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18話

第18話 正義の盾、悪役の矛


 竜の巣の入り口へと続く切り立った崖。そこには、赤茶けた砂を巻き上げて進軍する、異様な軍勢の姿があった。

 先頭に立つのは、白銀の鎧を月の光のような竜の魔光。カイル・フォン・ベルトラン。そして、彼の背後に続くのは、武装すらおぼつかない、虚ろな瞳をした数百人の民衆たち。かつての原作リアムの被害者たちかどうかは判断できない。カイルが来ればそれも判明するだろうな。


「来たな、偽物の勇者様」


 崖の上から、俺は冷ややかにその軍勢を見下ろした。

 レベル80に到達した俺の視界は、もはや常人のそれではない。数キロ先にいるカイルの歪んだ表情も、民衆の頭部から伸びる薄汚れた銀色の魔力糸も、手に取るように判別できる。つまりは主人公カイルは魔力を使ったと判断していいか。それならもはや勇者候補どころではない。ただの悪だろう。


「リアム・ド・グラナードッ!」


 カイルの声が、渓谷に届いた。彼は聖剣を掲げ、俺を指し示す。もし俺の予想が当たっているなら主人公は完全に地に落ちた存在となるが。


「貴様の犯してきた罪が、今ここに集った! 見るがいい、この人々の姿を! 貴様に家を焼かれ、家族を奪われ、未来を閉ざされた者たち怨念の声が聞こえないのか!」


 カイルが合図を送ると、洗脳された民衆たちが、一歩、また一歩と崖を登り始める。

 彼らの手には、錆びた農具や石ころが握られていた。リアムに酷くされた民衆を連れて来たのか。それも魔力を使ってだ。ヘドが出る。


「さあ、撃つがいい、悪逆非道なる公爵令息! この者たちを殺せば、貴様の罪は永遠に消えぬものとなる! だが、もし一歩でも退くならば、僕の聖剣が貴様の心臓を貫くだろう!」


 ああ、吐き気がする。自分に関係のない人々を正義の盾として使い、相手に罪悪感を押し付ける。これが、原作の主人公が辿り着いた答えだというのか。それとも俺がこんな風にさせてしまったからか。どちらにしても哀れ。始末に置けないな。俺の怒りは上昇する一方だが、俺よりも上昇しているのが隣にいる。


「リアム様、よろしいですか」


 俺の隣で、アリシアの周囲の温度が急激に下がった。

 彼女の背後に展開された紫の翼が、どす黒い殺意を帯びて膨れ上がる。俺よりも怒りをあらわにしたのがアリシア。


「あの男、どこまでリアム様を侮辱すれば気が済むのでしょう。あのようなゴミ共、私が一瞬で塵も残さず消し去って差し上げます。リアム様の御手を、あのような汚物で汚す必要はありませんわ」


 俺は止めたほうがいいのか悩むも、アリシアが右手をかざしたのが早かった。

 彼女の指先に集束されるのは、広域を更地にする極大魔法だ。

 放たれれば、洗脳された民衆も、カイルも、この崖ごと消滅するだろう。それって放置していいわけない。


「待て、アリシア。下がってろ」


「リっ!? リアム様、まさかあのような者たちに慈悲を?」


 アリシアが驚きと、わずかな嫉妬を含んだ瞳で俺を見る。

 俺は彼女の手を優しく押し下げ、一歩前へ出た。


「慈悲じゃない。あんな安っぽい挑発に乗ることはない。それに、俺の新しいスキルの実験台には、ちょうどいい」


 理由をつけてアリシアを停止させる。俺は深く息を吐き、全魔力を脳内の回路へと集中させた。

 解放されたパッシブスキル、世界の観測者。

 このスキルは、対象の持つ術式の構造を分子レベルで視認し、干渉することを可能にする。このスキルを使う。


「カイル。お前はさっきから罪だの正義だの、うるさすぎるんだよ」


 崖から飛び降りた。

 俺は重力魔法を一切使わず、純粋な身体能力だけで数百メートルの高さを降り、民衆の群れの中心へと着地する。あらためて自分の能力は上がっているのを確認する。さすがに今の俺の能力にカイルは戸惑いだろう。


