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第34話 甘美な食卓



 電池工場などという物騒な例えは、あくまで魔力運用上の話だ。

 実際のところ、リアムの館に集められた各国の王女や聖女たちは、今、かつてないほどの困惑と、そして多幸感の中にいた。


「さあ、皆様。ぼさっとしていないで、こちらへ。リアム様がお召し上がりになる前に、ダイニングのセッティングを済ませますわよ」


 アリシアが、鼻歌混じりにエプロンを締め直す。

 王国の末姫エレナ、聖王国の聖女クラリス、帝国の第一皇女フィオナ。大陸の至宝と言われる彼女たちは、今、エプロン姿でサラダを盛り付けたり、カトラリー食器を磨いたりしていた。


「あ、あのアリシア様。私たちは、リアム様に生贄として捧げられたのでは?」


 エレナがおずおずと尋ねると、アリシアは満面の笑みで振り返った。


「ええ、そうですわ。貴女たちの魔力、血筋、若さ、そのすべてはリアム様の所有物です。ですが、リアム様は心の広いお方。所有物を粗末に扱うような野蛮なことはなさいませんわ。最高級の愛のしつけを注いで、世界で一番幸せな電池にしてくださるのです。感謝しなさい」


「そ、そう、なのですか?」


 王女たちは顔を見合わせた。確かに、案内された個室は自国の王宮よりも豪華で、用意された服は魔力伝導率を極限まで高めたシルクのドレス。そして何より、館を満たす俺の圧倒的かつ心地よい魔圧に当てられ、彼女たちの脳内では、この人に尽くすのが生存戦略として正解だという本能が、ドーパミンのように溢れ出していると思う。


「主。メインディッシュの仕上げ、完了いたしました」


 厨房から、いつものメイド服に白い割烹着を重ねたセレーナが現れる。

 彼女の手にあるのは、最高級のA5ランク魔獣肉を、俺の魔力で熟成させた特製ステーキ。さらにアリシアが闇の魔力をスパイスとして振りかけ、旨味を次元レベルで固定したという、禁断の一皿だ。


「よし。では、始めようか」


 俺がダイニングの中央の席に座ると、左右に控えていた王女たちが、競うように給仕を開始した。


「リアム様! こちら、私が盛り付けた特製サラダですわ! 召し上がってください!」


「閣下、こちらのスープは私がっ、その、温度を魔法で完璧に調整いたしました!」


 昨日まで絶望の淵にいたはずの王女たちが、今や俺の関心を引こうと必死になっている。アリシアとセレーナによる教育、主にリアム様の素晴らしさを語る会、が予想以上に効果的だったらしい。


「ふむ。悪くない」


 俺はまず、セレーナが焼き上げた肉を口に運んだ。舌の上で爆発するような肉汁の流れ。セレーナの精密な火入れと、アリシアの魔力触媒が完璧に調和している。


「美味いな。セレーナ、腕を上げたか?」


「主のお言葉、何よりの賞賛です。貴方様の細胞一つ一つが喜ぶよう、構成成分を微調整いたしました」


 セレーナが頬を微かに染め、影の中で糸を嬉しそうに震わせる。


「リアム様、こちらのアリシア特製シチューもいかが? 貴方様への愛を煮詰めて、物理的な魔力結晶にまで昇華させましたの。さあ、あーんしてくださる?」


 アリシアが、とろけるような笑顔でスプーンを差し出してくる。

 俺はそれを受け入れ、濃厚なシチューを味わった。一口ごとに魔力が全身に浸透し、巨神アバターとのリンクがさらに強固になるのを感じる。


「これだけの魔力供給があれば、巨神の出力も常時120%を維持できるな。王女たち、お前たちの働きも評価してやろう」


「「は、はいっ!!」」


 王女たちが、頬を赤らめて声を揃える。

 彼女たちにとって、リアムに褒められることは、もはや国家の繁栄よりも重要な価値基準となっていた。魔力リソースを吸い取られているはずなのに、彼女たちの肌は艶を増し、瞳には活力が宿っている。


 面白いものだ。生存本能が極限まで俺に依存した結果、彼女たちの精神は完全に最適化されたわけか。

 賑やかで、どこか浮世離れした食事が進む中、王女の一人、フィオナが恥ずかしそうに口を開いた。


「あの、リアム閣下。私、今まで自分が帝国を背負う道具だと思って生きてきました。でも、ここで皆様とお料理を作ったり、閣下にお仕えしたりしていると、なんだか生まれて初めて自分を認められたような気がしてきます」


「勝手な解釈だな。フィオナは俺の道具だ。だが、俺は自分の道具を愛でるタイプでな。錆びつかせるような真似はさせん」


 俺がワインを傾けながら無造作に言うと、フィオナは感極まったように目に涙を浮かべた。


「はいっ! どこまでもお供いたします!」


 そんな幸福な光景の片隅で、首輪を付けられたカイルだけが、支給されたパンの耳をかじりながら、ガタガタと震えていた。


「おかしい。なんでみんな、笑ってるんだ。ここは地獄のはずなのに、なんでこんなに温かいんだよぉっ!」


 カイルの正論は、和気あいあいとしたハーレムの空気にかき消されていく。

 アリシアとセレーナの手料理、そして献身的な王女たちの奉仕。

 電池工場は、外側から見れば恐怖の対象だが、内側から見れば世界で最も甘く、安全な聖域へと変ぼうを遂げていた。


「さて。食後のデザートは、巨神の魔力回路の最終調整だ。アリシア、王女たちを連れてこい。少し、濃密な魔力の共鳴をしてやる」


「「「はい、リアム様(閣下)!!」」」


 王女たちの歓喜の返声が、夜の館に響き渡った。

 悪役貴族の俺の覇道は、美しき王女たちを幸せな共犯者へと変え、さらなる高みへと加速していきそうだ。

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