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第4話

第4話 断罪イベント、崩壊。伝説の魔法を指先一つで握りつぶす


 静けさがあった。あまりの静まりかえりように、自分の心臓の音さえ聞こえそうだった。

 数百人の視線が俺に突き刺さっている。そのどれもが、驚きと、困惑、正体不明の恐怖に満ちていた。気持ちはわかるよ。

 壇上に立つ原作主人公カイルは、手に持った糾弾状を震わせ、引きつった笑みを浮かべていた。どうしたカイル、俺を処刑するのだろ。やれるものならやってみな。


「な、何を、何を言っているんだ。リアム。貴様、その姿、怪しげな術でも使ったのか? 豚が痩せたところで、貴様が積み上げてきた悪行が消えるわけではないぞ!」


 カイルの声が上ずっている。無理もない。俺が放っている魔力は、この学園の教師どころか、王宮魔導師ですら太刀打ちできないレベルに達しているからな。本能が、彼に「こいつは危険だ」と警鐘を鳴らしているはずだ。そうだろ?


「悪行、か。確かに以前の俺ならそうだったかもな」


 俺はゆっくりと壇上への階段を登る。一歩ごとに、大理石の床がみしりと沈み込む。

 近衛騎士たちが慌てて剣を抜こうとしたが、俺がそちらを鋭く見ただけで、彼らの手は凍りついたように動かなくなった。威圧のスキル。レベル50の俺が放てば、並の騎士など指一本動かせなくなる。


「近寄るな、悪党!」


 主人公らしくないセリフだな。カイルが叫び、腰の聖剣を抜いた。剣先は、恐怖でわずかに震えているのが見える。


「忘れたとは言わせないぞ! 貴様がこの学園で、国で積み上げてきた醜い罪の数々を!」


 カイルは周囲に聞こえよがしに、俺の過去をぶちまけ始めた。


「平民出身の女子生徒を無理やり屋敷に連れ込み、泣いて嫌がる彼女の目の前で、親が必死に育てた畑を金に物を言わせて買い叩き、更地にした! そのショックで彼女の父親は寝込み、一家は路頭に迷ったんだ!」


 ほう、そんなこともしてたのか。原作の設定通りとはいえ、なかなかのクズっぷりだ。


「それだけじゃない! 貴様は魔導具の実験と称して、後輩の生徒たちに呪いの呪縛をかけ、無理やり奴隷のように扱っていた! 逆らう者がいれば、公爵家の権力を使ってその実家を破産に追い込む。貴様のせいで、どれだけの未来ある若者が夢を絶たれたと思っているんだ!」


 会場のあちこちから、「そうだ!」「あいつのせいで私の兄も」と、押し殺したような恨みの声がちらちら聞こえてくる。確かに酷いな。


「何より許せないのは、アリシア様への仕打ちだ! 婚約者の地位を盾にして、彼女が大切にしていた聖母の形見を豚に真珠だと笑いながら目の前で叩き割り、その破片をドブに捨てた! 貴様には、人の心というものがないのか!」


 カイルは顔を真っ赤にして、涙ながらに糾弾を続ける。


「そんな貴様が、今さら姿を変えたところで何になる! その力も、どうせどこかの遺跡から盗み出した禁忌の力か、誰かの犠牲の上に成り立つ呪われた魔力なんだろう! 貴様のような腐った悪役は、今この場で、僕が、そして正義が裁かなければならないんだ!」


 カイルの叫びは、まさに正義の味方のそれだった。めっちゃ正しいな。俺も普通にそう思うからな。会場にいる全員が、彼の言葉に深く頷いている。この世界では彼らにとって、俺はただの痩せただけの悪魔に過ぎないのだ。


「なるほど。確かに、そいつはひどい男だな」


 俺は冷めた声で応えた。過去のリアムが犯した罪を否定するつもりはない。今の俺にとってそんな話はどうでもいいことだ。俺が生き残れるかどうかが大事なんだよ。


「だがカイル。一つだけ教えてやる」


 俺はさらに一歩、逃げ出そうとするカイルとの距離を詰める。


「正義だの、心だの、そんなふわついた言葉で俺が止まると思っているなら、お前のその正義は、あまりに軽すぎる」


「俺をどうする?」


「アリシア様を、僕の婚約者を、貴様のような汚らわしい男に渡すわけにはいかない!」


 婚約者、か。原作では、ここで俺がアリシアにすがりつき、見苦しく命ごいをするんだったな。そしてカイルが彼女を抱き寄せ、俺をゴミのように見捨てて幕を閉じる。

 俺はアリシアを見た。彼女は、俺とカイルの間に立ち、呆然と俺を見つめていた。瞳に映っているのは、軽蔑ではなく、もっと別の、熱を帯びた何かのように見えたが、今の俺にはどうでもいいことだ。


