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22話

第22話 最恐の政略結婚


 王都魔法学園を王家から特別授業として教育し、かつての勇者カイルを地に這わせた俺の評判は、もはや恐怖の代名詞として王国中を席巻していた。

 過去の豚公爵という不名誉な呼び名は消え失せ、人々は俺を深淵の公爵、あるいは法衣の魔王と呼び、その前を通るだけで石像のように固まるのが通例となった。

 俺は別にそんな呼ばれ方は望んでいるとは言っていないのだが、周囲は勝手に呼んでいるらしい。

 俺が魔王級に強くなるのは、この世界が破滅フラグがあるからで、俺は何とかしてその破滅を別のルートに変えるためにやっているのだが、理解してくれない。

 そんな折、王家から俺のもとへ一通の親書が届いた。

 差出人は現国王。内容は、俺のこれまでの暴挙だろうけども功績と称え、俺を王位継承権を持つ特別王族として迎え入れたいというもの。そして、その地位を盤石なものとするため、隣国アイゼンガルド帝国の第三皇女、エルゼ・フォン・アイゼンガルドとの政略結婚が内定したという知らせだった。

 そんなことあるか。俺の意見も聞かずに勝手に決めるかよ。と、ちょっとイラッとした。


「なるほど。王家も必死だな」


 俺は王都に接した豪華な屋敷の玉座で、親書を放り投げた。

 俺を野に放っておくのは危険すぎる。かといって力でねじ伏せることもできない。ならば、王族という鎖で繋ぎ、強力な帝国の後ろ盾を持つ皇女を妻に据えることで、俺の暴走を抑え込もうという算段だろう。

 だが、問題はそこではない。問題はそこじゃないのだが、王家の連中はわかっていない。俺はアリシアとセレーナにそのことを伝えるとどうなるか。


「リアム様。今、なんとおっしゃいましたか?」


 氷の塊が肺に直接流し込まれたような、鋭利な声。

 俺の右側に控えていたアリシアが、手に持っていたティーポットをゆっくりとテーブルに置いた。ガチリ、という硬質な音が、静まり返った部屋に不気味に響く。


「結婚、ですの? どこの馬の骨とも知れない帝国の女が、リアム様の隣に座ると?」


 アリシアの背後から、紫黒色の魔力が陽炎のように立ち上る。彼女の瞳からは聖なる光が完全に消失し、ただ濁った愛の深淵だけが、俺を、あるいは見えぬ令嬢という敵を射抜いていた。やはりこうなるよな。


「左様でございますか。王家というものは、これほどまでに身の程知らずな、立場に無愛想な、それでいて主よりも上だと言いたい組織であったとは。主」


 左側の影から、セレーナが音もなく姿を現した。

 彼女の手には、いつの間にか一本の黒い糸が張られている。その糸は、彼女の殺意に呼応して、周囲の空気を薄く切り裂き、ピィィ、と細い悲鳴を上げさせていた。

 セレーナは元々王家に雇われた暗殺者であるから、別に不満な態度になるのは筋違いなはずだが、そこは俺は言わないでおく。


「帝国との同盟も、王位継承権も、主人の偉大さに比べれば砂粒以下の価値しかございません。そのような不純物を主人に近づけるなど、従者として断じて看過できませんわ。…今すぐ、その第三皇女とやらを、この世の系図から消去してまいりましょうか?」


「セレーナ、珍しくあなたと意見が合いましたわ。いいえ、皇女だけでは足りません。このような無礼な提案をした王家そのものを、一度、わからせる必要がありますわね」


 アリシアの闇が広がり、部屋の壁がミリミリと音を立てて軋み始める。

 レベル80を超えた俺ですら、この二人が同時に発する静かなる怒りには、背筋が凍る思いだった。

 しかしこの件に関しては二人は意見が一致したらしい。


「待て。二人とも、少し落ち着け」


 俺は真理の速読を無意識に起動させ、この場を平和的に収める最適解を脳内で検索する。だが、表示されるのは不可能、生存確率1%、心中エンドといった不吉なワードばかりだ。


「落ち着いていられますか! 私は私は、リアム様のために聖女の座を捨て、国を捨て、魂まで捧げたのです! それなのに、そのエルゼ? とかいう泥棒猫が、横から美味しいところを取ろうなんて、そんなこと、神が許しても私が許しません!」


 アリシアが絶叫し、足元の絨毯が黒く焦げ落ちる。決めたの


「いやいや決めたのは俺でなく王家だよ」


「主。私の糸は、主人の敵を排除するためにあります。たとえそれが王家であろうと、帝国であろうと、主人の愛を分断しようとする者は、すべて等しくゴミでしかありません。主人、私に命じてください。今夜中に、アイゼンガルド帝国の皇宮を血の海に変えてこいと」


