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第137話 皇女の謝罪と新たな盤面
「これほど非効率な数に、この私が押し切られるなんて。本当に不愉快極まりないわ」
砂ほこりが舞う戦場の中央で、ベアトリクスが悔しそうに吐き捨てた。彼女の周囲に展開されていた数の暴力は、俺が叩き込んだ古代魔術による魔力飽和によって完全に霧のようになっている。
「負け惜しみはそれぐらいにしておけ。計算式には、俺という不確定要素が入っていなかった。ただそれだけのことだ」
俺がそう告げると、ベアトリクスは肩をすくめ、懐から古びた魔道具を取り出した。それは転移の類ではない。地脈の熱を一時的に加速させ、超高速の移動を可能にする古代の推進具だ。
「今日はこの辺で失礼しますわ、リアム・ド・グラナード。ですが、次はこうはいきませんから」
「待ちなさい、ベアトリクス」
鋭い軍鞭の音が空気を引き裂いた。戦場を裂くように現れたのは、帝国の第一皇女、フィオナ・フォン・ベルシュタイン。その後ろには、帝国の精鋭たちが整然と控えている。
「姉様でしたか」
「貴女が勝手に飛び出したのでしょう。その無様な姿は何? 帝国皇族をどこへ捨ててきたのかしら」
フィオナの冷徹な眼差しに、さしものベアトリクスも唇を噛む。
「ふん。これ以上ここにいても時間の無駄ですわ。私は先に戻らせていただきます。フィオナ姉様、あとの処理はお任せしますわよ」
ベアトリクスは魔道具を起動させると、文字通り弾丸のような速度で戦場を去っていった。そのあまりの速さに、シロが、
「クォオオン!」
と驚いたような声を上げる。フィオナは溜息をつくと、軍鞭を腰に戻し、俺の方へと向き直った。
「リアム様。まずは妹の独断専行を詫びよう。アリシア、セレーナ。貴女たちにも不快な思いをさせた」
フィオナが深く頭を下げると、俺の左右に控えていた二人が一歩前へ出た。
「謝罪で済む問題ではありませんわ、フィオナ皇女。聖王国の聖域に土足で踏み入った罪、重く受け止めていただきます」
アリシアが冷たく言い放つと、セレーナも負けじと声を荒らげる。
「帝国のやり方はいつも強引すぎます。リアム様の貴重な時間を、こんな下らない小競り合いで消費させた罪は、万死に値しますよ」
「二人とも、そこまでにしておけ。フィオナが来たということは、単なる謝罪以外に用件があるはずだ」
俺が制すると、アリシアは、
「リアム様がそうおっしゃるなら」
と頬を染めて引き下がり、セレーナも、
「ええ。リアム様の広い御心に免じて、今は黙っておきます」
と、悔しそうに胸を張った。
カインが俺の背後でひょこっと顔を出す。
「フィオナ様、なんだか怖い雰囲気だね。僕、少し隠れててもいいかな?」
「カインは少しは度胸をつけろ。フィオナ、本題を聞こうか」
フィオナは一つ頷き、真剣な表情で俺を見据えた。
「私はベアトリクスの不始末を、単なる言葉ではなく利益で謝罪したい。帝国と貴公の領地を結ぶ、大規模な魔導線の敷設と、街道の再整備。これを共同事業として進めないか?」
「ほう。帝国のマナ・インフラを、俺の領地に繋げようというのか」
俺の脳内では、即座に物流の最適化図が描き出された。帝国の資源と、俺の領地の技術。これを繋げば、物資の輸送効率は飛躍的に向上するからな。
「これは帝国にとっても、貴方の領地にとっても、最速の効率化になるはずだ。どうだ、悪い話ではないだろう?」
フィオナが淡々と語るが、その耳はわずかに赤くなっている。視線の先には、俺の足元であくびをしているシロがいた。彼女は、触りたくて仕方がない衝動を、必死で武人の威厳で抑え込んでいる。
「ふん。いいだろう。帝国の物流を握るチャンスを、無下にするほど俺は愚かじゃない」
「決まりね。では、詳細な協議に入りましょうか」
フィオナがほっとしたように息を吐いた瞬間、横から鋭い声が飛んだ。
「待ちなさい。今の話の事業、聖王国を抜きにして進めるつもりですか。利権の配分が不透明すぎますけど」
クラリスがフィオナに詰め寄る。
「あら、クラリス様。聖王国の方は、祈っていれば道ができるのではなくて? 実務的な強度が求められるこの事業に、貴女たちが口を出す余地があるのかしら」
「なっ! セレーナ、貴女からも言ってやりなさい!」
「私は、帝国の女がこれ以上リアム様に近づく口実を作るのが、何より非効率だと思っているだけです。フィオナ皇女、共同事業という名の誘惑ではありませんか?」
セレーナの冷ややかな言葉に、フィオナは唇を噛んで沈黙した。
「そ、そのような意図はない。私はただ、最強の盾として、リアム様のその、基盤を支えたいだけだ」
「あら、耳が赤いですわよ。わかりやすすぎて欠伸が出ますわ」
「アリシア貴女こそ、昨晩リアム様の部屋の前で三十分も立ち往生していたのはどこの誰かしら?」
「なっ、何故それを。掃除のタイミングを見計らっていただけですわ!」
カインが俺の肩を叩く。
「リアム、なんだか新しい戦場が始まっちゃったみたいだね」
俺はシロの頭を撫でながら、これからの兵の物量管理がさらに複雑になることを予感し、心地よい頭痛を感じていた。
「ああそうだな。新しい盤面のゲームとしては悪くないな。むしろ面白い」
この続きの第138話では、共同事業の具体的な視察や、さらなる他国との駆け引きを描写しましょ




