第2話
第2話 一時間でレベル50。
俺は豪華な自室を飛び出し、学園の敷地を全力で駆け抜けた。全ては生き残るために。
目的地は、人通りのほとんどない学園の隅へ。
旧校舎のさらに裏手。生徒たちから完全に忘れ去られた場所に来た。疲れるわ。ヤバいな。
「はぁっ、はぁ、っ!」
重い。
とにかく体が重い。脚を動かすたびに、脂肪が揺れる感覚がはっきりわかる。
息はすぐに切れ、肺が焼けるように痛む。
「くそ、体力40の豚を、全力疾走させるな!」
脂汗が滝のように流れ落ちる。想像以上にキツイ。今の俺は、間違いなく世界最弱クラスと言えた。キツいけど急ぐ理由がある。
目指すのは、ゴミ捨て場に隣接した、誰も使わなくなった女子便所の裏。崩れかけた外壁が、その目印だ。
「あったな」
一見すれば、ただのボロ壁である。落書きすらされない、価値ゼロの場所でも、俺は知っている。ここが、ゲームのエターナル・ラビリンスにおいて、開発者が消し忘れた最大級の隠し通路だということを。
「まさか、こんな序盤で来る奴がいるとは、想定してなかっただろうな」
俺は壁の前に立ち、震える指で特定のレンガを探す。そして三回、軽く叩いた。続けて、ゲーム終盤でしか明かされないはずの古代語の呪文を口にする。
「開け、空虚なる門」
一瞬の静けさ。次の瞬間、壁が音もなく波打ち、
まるで霧が溶けるように、闇の穴が口を開けた。
「よし」
誰かに見られていないか一応確認し、俺は迷うことなく、その闇の中へと身を進めた。
◇
階段は、異様なほど長く、暗かった。明かりもない。足音だけが、虚しく反響する。ゲームと現実の違いか。
やがて辿り着いたのは、
埃にまみれた、古代の祭壇。ここだな。
「あった」
俺の視線は、一直線にそこへ吸い寄せられる。本来なら、ラストダンジョンのさらに隠し部屋。クリア後のやり込み要素でしか手に入らないはずの代物である。
「叡智の首飾り、そして」
祭壇の上に置かれた、古びた魔法の巻物。
「終焉の雷のスクロール」
これを見た瞬間、思わず笑みが漏れた。やった!
「はい、勝ち確定」
首飾りを手に取り、首にかけた瞬間。頭の中が、スッと澄み渡る感覚に。視界がクリアになり、思考が異常なほど冴え渡る。
「これが獲得経験値100倍」
単純だが、狂っている効果だ。序盤で持っていい性能じゃないだろう。さらにスクロールがある。使い切りとはいえ、どんな敵でも一撃で焼き払う古代最上位魔法。
「よし準備完了だ」
ここからは、遠慮なしで行こう。
「効率重視で、蹂躙する」
俺は祭壇の奥、隠しダンジョンの本域へと足を踏み入れた。さあ、魔物の狩りを開始しよう。
◇
空気が違う。一歩進むだけで、肌がヒリつくような圧を感じる。視界の先には、恐ろしい魔力の魔物たちがいた。
平均レベル80超え。
本来なら、レベル1が足を踏み入れた瞬間、即死亡エリアのはず。
「普通なら、な」
最初に現れたのは、錆びた剣を握るスケルトン・ナイト。
「懐かしいな。お前たち」
俺は、こいつらの欠陥を完璧に覚えている。原作知識のある俺ならやれる。
「右斜め後ろ。そこが、完全な死角だ」
スクロールの魔力を指先に集束させ、一瞬で距離を詰める。骨が弾け飛び、スケルトンは跡形もなく消えた。
『レベルが1から10に上がりました』
「おお?」
体が、熱い。次の敵、さらに次の敵。倒すたびに、レベルが跳ね上がる。
『レベルが10から25に上がりました』
「ははっ、やばいな、これ!」
ゲームをしていたのを思い出す。全身を駆け巡る魔力。内側から、作り替えられていく感覚に満足する。
レベルアップのたび、俺の醜い脂肪が、燃料として削ぎ落とされていくのが実感できる。
三段腹が消え、脚は引き締まり、鈍かった動きが、嘘みたいに軽くなる。
「最高かよ」
そして最深部へ来た。巨大な鉄の守護者。アイアン・ゴーレムが現れる。
騎士団総出でも勝てない、理不尽の塊だったな。
「でもな」
俺は、ニヤリと笑う。
「お前、致命的なバグがあるんだよ」
ゲームをやり込んだ俺には原作知識がある。ゴーレムの突進を、わざと正面から受け止め、特定の位置へ誘導するという知識が。
「そのタイル、奈落判定なんだよな」
次の瞬間、無敵のはずのゴーレムは、床をすり抜け底へと消えた。
戦闘時間、ゼロ。
『ボス撃破ボーナスを獲得しました』
『レベルが45から50に上がりました』
光が、俺を包み込む。
◇
一時間前。鏡に映っていた、吐き気を催すほど醜い豚公爵の姿は、もうない。
鏡に立っていたのは、研ぎ澄まされた肉体。鋭く、冷たい眼光のリアムに。一人の、美しい青年だな。
「レベル50か」
これなら。
「卒業パーティーにいる全員が束になっても、俺には勝てないよな」
俺は手に入れた伝説級の魔導書を懐に収め、ダンジョンを後にした。外へ出ると、すでに夕暮れだった。
俺の断罪パーティーの時間は、もうすぐだ。俺を嘲笑い、豚の最期を期待している連中が待っている。
「どんな顔をするんだろうな」
想像しただけで、笑いが込み上げてくる。
「待たせたな」
溢れ出す魔力をマントで隠し、俺は華やかなパーティー会場の扉に手をかけた。
誰もが豚公爵の醜態を待ち望む中、現れるのは、別人のように生まれ変わったリアム・ド・グラナード。
主人公カイル?
断罪?
「鼻で笑ってやるよ」
圧倒的な力で、この舞台ごと支配してやるからな。




