31話
第31話 全権の掌握
神罰の回廊の最深部。そこは物理的な場所というより、世界の法則が剥き出しになった概念の掃き溜めだった。
紫黒色の稲妻が走る虚空の先に、それはあった。
無数の光の筋が複雑に絡み合い、巨大な樹木のようにそびえ立つ魔力構造体。この世界の全人類が天職やスキルを得るための根源。世界樹のシステム・コアだ。
「これか。神がこの世界の住人を管理するために植え付けた、家畜の焼印の出所は」
俺は不撓不屈の法衣を翻し、その光の樹を見上げた。
真理の速読が、かつてないほどの熱量でページをめくり、目の前の膨大な情報を解析していく。
「り、リアム、何をするつもりだ。そこは、人が触れていい場所じゃないっ!」
後ろで這いつくばるカイルが、かすれた声で警告する。回廊の試練でボロボロになったカイルは、首に嵌められた隷属の首輪を握りしめ、恐怖に瞳を揺らしていた。
カイルにとって、この光の樹は信仰の象徴であり、正義の源泉なのだろう。だが、俺の目には、単なる欠陥だらけの管理プログラムにしか見えなかった。
「静かにしていろ、カイル。お前のその聖剣適性も、結局はこのシステムが許可した権限に過ぎない。俺は今日、その権限の主、マスターを書き換える」
「リアム様、お手伝いが必要でしょうか? この忌々しい光の枝、私が根こそぎ闇で染め上げて差し上げますわ」
アリシアが、狂気的な期待を込めて俺の腕を掴む。彼女の闇は、既にこの世界の聖なる理を侵食し始めていた。
「主。周囲の因果を固定しました。外敵の干渉は一切許しません」
セレーナが虚無の糸を空間に張り巡らせ、世界の修正プログラムが俺を排除しに来るのを未然に防いでいる。
「よし。ハックを開始する」
俺は右手を光の樹に触れさせた。
その瞬間、脳内に全人類のステータスが洪水のように流れ込んでくる。
王都で怯える王たちのスキル、辺境で戦う兵士たちのレベル、そして今、目の前で震えているカイルの全能力。
『警告:不正アクセスを検知。神の代理人によるパージを実行します』
システムが無機質な警告を発し、俺の精神を焼き切ろうと膨大な聖属性の魔力を叩きつけてくる。だが、レベル120を超え、さらに神罰を喰らう者の称号を得た俺にとって、それは心地よい刺激に過ぎなかった。
「観測者の干渉。プロトコルの強制書き換え。ユーザー権限を神からリアム・ド・グラナードへ変更しろ」
俺の指先から漆黒の魔力が溢れ出し、光の樹を侵食していく。
真理の速読で見つけ出した脆弱性。神が人間に与えた自由意志という名のバグ。そこを突いて、俺はシステムの深層へと潜り込んだ。
「さて、まずは不平等な税制を導入するとしようか」
俺はシステム内の経験値分配率の項目を、強制的に改竄した。
「これからは、この世界の住人が獲得する経験値の50%は、自動的に俺の元へ徴収される」
「あああっ!? が、あああぁぁぁ!!」
背後でカイルが絶叫を上げた。
彼の身体から、黄金色の光が粒子となって抜け出し、俺の右手に吸い込まれていく。
「な、なんだ力が、僕の、勇者のスキルが消えていくっ!?」
「お前の聖剣の極意、それに光の加護か。無駄に高品質なリソースだな。返却してもらうぞ、カイル。それはお前の力ではなく、この世界から貸し出されていただけのものだ」
カイルはガタガタと震え、ついには自身のスキルを完全に剥奪され、レベル1のただの人間」へと退化した。いや、退化しただけではない。彼の存在そのものが、俺を維持するための魔力ポーションへと書き換えられたのだ。
それだけではない。
今、この瞬間、世界中のリアムに反旗を翻した者たちから、次々と力が失われていく。
帝国の将軍たちが、魔法の詠唱を忘れ、王国の騎士たちが、剣を握る筋力を失う。
彼らが積み上げてきた努力も、神から与えられた天賦の才も、すべては俺という絶対者の資産として一元管理されることになった。
「ああ、リアム様、素晴らしいですわ! 世界中の人々の魂が、貴方様の下僕として登録されていく。これで、貴方様を敬わない不届き者は、息をすることさえ貴方様の許可が必要になりますわね!」
アリシアが絶頂に達したような声を上げ、光の樹に寄り添う。
彼女のステータスもまた、俺の管理下で聖女からリアムのアバターへと再定義され、その限界突破を加速させていた。
「主。大陸全土の魔力ログを解析。反抗の意志を持つ個体、計4万2千。すべて、スキルの永久封印を完了いたしました」
セレーナが淡々と報告する。彼女はシステムを通じて、大陸中の敵を遠隔で去勢したのだ。
『システム・ジャック完了。全管理権限を継承。新たな理、リアム・システムを起動します』
光の樹は、今や禍々しい漆黒の輝きを放つ虚無の樹へと変貌していた。
俺は右手を離し、溢れる万能感に酔いしれた。
「これが、真の支配か」
レベルを上げる必要すら、もうなくなった。
世界が動けば、勝手に俺に経験値が入る。
世界が戦えば、俺はさらに強くなる。
俺はもはや、この世界の住民ではなく、この世界というゲームをプレイする唯一のプレイヤーとなったのだ。
「リアム。君は、君は本当に悪魔だ」
魔力を吸い取られ、痩せ細ったカイルが地面に顔を伏せて言った。
「悪魔? 違うな、カイル。俺は、お前たちが勝手に作り上げた神の不備を直してやっただけだ。お前たちは、もう何かに怯える必要はない。ただ、俺の私有物として、俺の平穏のために役立てばいいんだ」
俺は空を見上げた。
システムの最深部から見えた神の視線。
自分たちが作った世界を、一人の俺に奪われたその怒りと戦慄を感じる。
「さて、次は魔王軍だ。あいつらの持つ大罪のスキルも、元を正せばこのシステムから派生したもの。俺の許可なく、大罪の権能など使わせはしない」
俺は、無力化したカイルを引きずりながら、回廊を後にした。
背後に残された漆黒の樹は、これから始まる俺の絶対支配を宣言するように、王都の空まで届くほどの黒い光を放ち続けていた。
大陸全土の人間が、同時に感じた違和感。自由という名の放任が終わっ
たという、冷徹な通知になるな。
「さあ、ルシファー。お前の傲慢、俺がシステム権限でバンしてやるよ」




