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第135話 機能不全
「――消えた?」
セレーナが消えた。驚きが、この場に遅れて響く。俺の目には見えていたのだけど。セレーナが踏み込んだ瞬間に石床が粉砕され、彼女の体が一本の黒い線となって、帝国の第二皇女ベアトリクスへ肉薄する様を。
原作におけるセレーナは、隠密特化の暗殺者。その最大風速は、ゲーム幻想のアルカディアの中でも屈指の機動力だ。
対するベアトリクスは、一歩も動かない。
「無駄ですよ、不浄なる鼠」
ベアトリクスが小さく唇を動かした。次の瞬間、セレーナの短剣が彼女の喉元を裂くはずだった。
「えッ!? 体が、重い?」
空中で、セレーナの動きが目に見えて鈍った。
鈍ったのではない。彼女を構成する速さという概念そのものが、根こそぎ奪われているのが理由だろう。
「これがベアトリクスの減衰か。厄介だな」
俺は眉をひそめ、戦況を見守る。減衰。それは対象の運動エネルギー、魔力出力、果ては生命維持に必要な機能さえも、段階的に奪い去る冷酷な力だ。
「セレーナ! 深入りしすぎるな」
カインが叫び、援護のために聖剣を抜こうとする。それより先にセレーナが地面を転がった。
「はぁ、はぁ何、これ。足の感覚が、薄い」
「セレーナ、下がりなさい。貴女の機能は、今ので五割削られました」
アリシアが清浄な魔力を展開し、セレーナの前に出る。その顔は険しい。セレーナは屈辱に唇を噛み、震える手で短剣を握り直した。
「うるさいわねただの立ちくらみよ。私はまだ、あの女の首を落とせる」
「強がりは死を招きます。リアム様、ご指示を。このままでは彼女は歩くことすらできなくなります」
アリシアが俺を振り返る。セレーナもまた、膝をつきながら俺を仰ぎ見た。瞳には役に立てない自分への苛立ちと、俺に捨てられることへの恐怖が混じっている。
「セレーナ、よくやった。おかげで奴の間合いは把握できた」
「リアム、様」
「アリシア、セレーナを後退させていい。カインは僕の左を固めろ。これより、あの傲慢な皇女に効率的な敗北を教えてやる」
俺が前へ出ると、ベアトリクスが冷ややかな笑みを深めた。
「豚公爵が、自ら生贄になりに来ましたか。貴方のその傲慢な心臓、どの程度の速さで止まるか楽しみです」
「俺の心臓を止めたいなら、まずはその貧弱な出力、なんとかしてから言うんだな」
俺は古代魔術の構築を開始する。セレーナの神速さえ奪う減衰のフィールド。奪われる以上に供給すればいいだけの話だ。
「クォオオン!」
シロが俺の肩で、威嚇の声を上げた。戦いは、ここからだ。




