20話
第20話 凱旋、最凶の特別講義
王都魔法学園。かつてリアム・ド・グラナードが豚公爵とののしられ、無実の罪を着せられて追放され、処刑される予定だったその場所は、今や異様な緊張感に包まれていた。まさか王都に帰って来れるとはホッとする部分もある。処刑の破滅フラグから逃れたとなったが、まだどこで俺の死亡フラグがあるか俺にもわからないルートは存在しているだろう。
学園の正門へと続く大通りには、王家が急いで配備した兵たちが立ち並んでいる。だが、彼らの持つ槍は震え、その瞳には歓迎ではなく、剥き出しの生存本能による恐怖が宿っていた。
カツ、カツ、と。
静けさを切り裂く、洗練された靴の音。
かつての醜い肥満体の面影など微塵もない、俺の帰還となった。
夜の闇を織り込んだような不撓不屈の法衣を優雅に着て、銀髪の隙間から覗く。すべてを見透かすような冷徹な知性を湛えているように俺はふるまった。
「懐かしいな。少しはましな空気に変わっているかと思ったが、相変わらず臆病者の匂いしかしない」
俺が吐き捨てた言葉に、出迎えた学園長や王家の使者たちは、蛇に睨まれた蛙のように硬直しているのは笑える。俺が帰ると思っていなかったかのようだ。
王家は、竜の巣を攻略した俺の報告を受け、俺を敵に回すことを断念した。その代わりに贈られたのが、名誉教授という空虚な称号と、学園への凱旋招待という名の俺と対立せずに抱き込む作戦だった。
まあ、今の俺と対立するのは愚策というものだろう。なにせ闇落ちしたアリシアもいるのだしな。
アリシアのことも恐らくは王家の耳に入っている。
「リアム様、こちらが本日新調されたティーセットでございます。不純物の混じった学園の茶葉はすべて処分し、私が厳選したものを用意いたしました」
俺の影から音もなく現れたセレーナが、銀のトレイに乗せたティーカップを差し出す。彼女の琥珀色の瞳は、周囲の人間を排除すべき肉塊としてしか認識していない。
不用意に俺に接近したなら、抹殺されると思う。ちなみにセレーナは王家から派遣された暗殺メイドだから、王家がこの状況をどう思っているか気になる。
セレーナに暗殺命令を出しているのは継続しているのかは、わからない。
「ええ、セレーナ。後でゆっくり頂くよ。さて、せっかく招かれたんだ。俺を追放した連中へ、少しばかり教育をしてやろうじゃないか」
学園の巨大な演習場。
そこには、かつてリアムを嘲笑い、石を投げ、追放の署名に真っ先に名を連ねたクラスメイトたちが集められていた。
彼らの中心には、かつて正義を説いた原作の主人公カイルの仲間たちもいたが、今の彼らに勇かんさは欠片もなかった。
「な、なんだよ、あの姿。本当に、あの豚公爵なのか?」
「魔力が、おかしい。立っているだけで、息が詰まりそうだ!」
震える彼らの前に、俺は悠然と歩み出た。以前の俺しか知らない生徒には信じられない姿。しかもレベル1だった。
演習場の壇上に立ち、冷ややかな視線を一斉に浴びせる。
「皆、久しぶりだな。いや、名誉教授として挨拶すべきか。今日は君たちが今まで学んできたお遊びの魔法がいかに無価値であるか、本物の魔法を通じて教えてやろう」
「リアムって学園でも最弱だった奴だろ。なんで名誉教授として来たんだよ」
「そうだよ、魔法もスキルも何も使えない豚だった奴だろ」
俺への不信が聞こえるも黙らせてやるか。右手を軽く上げる。
その瞬間、演習場の全域を巨大な闇の半球が覆い尽くした。
「出口が、出口が消えた!」
「閉じ込められたぞ!」
慌てる生徒。
「リアム様、何をするつもりですか?」
「もちろん授業だ」
悲鳴を上げる生徒たちの背後に、いつの間にかアリシアが立っていた。
彼女の指先からは紫黒色の魔力が糸のように溢れ出し、演習場全体を隔離する結界を補強している。生徒を殺さないようには忠告しておく。
「静かに。リアム様の授業を静かに聞けない悪い子には、永遠の沈黙をあげますわ。ねえ、聞こえるかしら? あなたたちの心臓が、恐怖で破裂しそに打つ素敵な音が」
