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30話

第30話 無価値な勇者



 大陸南部、灼熱の砂漠のさらに果て。空がひび割れたように不気味な紫色の雷鳴を轟かせる場所がある。そこが、神がこの世界を創造する過程で切り捨てた失敗作たちの廃棄場。神罰の回廊だ。

 空気は鉛のように重く、吸い込むだけで肺が焼けるような神罰の残りが漂っている。


「ひっ、う、うあぁっ!」


 俺の数歩後ろで、情けない悲鳴を上げながら地面に這いつくばっている男がいる。

 かつての光の勇者、カイル・フォン・ベルトランだ。

 学園での自爆未遂を経て、セレーナに魔力回路をズタズタに書き換えられた彼は、今や俺の家畜以下の存在として、首に隷属の首輪を嵌められていた。


「立て、カイル。ここがお前の修行場だと言ったはずだぞ」


「無理だリアム、正気かよ! ここは、伝説の英雄だって足を踏み入れない禁忌のっ」


「だから連れてきたんだ。お前のその腐り果てた正義が、この絶望の中でどれだけ通用するか、俺に見せてくれ」


 俺が冷たく言い放つと、カイルはガタガタと震えながら、折れた聖剣を杖代わりにして立ち上がった。

 原作知識によれば、この神罰の回廊は、終盤に主人公カイルが真の聖剣を覚醒させるためのイベントスポットの一つだ。だが、それはあくまで仲間の愛や希望があった場合の話。今のカイルにあるのは、俺への恐怖と、過去の栄光への未練だけだ。

 俺が原作と違うルートに捻じ曲げたからカイルの存在が大きく変更になったのは仕方ないのか。しかしそれでも主人公の設定はあるだろうから、王国からは期待されてはいる。


「リアム様、あのような出来損ないをわざわざ連れてくる必要がありましたの? 貴方様の貴重な視界に、あのゴミが映るだけでも不快ですわ」


 アリシアが不満そうに口を尖らせる。彼女の周囲には闇の障壁が展開されており、回廊の有害な瘴気を完全にシャットアウトしていた。


「主。カイルの心拍数、および魔力安定度は既に危険域です。捨て置いてもよろしいのでは?」


 セレーナが短刀の指をかけ、カイルを処分する許可を求めてくる。


「いや、殺してはだめだ。魔王軍の幹部七つの大罪を相手にするには、俺一人の力だけではなく、この世界の因果を操作できる器が必要になる。こいつが、そのための生贄として機能するか試すんだ」


 回廊の奥へと進むにつれ、神の失敗作たちが姿を現し始めた。

 それは、複数の生物が溶け合ったような肉塊や、頭部のない天使の成れの果て。彼らには知性などなく、ただ生きた肉と魔力を求めて、呪詛の声を上げながら襲いかかってくる。


「ギ、ギギ聖なる、肉をっ!!」


 異形の怪物が、カイルに向かって跳躍した。


「うわ、あああぁぁぁ!!」


 カイルは叫びながら、無様に聖剣を振り回す。

 原作のカイルなら一刀両断できるはずの敵だ。だが、恐怖に支配され、神の加護を失った彼の剣筋は鈍く、怪物の外殻を傷つけることすらできない。

 やはり俺が世界のルートを変更してカイルは弱いままだ。


「助けてリアム、助けてくれ!!」


 怪物の爪がカイルの肩を切り裂き、鮮血が舞う。

 俺は一歩も動かず、その光景を冷徹に観察していた。


「見ていろ、アリシア、セレーナ。これが、神に選ばれたはずの男の末路だ。理に守られていた温室の勇者は、理の外側ではこれほどまでに無価値だ」


 俺は右手を軽く挙げた。


「真理の速読。座標固定。 世界の断絶」


 俺が指を鳴らすと、カイルに群がっていた数体の怪物が、空間ごと四角く切り取られて消失した。


 カイルは血塗れで地面に転がり、あえいでいる。


「あ、ああああああああ」


「足手まといだな、カイル。お前に経験を積ませようと思ったが、そもそも経験値を獲得するための器すら割れているか」


 俺はカイルの横を通り過ぎ、さらに深部へと歩みを進める。

 この階層の敵はレベル120前後。今の俺には丁度いい準備運動だ。


「セレーナ、カイルを死なない程度に治療しておけ。死なれると、因果の調整が面倒になる」


「御心のままに。ですが、主人。この男に使うポーションが勿体ないと感じてしまいますね」


 セレーナがカイルの背中を無造作に蹴り飛ばし、最低限の回復魔法をかける。

 回廊の最深部近く。

 そこには、かつて神が最初に創造しようとした光の巨人のなり損ないが、巨大な石像のように座っていた。


『不純、ナル、者。此処ハ、聖域』


 巨人がゆっくりと立ち上がり、手にした光の棍棒を振り上げる。

 その威力は、一撃で地図を書き換えるほどだ。


「リアム様、あの子は私が!」


「いや、アリシア。下がっていていい」


 俺は不撓不屈の法衣から溢れ出す黒い炎を全身にまとわせた。

 レベル115。だが、この回廊の特異な環境下で、俺の魔力はさらなる進化を求めていた。


「超越者の試論。理の強制解体」


 巨人の放つ光の一撃が、俺の頭上で静止する。

 俺は、神が定めた光は闇に勝つという基本法則を、その場で上書きした。

 俺の魔力が巨人の体内に侵入し、その聖なる構造を内側から食い破っていく。


『ア、ガガ、アアアァァァ!!』


 巨人が絶叫と共に崩壊し、莫大な、そして毒々しいまでの経験値が俺に流れ込んでくる。


『レベルが上昇しました:116……118……120』


『称号:【神罰を喰らう者】を獲得しました』


 全身の細胞が沸騰し、視界が鮮明になる。

 理の外側にある力を取り込んだことで、俺の存在は、この世界のシステムからさらに遠ざかっていく。

 ふと後ろを見ると、カイルがぼう然とした表情で俺を見ていた。


「化け物だ。君は、神様すらも、汚していくのか」


「神だと? カイル、教えてやる。神がお前を見捨てたのは、俺が強いからじゃない。お前が、自分以外の誰かにしがみつき、頼ることしか知らなかったからだ」


 俺はカイルを冷たく見下ろし、吐き捨てた。


「お前はここで、死ぬまで俺の背中を見ていろ。自分が守りたかった世界が、俺という悪によって塗り替えられていく様をな」


 カイルは絶望に顔を歪め、声にならない声で泣いた。

 かつての勇者は、もはや俺のレベリングのついでに生かされている、背景の一部に過ぎなかった。

 レベル120。

 七つの大罪、そしてルシファー。

 彼らとの決戦の舞台は整いつつある。

 俺は、跪くアリシアとセレーナ、そして壊れたカイルを従え、回廊のさらに奥、神が隠した禁忌の書を目指して歩き出した。

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