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23話

第23話 神への反逆


 アイゼンガルド帝国の皇女エルゼを、指先一つ触れずに廃人寸前まで追い込んだ事件は、国家間のパワーバランスを決定的に崩壊させた。婚約破棄することになったから当然か。

 帝国は面子を完全に潰され、もはや通常の軍事行動ではリアム・ド・グラナードを抑えられないと判断した。彼らが最後に頼ったのは、建国神話にのみ記された禁忌の儀式『天界召喚』。

 この世界の法を司る神の使徒を異世界から呼び寄せ、理を乱す悪を討つ。ゲーム原作にもあった勇者召喚や異世界召喚をやろうということか。怪しい魔力を俺のスキルが感じ取ったのだった。

 文字通りの神頼みである。


「随分と、きな臭い匂いが漂ってきましたわね、リアム様」


 王都の迎賓館。バルコニーから帝国の方向を眺めるアリシアが、不快そうに目を細めた。


 空の端が、異常なほどの黄金色に染まっている。それは自然の夕焼けではなく、高密度の聖属性魔力が大気を強制的に浄化している兆候だった。


「主、帝国の国境付近で次元の歪みを観測。どうやら、向こうは正解を引き当てたつもりのようです。不愉快極まりない光ですね。削ぎ落としたくなります」


 セレーナが俺の影から囁く。彼女の持つ暗殺糸は、その光に反応してキチキチと警告音を立てていた。


「神の使徒か。真理の速読によれば、あれは異世界の魂をこの世界の理に適合させて落とす。異世界転生だ。面白い。俺と同じ転生者をぶつけてくるつもりか」


 俺は紅茶を飲み干し、立ち上がった。

 レベル80を超えた今の俺にとって、この世界の既存の戦力はもはや脅威ではない。だが、世界の外側からやってくるイレギュラーは観測対象だ。

 俺としては無視はできないのは、その召喚された者が俺に取って死亡フラグになる可能性もあるからだ。

 行動するしかない。アリシアとセレーナと共に召喚魔法陣の場所へ移動とする。



 数時間後。

 王都の広場に、突如として天を貫く光の柱が出現した。

 帝国の魔導師たちが命を賭して編み上げた召喚陣が、時空を超えて到達し、一人をこの地に降臨させたのだ。

 やはり異世界召喚だった。魔法陣を作り出す高等魔術師達が多数いる。相当な実力の魔術師を集めて、俺に復讐する気だったのなら、危険だな。

 帝国の官僚らは、召喚の成功に喜んでいるが、俺がいるのはお忘れなく。


「ジャッジメント、開始。悪を滅ぼし、秩序を戻す。それが僕の、えっと?」


 光の中から現れたのは、現代的なパーカーを羽織り、背中に巨大な光の剣を背負った青年だった。

 彼は召喚された直後のテンプレート通りの台詞を吐こうとしたが、その視線が、待ち構えていた俺とぶつかった瞬間、言葉が凍りついた。

 俺はあえて、一切の加減をせずに魔圧を解放していた。

 不撓不屈の法衣が黒い波動を放ち、周囲の空間を物理的に歪ませる。俺の背後には、闇の翼を広げたアリシアと、虚無の殺気を持つセレーナが、門番のように控えている。

 転生した直後の青年にとってこれがどのように反応するかな。俺が想定している程度なら恐怖にあえぐ。逆に想定以上の化け物だった場合は俺達が危ないとなるが。果たして反応はいかが。


「あ、これ、無理だわ」


 召喚された英雄は、一歩も動かぬうちに、ガクガクと膝を震わせた。

 彼は転生者特有の鑑定眼を持っているのだろう。俺のステータスを見たとしてその瞬間、絶望に顔を白く染めたのだ。


「ちょっと待って、運営の神様!? チュートリアルでラスボスぶつけてくるの規約違反でしょ!? レベル、判定不能? 存在強度が世界の許容値を超えてるんだけど!?」


「ほう。俺を判定不能と鑑定したか。さすがは異世界の落とし子だ」


 俺が一歩踏み出すと、英雄は情けなく尻餅をついた。反応からして化け物ではなかったから助かった。俺やアリシアを超える化け物の可能性はあったからだ。


「ひぃっ! こ、来ないで! 僕はただ、ガシャでレア引いて気付いたらここにいただけなんだ! 悪いのはアイゼンガルド帝国の奴らだよ、あいつらが、あの欠陥品バグを始末してくれって!」