「な!? 自ら死地に飛び込んでくるとは、狂ったか!」


 カイルが驚いたのか叫ぶ。

 洗脳された民衆たちが、俺を取り囲み、武器を振り上げる。

 だが、俺は彼らを見もしない。俺には眼中にないからだ。俺の目標は民衆そのものではなく、民衆を操る魔力だからな。その操りを解明させ、解除してやろう。


「観測者の干渉。術式解体、一斉執行」


 俺が地面に掌を突き立てた瞬間。俺から放たれた目に見えない魔力の波が、周囲の人間全員の頭部へと浸透した。


「ガ、アアアッ!?」


 カイルが絶叫する。

 彼が聖剣を通じて維持していた数百本の洗脳の糸が、俺の膨大で圧倒的な魔力によって精密に、かつ暴力的に焼き切られたのだ。

 民衆たちは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、やがて一人、また一人と、瞳に理性の光を取り戻していく。スキルは成功したようだ。


「な、なんだここは?」


「俺は、何をカイル様に、連れてこられて?」


 目が覚めたように混乱する民衆。その中で、俺はゆっくりと立ち上がり、独り残されたカイルへと歩み寄った。俺を恐怖している様を見てやろう。


「バカな。僕の聖域の調伏を、これほど一瞬でだと。無効化しただと!?」


「調伏? 笑わせるな。ただの質の悪い洗脳だ。お前、気づいてないのか? 盾にしていた民衆の洗脳が解けた今、お前の周りには、誰一人味方はいないんだぞ」


「う、うるさい! 僕には聖剣がある! 選ばれた勇者である僕が、貴様のような悪役貴族なんかに負けるはずがないんだぁぁ!」


 カイルがなりふり構わず突進してくる。

 聖剣が光り輝き、全魔力を込めた一撃が俺の首筋を狙う。

 かつての俺なら、その光を見ただけで失明していただろう。

 だが、今の俺は違う。レベルが違うのだよカイル君。原作知識を使い取った物がある。それをカイルは知らないのだ。


「遅い」


 俺は左手一本で、その聖剣の刃を直接掴み取った。

 キィィィィィィン!!

 不屈の法衣が黒い火花を散らし、聖剣の輝きを完全に中和する。

 カイルの渾身の一撃は、俺の手のひらの中で、ただの冷たい鉄の棒へと成り果てた。これが今の俺とお前の差だ。理解できないだろうから、それが恐怖に変わる。理解できないものに恐怖するものだ。


「ひ、あああああああああああああああああああああああああああああああ」


「お前の正義がどれだけ薄っぺらなものか、これで分かったか? 自分の手を汚さず、他人を盾にして叫ぶだけの言葉に、俺の生存への執着は貫けないのさ」


 俺は掴んだ刃に、力を込める。

 メキ、メキメキと不吉な音が響き。

 バキィィィィィィン!!

 伝説の武器であるはずの聖剣が、俺の握力だけで、粉々に砕け散った。


「僕の、僕の聖剣が、勇者の証が折れたああああああああああああああああああああああああああ」


 カイルはその場に崩れ落ちた。あってはならない現実を見たからだ。

 武器を失い、盾を失い、自らの傲慢さを突きつけられた勇者の成れの果てだった。


「リアム様ああああ!」


 崖の上からアリシアが飛び降りてくる。彼女は俺の無事を確認すると、安心したらしい。逆にゴミを見るような目でカイルを見下ろした。


「リアム様、この無礼な男はどうなさいますか。今すぐ首を刎ねて、竜の餌にでも」


「いや、放っておけばいい。手を汚すことはない」


 俺は背を向けた。殺す価値さえないからだ。今のカイルには、俺の足を止める力も、アリシアを奪い返す資格もない。落ちぶれた主人公だ。わざわざ殺す価値もなかった。


「カイル。お前は正義にすらなれなかった。せいぜい、自分が壊した民衆たちの憎悪に焼かれながら、余生を過ごせ」


 俺とアリシアは、絶望に震えるカイルを置き去りにして、さらに険しい竜の巣の奥地へと歩き出した。

 背後からは、洗脳が解けた民衆たちの、カイルに対する怒りの声が響き始めていた。カイルがどうなるかは見ることなく去った。

 それが、偽りの勇者が選んだ道の、正当な報酬だとカイルがわかればいい。それがせめて主人公への期待でもある。アリシアとはとりあえず同行となる。


「さあ、行こうアリシア。次はこの世界の深淵を覗きに行くぞ」


「はい、リアム様! どこまでも、あなた様のお供をいたしますわ!」


 俺たちの前には、まだ見ぬ強敵と、さらなるチートの可能性が眠る地下領域が広がっている。

 悪役貴族リアムの覇道は、もはや誰にも止められない。

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