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第140話 公爵邸を最適化にする


「わかった。この屋敷の全権を、今日一日、貴様に預ける」


 絞り出すような父の言葉が、静まり返った執務室に響いた。その瞬間、俺の脳内にある原作知識と兵の物資の最適化戦略が、猛烈な勢いで火を噴き始めた。


「賢明な判断です、父上。さて、時間がない。アリシア、セレーナ、フィオナ、そしてカイン。各員、持ち場へ」


「あら、ようやく私の出番ですのね。リアム様、この埃の王国を、私の魔術で磨き上げて差し上げますわ」


 アリシアが微笑み、その手に純白の魔力を収束させる。


「掃除など、本来は私の役目ではありませんが。リアム様の歩む道に、一粒の塵も残しておくわけにはいきませんからね。アリシア、貴女は窓際でも磨いていなさい。汚れが目立ちますよ」


「まあ。セレーナ、貴女こそ視力が落ちたのかしら? その隅にある蜘蛛の巣が見えないなんて。あ、そうか。闇属性の魔力に毒されて、心まで暗くなっているのね」


「言いましたね、このお節介な聖女もどきが」


 バチバチと視線で火花を散らす二人を余所に、俺はカインへ指示を飛ばす。


「カインは使用人たちを広場に集めろ。俺が作成した新・業務分担表を叩き込む。不満を言う奴がいれば、俺のところへ連れてこい。俺の魔力を間近で見せてやれば、大概の不満は消える」


「わかりました。僕、みんなをテキパキまとめちゃいますね。リアムに褒めてもらえるように頑張る」


 カインが元気よく駆け出していく。そ背後で、フィオナが軍鞭を鳴らした。


「リアム様。私はどう動くかご指示を。屋敷の構造、いささか柔すぎる。私の剛性を使えば、壁一枚の厚さを変えずとも、大砲の直撃に耐える城塞へと変貌させられるが」


「頼む、フィオナ。特に地下の食糧庫と、西棟の防壁だ。そこを絶対に崩れない基盤に変えてくれ。シロはフィオナの護衛だ」


「クォオオン!」


 シロがフィオナの足元に擦り寄ると、凛々しかった皇女の頬が、一瞬で朱に染まった。


「ふ、ふん、仕方ないな。白い毛玉いや、護衛がついてくるというなら、同行を許そう」


 数時間後、俺が中庭に立つと、そこには困惑と期待が入り混じった表情の使用人たちが、整然と並んでいた。


「全員聞くんだ。今日からこの公爵邸は、伝統という名のゴミ箱であることをやめる。今、持っている古い清掃用具は全て捨てよう。アリシアの付与魔法を施した高効率魔導洗浄器と、セレーナが調合した汚れ分解抽出液を支給する」


「あ、あの、リアム様、本当に、一振りで壁の黒ずみが消えました!」


 一人のメイドが叫ぶ。アリシアが澄ました顔で、魔法銀の布を振るっていた。


「当然ですわ。聖王国の秘術を、リアム様の理論で効率化したのですから。あらカイン、そんなところでボサッとしていないで、そっちの荷物を運びなさいよ」


「アリシアさ様、僕だって頑張ってますよ! ほら、この重い棚も片手であ、これ、リアムが言ってた動線の邪魔になるやつですよね」


「ええ、そうよ。一歩の無駄も許さないのがリアム様のやり方ですもの。貴方のその、無駄に長い前髪も少しは最適化したらどうかしら」


「ひどいなぁ! セレーナ様、助けてくださいよ!」


「カイン、動かないで。前髪の端が、リアム様の視界を三度さえぎっている。今すぐ闇の刃で刈り取ってあげましょうか」


「ヒィッ、遠慮しておきます!」


 使用人たちの間から、驚きの声が次々と上がる。屋敷の壁は、フィオナの剛性によって大理石のような光沢と鋼鉄の強度を併せ持ち、空気はアリシアの浄化魔法で高原のように澄み渡っていく。


「リアム様、報告です。地下のワイン庫、湿度の固定が完了しました。ついでに、セレーナ様が熟成を加速させる魔導回路を組み込んでおられましたよ」


「余計なことを。これで父上の機嫌も少しは治まるか」


 俺は手元の管理表にチェックを入れていく。

 日没になった。夕闇が迫る頃、ハインリヒ公爵と兄エドワードが、恐る恐るエントランスへ現れた。さあ、なんて言うか楽しみだな。


「な、な、な、な、なんだ、これは。空気が甘い。それに壁の輝きは何だ!」


 父が震える手で壁に触れる。汚れていた屋敷の面影はどこにもない。廊下を歩けば、使用人たちがこれまでにないほど生き生きとした表情で、機敏に立ち働いている。


「父上、これが管理された家の姿です。お望みなら、明日からの収支報告書と、削減された維持費の予測グラフも提出しますが」


「ぐ、ぬぬ。リアム、このような急激な変革、いつまでも続くはずが」


「続きますよ。俺の領地では、これが日常ですから。エドワード兄上、そんなに口を開けていると、アリシアの洗浄魔法で胃の中まで洗われますよ」


「ふっふざけるな! 貴様、帝国や聖王国の女たちを侍らせて、私を見下しおって!」


 エドワードが文句を言うが、声にすら、以前のような威圧感はない。屋敷全体の質が上がりすぎたせいで、兄の無能さがより一層浮き彫りになっていた。


「リアム様、今日の作業はこれで一区切りですね。ふふ、お疲れ様です。貴方の理論通り、全ての淀みが消えましたわ」


 アリシアが俺の肩に手を置き、勝ち誇ったようにセレーナを睨む。


「私の調合した清浄液の効果が七割です。アリシア様は余計な光を撒き散らしていただけでしょう」


「あら、光のおかげで、リアム様が私の姿をより美しく見ることができたのですから、効果は絶大ですわ」


「リアム様。褒めて、くださらないのですか。私も、頑張ったのですが」


 セレーナが少しだけ、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。くそ、この二人は。俺をいつも困らせるよな。


「ああ、二人とも。期待以上の働きだった。おかげでこの屋敷は、王宮よりも優れた機能を持つに至った。感謝する」


 俺が二人の頭に軽く手を置くと、アリシアは顔を真っ赤にして扇子で隠し、セレーナは猫のように目を細めて俺の服の裾を握りしめた。


「クォオオン!」


 シロがフィオナの腕の中から顔を出し、満足げに鳴く。フィオナは、頬を赤くしながらも、凛とした声で宣言した。


「これで、交渉の土台は整ったな。ハインリヒ公爵。この男をどう扱うべきか、もう言葉は不要だろう?」


 父は、ただ呆然と、生まれ変わった我が家を見渡すことしかできなかった。

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