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第136話 飽和する魔力
「ううっ、リアム様、申し訳、ありません。私が力不足で」
膝をつき、肩で息をするセレーナの姿は、まるで糸の切れた人形のようだった。彼女の持ち味である神速は、ベアトリクスの減衰によって完全に封じられている。
「セレーナ、黙っていて。十分に役割を果たした。あとは非効率な力の掃除をするだけだ」
俺は一歩、前へ出る。
背後でカインが聖剣を握り直し、アリシアが防御障壁を重ねて俺を支えようとするが、俺はそれを制した。俺がやろう。セレーナが十分に仕事をしてくれたしな。
「アリシア、障壁はいらない。カインも下がっていい。これより先は、俺の魔力に巻き込まれるぞ」
「何をおっしゃっているのですか、リアム様! あの皇女の周囲は、あらゆる力が消え去る虚無の領域ですわよ」
「アリシアの言う通りだ。 魔法を放っても、届く前に消されるぞリアム」
二人の必死な叫びをよそに、ベアトリクスが愉快そうに扇子で口元を隠す。
「ふふ、お姉様が認めた知略の公爵。正体が、これほど無謀な愚か者だったとは。消えなさい、リアム。貴方のその傲慢も、魔力も、全てこの私の前で塵に」
「おい。一つ、勘違いしているようだから教えてやる」
俺はベアトリクスの言葉をさえぎり、体内の魔力回路を全解放した。最大の熱量が、俺の背中から四方へと染み出していく。
「貴様の減衰が、蛇口から出る水を止める程度の力だとするなら。俺の魔力は、決壊したダムそのものだというのを教えてやろう」
ドォォォォォン!
空気が鳴動した。俺から放出された圧倒的な魔力の流れが、物理的な質量となって広間を席巻する。
ベアトリクスが展開する減衰のフィールドが、俺の魔力に触れた瞬間だった。
「なななな、ななな、な!? な、何ですの、この量は。消しても、消しても、次から次へと溢れ出るよう」
ベアトリクスの顔から余裕が消えたようだな。彼女の能力は確かに強力だ。対象の出力をゼロにするわけではない。常に一定の割合で減衰させるものに過ぎない。
ならば、減衰される速度を上回る速度で、無限に近い魔力を注ぎ込み続ければどうなるかという実験をしたまでだ。
「計算が合わないかベアトリクス。減算処理が追いつかないほどの、圧倒的な足し算だよ」
「ありえない! 人間の魔力の器で、これほどの出力を維持できるはずがない。私の権能が、負けて押し返されているのか」
パリン、と空間そのものが割れるような音と共に、ベアトリクスの減衰が飽和し、崩壊した音。俺の放った無属性の魔力圧が、彼女の体を壁際まで容しゃなく吹き飛ばす。
「あうっ!」
ベアトリクスは壁に叩きつけられ、その場に力なく座り込んだ。守っていた隠密部隊はすでに俺の魔力にあてられ、全員が意識を失って転がっている。
「ふぅ。魔力の無駄遣いだな。兵の物量的に言えば、最も非効率な戦い方だ」
俺は肩を回し、魔力の出力を通常に戻した。静まり返った広間で、アリシアとカインが呆然と口を開けている。
「リアム様。今の、は何ですの? 魔術の理が、完全に無視されていましたけれど」
「あはは、もう驚くのも疲れちゃいました。リアム、やっぱり人間じゃないのかも」
セレーナだけは、機能が回復した足で素早く俺の隣に戻り、誇らしげに胸を張っている。
「当然ですわ。主の器は、このような小娘ごときで測れるものではありません」
「くっ、ひどいですわね。私の最高の舞台が、まさかこんな暴力的な数字で台無しにされるなんて」
ベアトリクスが、ドレスの汚れを払いながら溜息をついた。表情には、先ほどまでの冷酷な優越感はなく、心底に残念だと言わんばかりの落胆が見える。
「お姉様に勝つために、これほど準備をしましたのに。リアム様、貴方という不確定要素がこれほど理不尽だとは、私の計算外でしたわ」
「ベアトリクスの敗因は一つ。俺をただの貴族としてカウントしていたことだ」
「左様でございますか。ああ、本当につまらない。せっかく面白くなると思ったのに。リアム様、今度はもっと、私の力が通じるほどに弱くなってからお会いしましょう」
負けを認めたはずのベアトリクスだったが、その去り際の言葉には、どこか不気味な余韻が混じっていた。
「クォオオン!」
主、あいつまた来るぞ! 次は噛みついてやるとシロは顔をしている。
シロが俺の肩で鼻を鳴らす。ベアトリクスの襲撃は退けた。彼女の背後にある帝国の影は、まだ完全に消えたわけではない。
「リアム様。あの、さっきの魔力凄かったです」
「セレーナ、顔が赤いですよ? 毒を食らいすぎて熱でも出たのではないかしら」
「なっ、アリシア様こそ、さっきからリアム様の背中を凝視しすぎよ。穴が開いたらどうするの」
「あら、主の安全を確認するのは聖女の役目ですわ。暗殺者の機能しか持たないセレーナには、分からない配慮でしょうけれど」
「なんですって!?」
戦いが終わった途端に始まった二人の言い合いを、俺はやれやれと溜息で受け流した。