アリシアの狂気に満ちた微笑に、生徒たちは悲鳴すら飲み込んだ。生徒を脅してはいけないが。
「さて、講義を始めよう。第一の主題は魔力密度の臨界だ」
真理の速読を起動。脳内の魔導書が超高速でページをめくり、演習場の酸素を、熱量を、そして空間の安定性を瞬時に解析する。レベル1で最弱だった俺が指導するのは面白い。
「お前たちが使う魔法は、自然界に漂う魔力をお願いして借りているに過ぎない。だが、真の魔法とは、世界の理を強引に上書きすることだ」
俺が指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、演習場の中央に、バレーボール大の漆黒の球体が出現した。
それは光さえも吸い込み、周囲の地面を飴細工のように歪ませていく。
「な、なんだ、あのプレッシャーは! 触れたら、消える!?」
「逃げるな。これはまだ、俺の魔力の1%にも満たない」
黒い球体が膨張し、最前列にいたクラスメイトの一人の喉元付近を通る。
その少年は、かつて俺の昼食に泥を混ぜて笑っていた主犯格の一人だった。
「ひ、ひぃ助けて、助けてくれリアム! 悪かった、俺たちが悪かったから!」
「謝るなよ。お前たちの価値は、俺の魔法の強度を測るためのサンドバッグであることだけなんだから」
俺は鼻で笑い、魔力を一段階引き上げた。
演習場の重力が倍増し、生徒たちは一斉に地面に這いつくばった。
彼らが必死に築いてきた魔力障壁など、今の俺の放つ存在そのものの重圧の前に、紙屑のようでしかない。以前の俺とは違う。
「見てみろ。これが、お前たちが蔑んでいた男の力だ。お前たちが何十年、何百年かけて積み重ねる努力を、俺は一瞬で無に帰すことができる。プライド? 才能? そんなものは、圧倒的な暴力の前では、ただのゴミだ」
俺の冷徹な声が、這いつくばる生徒たちの耳に強制的に入っただろう。
その時、一人の生徒が、屈辱に耐えかねて俺を激しく睨みつけた。
「ふざけるな! こんなのは魔法じゃない、ただの化け物だ! 王家だって、こんな奴をッ!」
だが、その生徒が言葉を終えることはなかった。
影から音もなく伸びた銀色の糸が、彼の視界を、そして視神経を一時的に麻痺させたからだ。
「あ、があああああ!? 目が、目があああ!」
「主人の御姿を、そのような汚らわしい殺意で観測するなど。その眼球、もはや不要でしょう」
セレーナが、血に濡れた糸を優雅に巻き取りながら、俺のそばで完璧な一礼をする。彼女の手には、いつの間にか俺に差し出すための、温度を完璧に保った紅茶が握られていた。
「アリシア。不届き者が多すぎます。少し、掃除の範囲を広げてもよろしいでしょうか?」
「ええ、セレーナ。リアム様の美しい教室を汚すゴミは、根こそぎ消してしまいましょう」
狂信的な二人の女性が、左右から生徒たちを値踏みするように見つめる。
演習場は、もはや地獄の底と同じだった。まだレベル50で行けるダンジョンに行った方が増しだろう。
「さて。今日の講義はここまでだ。君たちが、自分たちがいかに無力で、愚かで、価値のない存在であるかを理解できたなら、単位を授与してやろう」
俺は絶望と恐怖で失禁し、泡を吹いて倒れるかつての学友たちを見下ろした。
復讐?
そんな高尚なものではない。ただの事実だな。俺にはやることがある。現在の世界線にあるはずの魔王の存在や何らかの敵によって世界は破滅するルートを俺が変えてやることだ。
そのために俺は原作知識によって最強を目指す。学園レベルではない、もっと高い次元の強さが俺には必要だと、学園に帰ってきて実感する。
俺が結界を解除し、光が差し込んだとき、そこにはかつての誇り高きエリートたちの姿はなかった。ただ、一人の支配者に魂を折られた、惨めな敗残者の群れだけが残されていた。
「行くぞ、セレーナ。アリシア。次は、この街を俺の領地として再定義してやる」
「はい、リアム様」
「はい、主人」
二人の返事が、崩壊した演習場に高らかに響き渡った。
悪役貴族の凱旋は、王都の秩序を根底から破壊し、新たな支配の幕開けを告げるものとなったと思う。