「カイル、お前は一つ勘違いをしている」


 俺は主人公カイルの目の前で立ち止まった。


「俺はアリシアをどうこうしに来たんじゃない。ただ、この茶番が邪魔なだけだ」


「茶番だと!? よくも僕たちの正義を!」


 カイルが激しく怒り、聖剣を抜いた。


「受けてみろ! グラナード公爵家秘伝にして、光の断罪魔法ホーリー・ジャッジメントだあああああ!」


 会場が光に包まれた。

 周囲の生徒たちから「ああっ!」と悲鳴が上がる。

 直撃すれば家の一軒や二軒は容易に消し飛ぶ、序盤のイベントとしては最大級の攻撃魔法だ。

 俺の目には、その光が止まって見えた。魔力が足りない。構成が甘い。ゲームの知識があれば、その魔法の核がどこにあるか一目でわかる。

 俺は、無造作に右手を伸ばした。


「なっ、何!!!!!」


 カイルが目を見開く。俺が迫りくる巨大な光を素手で、直接掴み取った。

 バチバチと火花が散るが、レベル50の俺の皮膚には、熱さすら感じない。


「う、う、う、嘘だあああああああああああああああ。聖剣の魔法を、手掴みで!?」


「威勢がいいわりには、中身がスカスカだな。こんな魔法、こうすれば終わりだ」


 俺が右手に力を込めると、カイルが放った全力の光球は、まるでガラス細工のように、パリンと音を立てて砕け散った。

 光の破片がキラキラと会場に降り注ぐ。あまりに圧倒的な力の差がある。

 もはや、ここには正義も悪もない。あるのは圧倒的な強者とそれに震える弱者という、残酷な事実だけだった。悪いな、俺はちょっと裏道で規格外になったんだよ。


「ひっ、ああ、ああああああああああああああああ」


 カイルが腰を抜かし、尻もちをつく。聖剣がガランと音を立てて床に転がった。俺はそんな彼に興味を失い、隣で震えているアリシアに目を向けた。


「アリシア。婚約破棄の件、承諾する。糾弾状も、勝手に王家に提出してくれ。俺はもう、この国には戻らない」


 俺の目的は、この後に待ち受ける世界崩壊フラグをへし折るための修行に出ることだ。そして俺自身も生き残ることが最重要な課題だ。

 こんな小さな学園で、誰がいじめただの、誰が好きだの、そんな低レベルな遊びに付き合っている暇はない。


「あ、待って、ください。リアム、様」


 アリシアが震える声で俺の服の裾を掴んだ。


「その、お姿、そして、今の力。あなたは、本当に、あのリアム様、なのですか?」


 彼女の頬が赤く染まっている。ゲーム原作では、俺をゴミを見るような目で見ていたはずのヒロインが、今は熱烈なまでの瞳で俺を見上げている。

 なんだ、この展開、この顔は。ゲーム原作が壊れたのは魔法だけじゃなかったらしい。


「俺はリアムだ。お前たちの知っている醜い最低の豚公爵はもういない」


 俺は彼女の手を冷たく振り払い、背を向けた。


「おい、カイル。処刑でも暗殺でも、やりたければ追っ手を差し向けてこい。ただし次に来る時は、死ぬ覚悟をしておけよ」


 俺はホールの大扉に向かって歩き出す。今度は誰も、俺を止めようとする者はいなかった。

 騎士たちは道を開け、貴族たちは息を呑んで俺を見送る。

 背後から、アリシアが「行かないで!」と叫ぶ声が聞こえた気がしたが、俺は一度も振り返らなかった。

 会場を出ると、夜空には満月が浮かんでいた。

 ここからが、本当のゲームの始まりだ。

 国外追放? 結構なことじゃないか。

 世界中に点在する隠しダンジョンを、俺の原作知識ですべて食い尽くしてやる。


「まずは、隣国の森にある古の賢者の塔か。あそこの最上階には、経験値をさらに底上げするアイテムがあったはずだ」


 俺は闇の中に消えるように、学園を後にした。

 死亡フラグを蹂躙し、ゲーム原作を粉砕し、俺は俺だけの最強を掴み取る。

 悪役貴族のやり直しは、まだ始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
こういうレベル上げ系は大好きなので 心底爽快でワクワクします(っ ॑꒳ ॑c)
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