「欠陥品、バグ、始末?」


 その言葉に反応したのは、俺ではなくアリシアだった。まあ、たしかにバグといえば嘘ではないか。原作知識でバグを利用していたのは本当だからな。ただしキレたのは俺ではなかったようで、空気が一瞬で凍りついた。

 彼女の瞳から温度が消え、髪が重力に逆らって逆立つ。


「今、なんとおっしゃいましたか? リアム様を、私の救世主を、欠陥品バグ呼ばわりしたのですか?」


「あ、いや、それは比喩っていうか、そのくらい規格外だって意味で」


「お黙りなさい」


 アリシアがそっと右手をかざすと、英雄の背後にあった召喚の門、神とのパスを繋ぐ黄金の回路が、バキバキと音を立てて漆黒の結晶へと変質していった。

 どうなるのか。


「リアム様は、この世界のあらゆる理を超越した完璧なる御方。それを、上から目線の神とやらが定義するなど、不敬極まりない。その汚らわしい術式ごと、無に還して差し上げますわ」


 アリシアの闇が、神の光を食い破る。次元の壁が悲鳴を上げ、神の加護を受けていた英雄の装備が、次々と小さな分子に変わっていく。


「主。この異物、生かしておけば主人の情報の流出源となります。魂ごと、削ぎ落としましょうか?」


 セレーナが英雄の喉元に、不可視の糸を絡める。


「待て、セレーナ。英雄さんよ。お前、元の世界に帰りたいか?」


「か、帰れるなら今すぐ帰りたいです! 勇者なんて二度とやりません!」


「そうか。なら、土産を持たせてやる。神に伝えておけ。この世界は、もうあんたの管理下にはないとな」


 俺は真理の速読で解析した召喚術式を、力ずくで逆転させた。

 俺の魔力が黄金の光を黒く染め上げ、強制的な強制退去のログアウトを執行する。要は元の世界に戻してやるってことだ。それは神の真理を強引に破る行為だろうが、俺には可能だった。


「うわあああぁぁぁぁ!? 助かったぁぁぁ!」


 英雄は、アリシアが破壊し尽くした術式の残骸の中に吸い込まれ、光と共に消滅した。

 残されたのは、神の干渉を物理的に拒絶し、歪んでしまった王都の空間だけだった。


「俺が英雄は元の世界に返したぞ」


「なんてことだ。こんなことができてなるものか! あり得ない。神に背く行為だぞリアム」


「俺は神も恐れないな」


 なぜなら神よりもアリシアとセレーナが怖いもんで。帝国の最終兵器であった英雄が、召喚からわずか数分で、戦うことすらなく返却されたというニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。

 神の加護すらリアムには通用しない。

 いや、リアムに従う魔女が、神の理そのものを破壊してしまったと伝わった。

 この日を境に、人々の間では俺を公爵とは呼ばなくなった人もいるらしい。

 神の使徒を退け、世界の法を書き換えた存在。

 神殺しの公爵、ゴッド・スレイヤーだと。

 既存の宗教は崩壊し、各国は帝国を含め、リアムという俺の存在に対して、もはや国家として対等に接することを諦めた。


「ふぅ。これでしばらくは、変な刺客も来ないだろう」


 俺は再び迎賓館の椅子に深く腰掛けた。生存戦略。生き残るために力を付けた結果、俺は気づけば神すらも恐れる絶対的な頂点に立っていた。


「リアム様。世界がようやく、貴方様の価値に追いついてきたようですわね」


 アリシアが俺の肩に顎を乗せ、うっとりと囁く。そうなった原因はアリシアにもあるのだが、そこは言わないでおく。


「主。神が居ぬのなら、これからは貴方様が法でございます。私が、その法に逆らう者すべてを、闇に葬り続けましょう」


 セレーナが、俺の足元で静かに誓いを立てる。

 最強のヤンデレ聖女と、最凶の暗殺メイド。

 彼女たちの瞳に映る俺は、もはや救世主ですらなく、崇拝の対象である神そのものになったのはどうなのか。

 もしかしたら、俺はとんでもない扉を開けてしまったのかもだ。パンドラの箱って奴か。まあ、深く考えてもわからないから、俺は世界を破滅させるフラグをへし折ることに集中しよう。


 悪くない気分だが。次はもう少し、静かに暮らせる場所を探すとしようか。俺は皮肉な笑みを浮かべ、夜空を見上げた。

 悪役貴族リアムの物語は、もはや生存を超え、世界を統べる神話へと変貌を遂げようとしていた。

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