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第1話

第1話 詰みゲーの悪役貴族


 割れるような頭痛。それが、俺、リアム・ド・グラナードの、新しい人生の始まりだった。


「いっ、痛てぇ。なんだよ、これ」


 うううと、痛みから声を漏らし、ゆっくりとまぶたを開く。次の瞬間、視界に飛び込んできた光景に、俺は言葉を失った。

 天蓋付きの巨大なベッド。金の装飾が施された柱。壁一面にかけられた高級そうな絵画や美術品。

 どれもが一目で金持ちの部屋だとわかるほど高価だろうな。印象はすぐに裏切られていく。

 床には空になった酒瓶。食べかけの肉料理の皿。甘ったるい香水と酒の匂いが混ざり合い、鼻を突く。なにこれ? あまりにも酷い部屋の使い方だな。


「ひでぇ部屋だな」


 まるで、欲望のままに荒らされた巣穴だった。ここが本当に人の寝室だとは思いたくない。

 俺はベッドから起き上がろうとし、そこで自分の身体に強烈な違和感を覚えた。お、お、重いっす。


「重い?」


 いや、そんな生易しいものじゃない。まるで全身に鉛を仕込まれたように、体が言うことを聞かないのだ。

 腹に力を入れて起き上がろうとするが、腹のぜい肉が邪魔をする。息が上がり、喉が鳴る。


「な、なんだよこの体」


 必死に体を引きずるようにして、部屋の奥、壁にかけられた等身大の鏡の前まで這っていく。鏡に映った自分を見た瞬間、思考が完全に停止した。嘘だろ?


「は?」


 そこにいたのは、俺じゃない。脂ぎった肌。三段に折り重なった顎。だらしなく垂れ下がった頬と腹。

 高級そうなシルクの寝巻きは、今にもはち切れそうに膨れ上がり、見るも無惨な姿を晒している。豚じゃんか。本当に俺なのか!


「誰だよ、この豚」


 声に出した瞬間、声すらも理解できなかった。低く、濁っていて、不快な響きである。次の瞬間だった。どくん、と頭の奥が脈打つ。

 視界が揺れ、意識の奥に、洪水のような記憶が流れ込んでくる。

 貴族社会。王立魔導学園。魔法と剣の世界。そして一つの、あまりにも見覚えのある物語が。これは、あれか?


「まさか」


 俺は、前世でやり込んだファンタジーRPGエターナル・ラビリンスの世界にいると思った。俺の今の身体の持ち主は、


「リアム・ド・グラナード?」


 口にした瞬間、全てが繋がった。グラナード公爵家の長男である。権力を笠に着てやりたい放題。学園では嫌われ者中の嫌われ者のキャラだ。

 ゲーム物語序盤で、主人公に成敗されるためだけに存在する、最低最悪の悪役貴族のキャラクターに俺はなった。

 通称、豚公爵。


「嘘だろ。よりによって、こいつかよ!」


 叫んだ声が、部屋に虚しく響く。

 リアム・ド・グラナード。学園の女子生徒に手を出し、平民出身の主人公カイルを執拗にいじめ抜き、挙句の果てに横領と殺人未遂の罪まで着せられるシナリオ。結末は破滅する奴に俺は転生したようだ。問題はそこじゃない。


「今だ。今が、いつなのかが問題だ」


 必死に記憶を整理し、部屋を見回す。すると、床に投げ捨てられた一枚の封筒が目に入った。嫌な予感を覚えながら、封筒を拾い上げる。

 封筒に記されていた文字を見た瞬間、全身から血の気が引いた。


 王立魔導学園・卒業祝賀パーティー。

 日付は今日だった。今日卒業式か。


「終わった」


 なぜかと言うとパーティーは、リアムの処刑場になるから。

 全校生徒の前で悪行を暴かれ、婚約者であるアリシアから婚約破棄を突きつけられ、王太子の裁定によって国外追放。

 領地へ送られる途中、彼を恨む者に刺されて死亡という絶望が待っている。それが、この男に用意された、確定した死のシナリオというゲームだ。


「笑えねぇぞ。あと数時間で、人生終了かよ」


 額から冷や汗が伝い落ちる。鏡の中の豚のリアムは、情けなく顔を歪めていた。

 時計を見る。パーティー開始まで、残り三時間もない。

 今から謝るか?

 王太子や聖女に土下座でもするか?

 許してもらえるかと考える。無理だ。これまでのリアムの行いが、すべてを物語っている。許せるレベルじゃない男だろう。

 逃げる?それもダメだ。公爵家の名のもとに追っ手が差し向けられ、罪はさらに重くなる展開だ。


「待てよ」


 ふと、ある可能性が頭をよぎる。


「ここはエタラビの世界、なんだよな?」


 震える手で、指を空中に滑らせる。すると、半透明のパネルが浮かび上がった。


名前:リアム・ド・グラナード


レベル:1

体力:40

魔力:500


潜在能力は高いが、使いこなせていない

スキル:なし

称号:無能な豚、悪役貴族




「レベル1か」


 当然だ。努力も鍛錬も、こいつは一切やってこなかった。このまま卒業パーティーに出れば、レベル40超えの主人公カイルと近衛騎士に囲まれて、即終了となる。俺は知っている。このゲームになあることが存在する。開発者すら忘れていた裏道があるのだ。


「やるしかねぇな」


 選択肢は、一つしかない。このまま卒業したら俺は死亡シナリオだけど死亡シナリオを逃れる方法がある。俺は部屋から唯一使えそうなマントを掴み取った。本来のリアムなら絶対に近づかない場所へと向かう。

 学園寮の地下。ゴミ捨て場の奥。誰も近づかない、行き止まりに来た。そこには、全プレイヤーの1%も知らない隠しダンジョンが存在するのを俺だけが知っている。原作知識があるからな。

 獲得経験値は通常の100倍。レベル1でも、ハメ技さえ使えば攻略可能な、バグのような場所。


「シナリオ通りなら、俺は死ぬ」


 ならば、


「ぶち壊してやる」


 ドタドタと重い体を揺らしながら、廊下を走る。すれ違う生徒たちの嘲笑が耳に入る。


「豚が走ってるぞ」


「何事だ?」


 黙れ、構うものか。

 数時間後、俺は生贄として晒される存在じゃない。

 最低の豚が、最強になって帰ってくるからな。


「見てろよ」


 悪役の、本当の逆襲はここから始まる。

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