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第141話 公爵閣下の禁断の晩餐会
新装となったグラナード公爵邸の広間は、これまでにない熱気に包まれていた。自分が見ても素晴らしい仕上がりだよな。満足の出来栄えだろう。
改築されたばかりの白亜の壁には、俺が指示して配置させた魔導式の照明が柔らかな光を放っている。
「リアム様、本日の宴、準備はすべて整っております。それにしても、厨房から漂うこの香りは一体何なのですかね。嗅いだだけで理性が揺らぎます」
アリシアが、いつになく落ち着かない様子で俺の傍らに立った。隣では、セレーナが扇子で口元を隠しながら、鋭い視線を厨房の扉へと向けている。
「本当ね。アリシア様の鼻が曲がったのかと思ったけれど、どうやら私の感覚も狂わされているみたい。リアム様また何か、この世の道理に反する毒でも作ったんじゃないでしょうね?」
「毒なものか。強いて言えば、一口食えば虜になるという意味での猛毒だがな」
俺は少し笑いを見せ、広間の中心へと進み出た。
そこには、俺の懐刀となった商人マルコが、落ち着きなく指を組み替えながら待機していた。あれマルコか。
「閣下、あ、あのお品、本当に本当に出されるのですか? 市場に出せば王国の経済が、いえ、貴族の勢力図が書き換わってしまいますぞ」
「落ち着けマルコ。今日はただの晩餐だ。まずは身内でその威力を試させてもらう」
俺は手を叩き、使用人たちに合図を送る。運ばれてきたのは、銀のフタで覆われた一皿の料理。
「さて、グラナード家の新生を祝し、俺が直々に開発を命じた禁断の料理を披露しよう」
蓋が一斉に開けられた。
瞬間、広間に爆発的な香りが吹き荒れる。
「ななっな、何よ、この香ばしさと、暴力的なまでの脂の甘い匂いは!」
セレーナが絶句し、カインは目を丸くして皿を凝視している。
「これお肉、だよね、でも、僕が知ってるステーキとは全然違う」
「そうだ。これは俺の知識にある調理法を応用した一品。揚げ物の極致で、霜降り和牛の極厚カツレツだ」
もちろん日本の現代知識とは言えないから、秘密である。
王国では肉は焼くか煮るかが主流だ。俺はパン粉の代用として特別に焼かせた乾燥パンを細かく砕き、最適な温度のラードで一気に揚げさせた。さらに、ソースには原作知識から再現した濃厚な果実とスパイスの合わせソースを添えている。
「食べてみろ。まずは何も言わずにだ」
促され、アリシアが震える手でナイフを入れる。
「サクッと。えっ、何ですか、この音はえええ!」
一口食べた瞬間、アリシアの顔が真っ赤に染まった。味わうたびに溢れ出す肉汁と、衣の軽やかな食感。
「はふあ、熱いのに止まらない。リアム様、これ、いけません。脳が、溶けそうです」
「アリシア、だらしないわね。むぐっ、うっな、なんなのよこれ。噛まなくてもいいじゃない。お肉が、私の舌の上で消えたわ!」
セレーナもまた、普段の毒舌を忘れて頬を緩ませている。
「マルコ、商人の目から見てどうだ?」
「閣下恐ろしい。これに一度慣れてしまったら、他の肉料理が砂を噛むような味に感じてしまう。まさに美食の呪いですな。これを独占されるおつもりで」
「まさか。いずれはシロノヴァの名物として広める。この衣の製法と火加減は門外不出だ」
俺は冷めた目で一同を見渡しながら、自分も一切れ口に運んだ。
ふむ、悪くない。前世の記憶にある名店の味に、魔法による温度管理を加えたことで、再現度は100%を超えているな。美味いなこれは。
「リアム様。これ、おかわりはおかわりはありませんか?」
アリシアが普段の大人しい態度をかなぐり捨てて、皿を突き出してきた。
「はしたないわよアリシア様。私の分も、もう一枚。当然よね」
「僕も! 僕ももう一枚食べたいです、兄さん!」
カインまで参戦してきたか。
「クォオオン!」
足元では、シロが羨ましそうに喉を鳴らしている。
「ははは! いいだろう、今夜は特別だ。だが、これだけ高カロリーなものを食ったんだ。明日の朝の筋トレは、いつもの三倍に増やすからな」
「「「えっ!?」」」
一瞬凍りつく一同。目の前の禁断の味には勝てなかったようで、彼らは悲鳴を上げながらも、次々とカツレツにフォークを伸ばしていった。
兵の物資の基本は食にあり。
胃袋を掴むことは、人心を掌握することと同義だ。
俺は満足げに、ワインを喉に流し込んだ。