「落ち着け、必要ない。これはただの政略だ。俺に断る権限はある」


 俺がそう言うと、二人の殺気が一瞬だけ止まった。危ないな。暴走したら俺にも止められる限界はある。こんな状態で俺が危険だし王家に断りが必須だ。


「本当ですの? 本当に、その女を選んだりしませんわね?」


「ああ。俺の隣を誰に任せるかは、俺が決める。王家に指図される筋合いはない」


 俺が毅然と言い放つと、二人は顔を見合わせる。

 次の瞬間、アリシアは俺の腕にすがりつき、セレーナは俺の足元に膝をついた。


「ああ! さすがはリアム様! 私だけを見てくださるのですね!」


「主人のその高潔な判断。改めて、魂を売るに値する御方だと確信いたしました」


 一転して、熱々の接しかたになり忠誠心が部屋を包み込む。

 だが、俺は知っていた。この二人の怒りの矛先が、俺から「王家」と「帝国」へと完全に移り変わっただけだということを。

 これは、放っておけば戦争になるな。直感ではあるが、そう思った。もし予感が当たったら俺の責任なのか。

 俺は自らの生存戦略を修正する必要に迫られた。

 王家が望むような、おとなしい結婚など、この二人がいる限り絶対に成立しない。ならば、こちらから打って出るしかない。

 最初に行われる予定の処刑破滅フラグは強制的に変えたのだし、これだって変えられるはずだ。


「セレーナ。王宮へ使いを出せ。名誉教授リアム、皇女エルゼとの面会を承諾するとな」


「ええっ!?」


 再び凍りつく室内。俺は二人の反応を制するように、不敵に笑ってみせた。


「勘違いするな。結婚するためじゃない。向こうから結婚させてください、ごめんなさいと泣いて辞退させるほど、恐怖を植え付けに行くだけだ。帝国という巨大な盾を、俺の軍門に降らせるためのな」


 その言葉を聞いた瞬間、二人の表情がパァァ、と輝いた。大丈夫か、逆にキレたか。


「さすがリアム様! 相手を徹底的に絶望させ、その心を折ってから突き放す! なんて素晴らしい悦楽! 私、そのお手伝いを全力でさせていただきますわ!」


「なるほど。帝国の皇女を、主人の威光を際立たせるための生贄にするのですね。承知いたしました。最高の舞台という地獄を用意いたしましょう」


 こうして、王家が目論んだ、俺と王家の関係を破綻させない懐柔策は、俺による帝国掌握作戦へとすり替えられる。

 はたして成功するかだな。



 一週間後。

 王宮の豪華な晩餐会に出席した。きらびやかなドレスを着た令嬢が多くいる。俺は貴族なのでこうした会は経験はある。

 そこに、帝国の第三皇女エルゼ・フォン・アイゼンガルドが到着した。

 彼女は美しく、気高く、そして何より自分はリアムを支配させるという傲慢な自信に溢れていた女だった。


「お会いできるのを楽しみにしていましたわ、リアム・ド・グラナード公。噂では随分と野蛮な方だと伺っていましたが、意外と整ったお顔をされていますのね」


 エルゼが扇子で口元を隠し、挑発的な笑みを向ける。さすがに豚貴族とは言わなかったか。

 彼女は気づいていなかった。

 俺の背後に立つ、メイド服の女が彼女の影を密かに縫い付けていることに。

 そして、俺の隣に座る紫の瞳の少女が、彼女をいつでも虚無へ送る準備を整えていることに。


「エルゼ皇女。君は、自分の命の価値を理解しているか?」


 俺が静かに問いかける。もちろん皇女のことを心配して言ったまでだ。

 その瞬間、晩餐会の会場からすべての音が消えた。

 俺が放つレベル80オーバーの魔力と、アリシアとセレーナの執念が混ざり合った、この世で最も濃密な死の気配が、皇女エルゼを包み込む。


「え、あ?」


 エルゼの顔から血の気が引き、手にした扇子が床に落ちた。

 彼女の目には、俺の背後に、世界を食らい尽くす巨大な怪物の影が見えていた。


「君との結婚は、俺にとっての損失だ。だが、君の帝国すべてが俺に従うというのなら、考えてやらんこともない」


 俺の冷酷な言葉が、王宮のホールに響き渡る。

 政略結婚を餌に俺を縛ろうとした王家は、この日、帝国の皇女が腰を抜かし、失禁しながら「命だけは助けてください」と這い蹲る姿を、ただ呆然と見守ることしかできなかった。


 よし、これで結婚の話は消えたな。

 俺は紅茶を一口、心の中で小さくガッツポーズをした。

 だが、俺の腕を力強く抱きしめるアリシアの腕力と、耳元で「主、次は帝国を焼きましょうか?」と囁くセレーナの声に、俺の安息は遠い。逆にさらに二人に縛られそうな気分だった。

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