投げ出す準備ができている三人の王女たちが控えている。


「リアム様、あのような醜いあがき、もはや見ていられませんわ。あの方がこれ以上、貴方様の視界を汚す前に、私がその魂を闇で噛み砕いて差し上げますわ」


 アリシアの周囲で、影が幾重にも重なり合う。


「主。リリスは自らの存在を核として、魔王軍の禁忌資源を強制解放したようです。座標確定。周囲の空間は、彼女の色欲によって物理法則が書き換えられています。通常の接近は困難かと」


 セレーナが短刀を回しながら、解析結果を告げる。


「ふむ。リリスもようやく本気を出したというわけか。自分の命と引き換えにして、魔王ルシファーから力を前借りしたな」


 リリスの覚悟を感じる。きっとリリスは勝負してくるだろうな。

 俺は真理の速読で、北の山に渦巻くエネルギーを読み取った。

 リリスは理解したのだ。自分一人の力では、俺という存在の厚みを突破できないことを。だから彼女は、大罪としての全存在を賭け、この世界に巨大なバグを引き起こすことで俺を道連れにしようとしていると予想する。


「カイル。お前も来い。お前のその無価値な勇者の因果、最後に少しだけ使い道がある」


「あ、ああ、なぜだよ」


 隅っこで膝を抱えていたカイルを引きずり出す。

 彼は昨夜、夢魔の霧の中で自分が本当の英雄として賞賛される夢を見ていたようだが、目が覚めた瞬間に俺の足元に転がっている現実に、もはや精神の境界線が危うくなっていた。しっかりしてくれ主人公。


「さあ、王女たち。アバターを動かすぞ」


 俺の声と共に、王都の外に鎮座していた虚無の王アバター・リアムが、ゆっくりとその巨体を浮上させた。

 北の山岳地帯。そこは今や、リリスという魔女の体内も同然だった。

 岩肌は生々しい肉の色に変じ、立ち込める瘴気は生物の理性を一瞬で溶かすほどの強さに。すると色欲の大罪はいた。俺はリリスに、


「派手に魔力を出しているな?」


「来たわね、リアム・ド・グラナード!!」


 山の頂、肉塊が脈動する中心に、リリスはいた。

 かつての妖艶な美女の姿は、半分以上が異形の怪物へと変じている。背中からは数多の肉の翼が生え、その瞳には多分、魔王ルシファーから与えられただろう破滅の輝きが宿っていた。

 原作でもルシファーはそうした行動があったからで、あくまで俺の知識からの推測だが。


「見なさいこの力を。ルシファー様が、私にすべてを託してくださった。あなたの巨神も、その女たちも、すべて私の愛の中で溶かして、一つにしてあげるわ!」


 リリスが叫ぶと、空間そのものが色欲の波動に震え、巨神に向かって数千、数万の魔弾が放たれた。その一つ一つが、触れたものの因果を歪め、服従を強いる呪いの一撃。

 やはりルシファーのしわざか。多くのゲームプレイヤーを最も悩ませたのがルシファーだった。


「王女たち、回路を接続しろ。アリシア、セレーナ、お前たちは巨神の牙となれ」


「「「「「御意!!」」」」」


 巨神の中枢で、五人の女たちの魔力が増大する。

 エレナ、クラリス、フィオナの三人が、俺との同調率を極限まで高め、その生命力すらも魔力に変換して巨神の装甲へと流し込む。

 そして、アリシアの破壊とセレーナの断絶が、巨神の腕に宿った。


「理の管理者の権限、全稼働。世界よ、俺の意志に従え」


 巨神がその巨大な拳を振り下ろした。

 単なる物理攻撃ではない。リリスが書き換えた色欲の理を、上からさらに巨大な俺の理で押し潰す、概念の暴力だ。


 ズォォォォォォォン!!

 リリスの放った魔弾が、巨神の装甲に触れる前に消えていく。


「なに!? 私の、ルシファー様から授かった力が!?」


「リリス。お前の絶望が足りない。もっと俺を愉しませろ。お前のその愛とやらが、どれほど安いものか、俺が証明してやる」


 巨神の手の平が、リリスを包む山ごと掴みかかった。

 地鳴りが響き、大地が震え上がる。

 その時。俺の隣で鎖に繋がれていたカイルの身体が、突如として黄金の光に包まれた。


「何だ、これは、何」


『目覚めよ。偽りの王に支配されし光の器よ』


 空から響く、荘厳な声。それはこの世界のシステムそのもの、あるいは神と呼ばれる存在の、最後の抵抗のような悪あがきだった。

 カイルの瞳に光が戻り、彼の折れた聖剣が、俺の魔圧を跳ね除けて再生し始める。


「あ、そうだ。僕は、勇者だ。君を倒すために、僕はっ!」


 なるほど。リリスの崩壊によって生じた因果の隙間を突いて、神がカイルに強制バフをかけたか。実に原作に近くなった勇者らしい展開だな。

 俺は、カイルが聖剣を握りしめ、俺に向けて振り下ろそうとするのを、無造作に眺めていた。

 アリシアが即座にカイルを仕留めようと動いたが、俺はそれを手で止めた。


「待て、アリシア。ちょうどいい。リリスの戦いに、この偽りの希望も一緒に詰め込んでやろう」


 俺はカイルを冷たく見据え、彼が放とうとした聖剣の輝きを利用すると決めた。


「カイル。お前が神に選ばれたというのなら、俺はその神ごと、お前を絶望の底に沈めてやる。リリス。お前もだ。お前たちの因果が交差するこの場所でだ」


「リアムッ!!」


「リアム、ド・グラナードッ!!」


 魔女の呪詛と、勇者光が混ざり合い、北の山岳地帯が光に包まれる。

 巨神のコアが臨界点を超え、この世界の理が、俺という一人の男の手によって、決定的に崩壊か始まるのだ。

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