第3話
第3話 蹂躙へのカウントダウン
隠しダンジョンから地上へと戻った俺は、ひんやりとした夜風を全身に受けながら、学園のメインホールへと足を向けていた。
夜の空気は静かで、昼間の騒ぎが嘘のようだ。俺の内側では魔力が絶え間なく循環し、静けさとは正反対の熱を生み出している。
一時間前まで、俺の体を覆っていた醜悪な脂肪の塊は完全に消え去っていた。最初よりも全然軽いな。
レベル50に到達したことで解放された魔力の流れが、不要な肉を内側から焼き尽くし、骨格と筋肉を理想的な形へと作り替えたのだ。
自分の手を見る。引き締まった指。血管の浮いた手の甲。握れば、何かを砕けると確信できる感触。
指先をわずかに動かしただけで、空気が裂けるような錯覚すら覚える。
「別人だな、本当に」
思わず漏れた独り言には、驚きと納得が混じっていた。あの鏡に映っていた最低最悪の豚公爵は、もうどこにもいない。
今ここを歩いているのは、圧倒的な力を得たリアム・ド・グラナードだ。
「さて、と。そろそろ悪役の出番かな」
そう呟きながら、俺は立ち止まった。目の前には、豪華な装飾が施された巨大な大扉が見える。王立魔導学園のメインホールだ。
扉の向こうからは、優雅な音楽が流れ、大勢の貴族や生徒たちの楽しげな話し声が聞こえてくる。
卒業祝賀パーティーにふさわしい、華やかな空気だろう。俺を醜い豚と待っている連中がいる。俺の感覚は騙されない。
空気の奥底には、はっきりとした悪意がある。俺を引きずり下ろし、断罪し、 笑うために集まった視線と感情だ。
高まった魔力感知が、それを明確に伝えた。扉の向こうでは今頃、原作主人公のカイルが、聖女アリシアの隣に立っているはずだ。
正義感に満ちた表情で、観衆の期待を一身に背負いながら。
そして、俺が現れた瞬間に証拠を突きつけ、悪役貴族リアムを追放する。
そんな筋書きを、疑いもなく信じているのだろう。
「悪いな」
俺は静かに言った。破滅のシナリオを捻じ曲げてやろう。
「その台本、今から俺がズタズタに引き裂いてやる」
口角が自然と吊り上がる。もはや、以前の俺のように惨めに扉を叩いて入れてもらう必要はない。
醜く、弱く、見下される存在は、すでに過去のものだ。
「さあ、祝祭の始まりだ」
次の瞬間。
ドォォォォン!!
魔力を込めた両手で、俺は大扉を力任せに押し開けた。文字通り、蹴破るような勢いだった。
凄まじい衝撃波がホール全体を駆け抜け、流れていた音楽は、金属が引き裂かれるような音を立てて止まる。
「な、なんだ!? 何事だ!」
「誰だあいつは!」
「乱入者か! 近衛騎士、構えろ!」
一瞬で会場が騒然となった。びびったか?
数百人の貴族、生徒、関係者たちが、入り口へと一斉に視線を向ける。
驚き、困惑、怒り。さまざまな感情が渦巻く、その視線の先、視線の中心で、俺は立っていた。
コツ、コツ。靴音だけが、静まり返りつつあるホールに響く。一歩踏み出すごとに、俺の体から漏れ出す濃密な魔力が、空間そのものを塗り替えていく。無言になった。呼吸が重くなり、理由も分からぬ圧迫感が人々を襲う。
最前列にいた生徒たちが、顔を青くしながら、無意識のうちに道を開けた。
壇上に立つ主人公カイルが、明らかに動揺した表情で声を張り上げる。俺が誰かわかるかな?
「誰だお前は、無礼者め!」
俺は歩みを止め、視線を向けた。
「リアム・ド・グラナードだよ」
一瞬の沈黙。
「リ、リアム・ド・グラナードだと!? その姿、一体どうしたというんだ!」
声が上ずっている。隣に立つヒロインの聖女アリシアも、宝石のような瞳を大きく見開き、言葉を失っていた。
無理もない。つい先ほどまで、醜い豚として見下していた男が、伝説の強者のような威圧感で現れたのだから。信じられないよな。
俺は壇上のすぐ下まで歩み寄ると、腰に手を当て、カイルを見上げた。視線は、自然と見下ろす形になる。
今の俺にとって、レベル40そこそこの原作主人公は、訓練中の子供と大差ないのだ。
「おい、カイル」
軽い口調で声をかける。
「その手に持っているのは、俺を追い出すための糾弾状か?」
「なっ! 貴様、自分が何をしたか分かっているのか! 数々の悪行、そして王家への不敬! 今ここで、お前を追放することを宣言する!」
「話が長い」
俺は冷たく言い放った。一言で、周囲の空気が一気に凍りつく。魔力の圧が、無意識のうちに漏れ出していた。
今の俺には、こいつらの茶番に付き合う暇などない。レベル50は、ただの通過点だからな。
この世界には、いずれ世界そのものを滅ぼす真の災厄が現れる。厄災を知っている俺は、もっと効率よく、もっと冷酷に、強くなり続けなければならない。
俺は会場全体を見渡し、最後にカイルへと不敵な笑みを向けた。
「待たせたな。処刑だか追放だか知らんが、手短に終わらせてくれ」
一歩、前へ。
「俺は次のダンジョンへ行かなきゃならないんでね」
蹂躙へのカウントダウンは、すでに始まっているのだった。




