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28話

第28話 王たちの献上品


 アルザス平原での魔王軍先遣隊の消滅は、各国に歓喜ではなく、より深い絶望をもたらした。

 一万の軍勢が一滴の血痕も残さず、たった二分で消え去ったという事実は、リアム・ド・グラナードがもはや人間の枠を超えた異形であることを如実に示していた。

 王都。王宮のえっけんの間は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 中央に立つのは、俺。その左右には、漆黒のドレスをまとい、冷たい輝きを放つアリシア。そして、影のように控えるメイド服のセレーナ。

 対するは、心身が疲れ果て、げっそりと痩せ衰えきった表情である各国国王と、その臣下たちだ。


「王たちよ。私の勝利、喜んでくれたか?」


 俺が口を開くと、えっけんの間が凍りつく。

 国王たちは、顔を上げることもできず、ただ震えていた。王家にあるまじき対応をする。


「喜ばしきことにございます、リアム公爵閣下。魔王軍を打ち破ってくださり、感謝の念に堪えません」


 最初に声を上げたのは、俺を名誉教授として招き入れた王国国王だ。その声は心からの賛美ではなく、恐怖に塗れた媚びを含んでいる。


「そうか。では、降伏の代償を払ってもらう」


 俺は懐から一枚の紙を取り出し、王たちへ向けて放り投げた。

 それは、セレーナが作成した大陸全土からの徴収リストだ。


「まず、各国に保管されている聖遺物、および伝説級の魔道具はすべて俺に献上すること。王家らが持つには過ぎた力だ。次に、各国の国庫に眠る金銀財宝の8割。魔王軍との戦費だと言えば、国民も納得するだろう」


 リストを読み上げる俺の声は、淡々としていた。

 王たちは顔を青ざめさせるが、反論できる者は誰もいない。反応は冷ややかだな。想定外の規模の要求だったという顔だな。俺を何様だ、王家の前で言える言葉ではないだろうという風。


「そして、最後にだ」


 俺はアリシアとセレーナを一瞥し、意地の悪い笑みを浮かべた。


「各国の王女、または聖女と呼ばれる者は、我が悪役令息リアムの侍女として、王都に駐在させろ。彼女らが持つ魔力や特殊な血筋は、魔王との最終決戦に必要不可欠な生贄になるだろう」


「なっ!」


「何を、出過ぎた言い分!」


「あまりにも!」


 最後の要求に、王たちの顔から血の気が完全に失われた。

 聖遺物や財宝はともかく、自国の血筋を侍女という名の事実上の人質、あるいは生贄として差し出せという要求は、彼らのプライドを深く傷つけるものだった。

 それは狙いだった。俺の予想した反応だ。さあ、どうする王家の者ども。


「リアム様、その要求は、あまりにも」


 一人の老王が震える声で反論しようとするが、その言葉は最後まで続かなかった。


「おや、何か不満でも? 俺が命を賭けて魔王と戦うというのに、あなた方は安全な場所で高みの見物か。そんなに不満なら、今すぐ兵を率いて魔王軍と戦いに行けばいい。もちろん、その結果がどうなっても一切知らんが」


 俺の言葉に、王たちは口を閉ざした。彼らは知っている。俺の存在なしでは、魔王軍に勝つ術など存在しないことを。

 自国の王女を差し出すか、それとも国ごと滅ぶか。彼らに与えられた選択肢は、俺の地獄か、魔王の地獄かの二択だった。


「主。要求を拒否する愚か者がいるようでしたら、その国の王位継承権を持つ者全員を、私が再教育して差し上げましょう。主人の御言葉は、この世界の絶対命令でございますので」


 セレーナが、無表情のまま脅しをかける。その言葉に、王たちは震え上がり、次々と御意を唱え始めた。

 そもそもセレーナは王家から派遣されたにも関わらず。俺を暗殺するための刺客だったはずが、今は俺の側にいる。


「リアム様、お見事ですわ。 他国の王女たちを、リアム様の愛玩物として支配するとは。 私、その教育係を全力で務めさせていただきますわ」


 アリシアが、狂気の笑みを浮かべて俺の腕に抱きつく。かくして、大陸中の王女たちが、俺の元に集められることが決定した。

 それは、世界を救う英雄の行動ではなく、世界を支配する悪役の行為に見えるだろう。でも俺は構わない。俺が生き残りさえすればいい。原作知識もあるし、生き残りに全集中する。後は俺の好きにやらせてくれてもいいよな。





 王都は表面的には平穏を取り戻していた。

 しかし、その裏では、魔王軍もまた次の手を打っていた。

 魔王直属の幹部、『七つの大罪』の一角、色欲の魔女リリスが、リアムの力を測るため、密かに王都へと潜入していたのだ。

 リリスは、人間を惑わすことに特化した美貌と魔力を持ち、これまで多くの国家を内側から崩壊させてきた経験を持つ。

 彼女の狙いは、リアムを巧みな手段で相手を丸め込み、手なずけて自分の意のままにし、アリシアとセレーナの間の不和をおこすことだった。


「ふふ。まさか、人間の中にここまで面白い存在がいるとはね」


 王都の路地裏。リリスは人間に化け、夜の闇に紛れてリアムの屋敷を観察していた。

 屋敷からは、リアムの底知れない魔力と共に、アリシアの異質な闇と、セレーナの無機質な殺気が渦巻いているのを確認。


「あの元・聖女とメイド。互いに男を巡って争いし合っているのが見て取れるわ。あの男を誘惑すればば、きっと楽しい地獄絵図が見られるでしょうね」


 リリスは自信満々に微笑み、屋敷の警備を抜けて侵入しようとした。

だが、その瞬間。


「お止めなさい。不愉快ですわ」


 背後から、凍てつくような声が響いた。振り返ると、そこには漆黒のドレスをまとったアリシアが立っていた。彼女の紫の瞳は、夜闇の中でも明確な殺意を宿している。


「貴女、何を企んでいるのかは知りませんけれど、リアム様に近づこうなど、万死に値しますわ。いいえ、死では償えません。魂の深淵から焼き尽くして差し上げます」


「あらあら? 随分と過激な口を叩くお嬢さんね。私はただ、あなたの愛しいリアム様の力を測りに来ただけよ?」


 リリスは笑みを崩さない。彼女の魔力がアリシアを誘惑するように囁きかける。


「そうね、あなたたちの間には、きっと深い絆があるのでしょう? でも、もし私があの男を魅了したら、あなた、どうなるのかしら? 醜い嫉妬に狂い、あの男に斬りかかるのかしら? それもまた、男にとっては愛しい証になるのよ?」


「黙れ。貴女のような薄汚い存在に、リアム様の高潔な愛を語る資格などありません」


 アリシアの背後で、巨大な闇の翼が広がる。

 リリスの誘惑の魔力が、アリシアの狂信的な愛の前では、まったくの無力だった。


「へえ? 面白い。では、その愛とやらで、この私を止めてみせるかしら?」


 リリスが本性を現し、漆黒のドレスが背後で炎のように揺らめく。

 王都の夜空に、二人の強大な魔力、闇と色欲が激しく衝突する兆候が走り始めた。


「愚かな。主人の敵を、わざわざ正面から迎え撃つなど。その生ぬるさが、あなたの致命傷ですよ、聖女様」


 上空から、冷たい声が降ってきた。見上げると、屋敷の屋根の上に、セレーナが音もなく立っていた。彼女の手には、月光を反射して薄光りする、無数の暗殺糸が張られている。


「色欲の魔女リリス。その魅了の魔力は、私の虚無には届きません。そして、私の糸は、あなたの肉体だけでなく、あなたの魂の回路をも物理的に切断できます」


「くっ、 あのメイド、いつの間に」


 リリスは戦慄した。アリシアの正面からの迎撃はまだしも、セレーナの存在は完全に盲点だった。彼女は、相手の魔力を感知して存在を視認するという魔族の常識が通用しないのだ。


「さあ。リアム様の邪魔をしようとした罪。貴女は、その醜い命で償うことになります」


 アリシアとセレーナ。二人の狂信的な番犬が、王都の夜空の下で、魔王軍の幹部を挟み撃ちにする。

 彼女たちの瞳に映るのは、敵に対する憎悪ではなく、ただリアム様を汚そうとした者への、純粋なまでの殺意だった。


「俺のコレクションの王女たちが揃う前に、邪魔者は排除しておかないとな」


 屋敷の中から、俺は静かにその戦いを見守っていた。

 魔王軍の幹部であろうと、俺の支配を脅かす存在は、すべてゴミだ。

 そして、そのゴミを処理するのに、俺が手を汚す必要はない。

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